42.魔術汚染の蓋 ①
翌朝、封印班から『搬送準備ができました。承認をお願いします。』と短い内線が入った。
――〈死者問答〉によって《出力なし》が確認された屍体は、監査局の照会が降りるまで、封印帯で封じて隔離庫へ移送すること。
それが、今朝の指示だった。
「ジェーン。屍体鑑定に行く。ついてこい」
「はあい、死霊術士さまの仰せのままに~」
そう言ってジェーンは軽やかに壁から背を離し、伸びのような動きをして見せる。
そんなジェーンの顔を、バルドはちらりと見る。彼女の声色に、皮肉の色は微塵もない。昨日の出来事などきれいに忘れてしまったかのように、にこにこと笑っていた。
(あの時、なんとなく怒っていそうだったが。切り替えの早いことだな)
自分がやらかしたことの責任を他人が取る、という状況がよっぽど嫌だったらしい。もともと、生きている人間に迷惑だから屍体の身体を選んだ女だ。致し方のないことかもしれない。
バルドは廊下を曲がり、局舎の奥――冷却庫の手前にある、隔離用の受け渡し口へ向かった。
壁の番号札は等間隔に打ち付けられている。感覚が一定で、つい歩幅まで合わせてしまいそうになる。
引き戸の小窓が開き、向こう側から封印班ひとりが顔だけを出した。
白い防護布の上からでも分かるくらい、眠たげな目をしている。
「あ、バルドさん。承認確認ですね」
「そうだ」
次いで、金属が擦れる音と、閂が外される音が続く。引き戸がわずかに開き、白い光の向こうから、台車に載せられて屍体が運ばれてきた。
屍体は、すでに袋に収められていて、ファスナーが開いていた。
黒い袋の上には、銀色の紐が交差している。結び目にはまだ何もない。この結び目に蝋を垂らして封蝋印を捺すだけで、封印は完了する。
完全に封印しないのは、死霊術士の屍体鑑定で、中身がすり替わっていないかどうかのチェックを通す必要があるからだ。
腰から拳銃を抜いて、屍体の額に当てる。――小窓から覗いていた局員が苦笑する。
「バルドさんの焦点具って、いつ見てもなんか物騒ですねえ」
「そうか? 他の奴が何を使ってるか知らないからな」
「サウィンさんは、シンプルなオークの杖ですよ。だいたいこれくらいですかねえ……」
そう言って、局員は自分の肘から手首くらいまでを示して見せる。
「尺骨くらいか」
「そうそう。儀式向けの錫杖は嫌だけど、短すぎると使いにくいんですって」
会話を聞いていたジェーンが、呆れたように首を振った。
「ねえ、あなたたちってモノの大きさを例えるときまで屍体なの? 嫌ねえ……」
「肘から手首の長さは、指標として優れているぞ。持ち歩ける物差しってやつだ」
「そういうことを言いたいんじゃないのよ」
バルドは軽く笑うと屍体袋の中に手を入れ、屍体の頭や手を小さく持ち上げてみる。
(……軽いな)
重さはある。いつもどおりの屍体の重さ。死んでいるから、身体のどこにも力が入っていない。その見た目の印象から受ける以上に重たいのが屍体だ。
だが、いま手のひらに返ってくる手応えは、妙に頼りない。
――《出力なし》という印象が先立っているからに違いない。
バルドはその直感を追い払い、屍体袋のファスナーを上げて閉じる。
「本人だな。問題ない。そのまま搬送を」
「承知しました」
封印班が二人やってくる。結び目に蝋が垂らされ、封蝋が押される。
ブドウに月桂樹の枝――死後資産管理局の局章が光を弾いていた。
A17に与えられたものよりも簡易だが、きちんと作動している封印。
規定通りだ。
「早めに来てくださって助かりました。では、こちらに署名を……」
そう言って搬送票が差し出される。
バルドは黙って受け取り、署名欄にペン先を滑らせた。
「ありがとうございます」
判で押したようなお礼と共に、小窓が閉まった。
*
台車の車輪が、廊下の継ぎ目をひとつ越えるたびに、がたんと揺れる音が響いて、遠ざかっていく。バルドは一つ伸びをした。
「さて、戻るか。今日も仕事が山積み――」
次の瞬間、皮膚の上をかすかな震えが走る。
――音だ。
音というよりは、振動と呼ぶべきか。震えは前方――屍体が搬送されていったあたりから飛んできて、一気に全身を包み込む。
不調になるほどではないが、不愉快な感覚だった。
特に、口の中が気持ち悪い。金属粉を噛み砕いているみたいだ。顎のあたり――下顎骨に響いてくる。
ジェーンも体感しているのか、不快そうに眉を寄せている。
「なに……?」
そのとき、奥の方から絶叫が走った。
「――治癒師! ヒーラーはいないか!!」
叫び声は、廊下の角で反響して、すぐに細くなった。ジェーンは硬直して、ただ廊下の奥を見つめる。
「ば、バルド……」
その手に通信機が放られて、ジェーンはあわててそれを受け取る。
バルドが叫ぶ。
「治癒師を招集、荷捌き口前!」
何が起きたのかと訊き返す間もなく、バルドはすでに走り出していた。




