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アンダーグラウンドへようこそ  作者: 遠野 文弓
第三章 死者蘇生(リザレクション)

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47.不可解な照会

 まだ薄暗い早朝に、バルドは管理局を出た。


 夜勤明けは、頭が鈍い。判断が遅れて、感情が先に出る。だから、帰り道はできるだけ決め打ちで歩く。寄り道をしない。――そのはずだった。


 丘の上の礼拝堂が視界に入ると、足がほんの少しだけそちらへ向いた。

 理由を付けるのは簡単だ。遠回りでも、坂の風は眠気を切る。早朝なら人目も少ない。

 そうやって言い訳を並べている時点で、もう負けている気分になる。


 道中、丘の上の礼拝堂の前を通る。――そう、()()()()だ。


 早い時間だというのに、鐘楼の下で白い服の男が掃き掃除をしていた。身体の動きがいちいち丁寧で、ゆったり踊っているようにさえ見える。


「アシェル」


 名前を呼ぶと、男は顔を上げた。


「おや、バルド。こんな朝早くにご苦労様です。夜勤帰りですか?」


「通り道だ」


「それは、ずいぶんな遠回りで」


 バルドは答えず、礼拝堂の扉を一度だけ見た。閉じた扉は静かだ。


 アシェルは箒を止めない。返事を急かさない。掃く音が続く。

 その沈黙は、逃げ道の形をしている。

 アシェルはいつも、「逃げてもいい」と許す顔をしている。後ろに逃げ道をつくってやれば、また自分から戻ってくる。それを、よく知っている顔。知っている所作。


 勝手に許されるのは、腹立たしい。この男の手のひらで踊らされているようだ。


 先に口を開いたのは、アシェルだった。


「……君がひとりでいるのは、珍しいですね」


死霊術士(ネクロマンサー)に護衛が付きまとうのは業務中だけだ。あとは自己責任」


 アシェルは微笑みでその話を受け流した。


「それで、最近はどうです?」


「何も。いつも通りだ」


「いつも通り、トラブルに見舞われていると」


 アシェルは軽い調子で言って、箒を壁に立てかけた。

 それ以上は、何も聞かなかった。


「また来る」


「急がなくてもよろしい。来たくなってから、おいでなさい」


 アシェルは真面目に言った。


「礼拝を怠ったくらいでお怒りになる神ではありません。《助くるもの》が(せわ)しないことは、かの父が一番よくご存じです」


「ぼくはもう《助くるもの(ヒーラー)》じゃない」


 そう言い捨てて、バルドは礼拝堂に背を向けた。


 *


 振り返ると、礼拝堂の丘が遠くに見えて、すぐに視線を逸らす。アシェルの顔が浮かぶのが嫌だったわけじゃない。礼拝堂のほうを見るたびあの顔が浮かぶのが普通になりそうで、癪だった。


 集合住宅の郵便受けは、昼でも薄暗い。

 古い蛍光灯がちらつく。局の廊下の灯りに似ている。


 自分の部屋の番号を開けて、いつもの紙束を抜き取る。

 広告、水道光熱費、管理組合――その中に、一枚だけ、違うものが混ざっていた。


 名刺だった。


 タフィオ・アセット管理株式会社 債権管理部 第二窓口


 封筒も切手もない。名刺だけが、ぽんと入っている。

 印字は黒一色で、やけに端正だ。字体は、局の帳票にも使われる、箱みたいなフォントに似ていた。

 何気なく裏に返す。


 短い手書きがある。急いだようではないのに、崩れていて読みにくい。わざと崩しているようにも見える。


 ――三日以内にご連絡ください。あなたの損にはならない。


 バルドは、名刺を指先で挟んだまま固まった。


 住所を知られている。

 郵便受けに入れられる距離にいる。

 だが、これは。


(脅しか? いや、意図がわからない……)


 脅しじゃないほうが、ずっと不気味だ。

 バルドは裏面の文字を、もう一度なぞった。


 ――三日以内に。損にはならない。


 連絡するなら、局で照合してからだ。そう思って、廊下へ出た。集合住宅の共用廊下の先、管理人室の前に、古い共用端末がある。

 受話器の横に、小さな注意書きが貼ってあった。


 《通話は記録されます》


 バルドの手が止まる。

 記録が残る。


 ――これが、相手の望みか。

 何かはわからないが、言質を取ろうとしている。

 記録があれば、都合のいい切り取りもできる。


 バルドは名刺を裏返し、文字列を隠すように握り直した。

 結局、端末には触れないまま、部屋へ戻った。


 *


 夕方まで眠れなかった。名刺の裏の文字が、まぶたの裏に残っていた。

 その夜、バルドは局に戻った。当直ではなかったが、それでも足が向いた。


 いつも通りだ。

 自分の机に座り、引き出しを開ける。いちばん奥――昨夜、見ないふりをするように放り込んだ封筒が、角だけ覗いていた。


 白い紙。黒い印字。局内便の、どこまでも事務的な手触り。


 バルドはそれを引きずり出した。

 封は切らずに、机の上に置く。

 郵便受けに入っていた名刺も、その隣に置く。


 端正な法人名と、端正な封筒が並ぶ。



 契約管理者変更のお知らせ

 タフィオ・アセット管理株式会社 債権管理部 第二窓口



 両方の会社名は、一致していた。

 「三日以内」という手書きの文字だけが、端正な活字の中で妙に浮いていた。

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