表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アンダーグラウンドへようこそ  作者: 遠野 文弓
第二章 死者問答(ダイアログ)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/74

39.ネクロマンサーの会議

 《出力なし》が出た翌日、朝から早々にタリエンが保全課フロアの敷居を踏んだ。

 紺のスーツに表情の薄い顔。ジェーンの前に立っているからか、まるで備品の一部かのようだ。

 そんなジェーンの視線には気づかないように(あるいは黙殺して)、タリエンは口を開く。


「『実施不能』が重なった。昨日、お前が片づけた分まで含めてな」


 タリエンは挨拶を省いた。今日はそういう日だ、とバルドは思う。

 バルドは目を逸らさずに言い放った。


「ちゃんとおまえの指示通りに書いておいた。『技術的理由により』実施不能と」


「それは問題ない」


 タリエンは即答する。


「いいか。『出力なし』を掘り返したいわけじゃない。《形式》の話だ。死後資産管理局がよこす死者問答(ダイアログ)報告書の形式がまるで揃っていない。但し書きが落ちれば、監査の目には『隠蔽』に見えるだろう」


 それは脅しではない。免責の線引きでもあった。監査はとかく『事件』を嫌がる。


「遺族支援課は、例外処理が増えると燃えるものだ。燃えれば、必ず誰かのせいに()()()()()()()()()。それはわかるな」


 バルドは返事をしない。飲み込むのが前提の話だった。視線だけで先を促す。


「監査指示だ。口を揃えろ。余計な言葉を足すな。抜くのも駄目だ」


 バルドは頷いた。頷くしかなかった。


 *


 タリエンが先に歩き、扉の前で止まる。

 ノブを回す。会議室の冷えた空気が漏れてきて、バルドは一瞬だけ眉をひそめた。


 中はすでに半分埋まっていた。ネクロマンサーたちが、ぽつぽつと椅子に沈んでいる。人数は多くない。どの顔にも、眠気の混じった慣れが厚く塗られている。


 真ん中の席にシュラウドがいた。ポケットから細い検印器を出して弄んでいる。


「おお、監査局さまが直々に。俺たち出世しちゃうの?」


「黙ってろ」


 タリエンが即答する。けらけら笑ったのはシュラウドだけだ。


 いちばん端には、サウィンが座っていた。紙束を開く指が、必要以上に丁寧だった。振り向かずとも疲労が色濃く見える。


 ジェーンは会議室の入口付近で立ち止まり、椅子の背を見比べた。

 どこにも自分の席はなさそうだった。当然だ、と自分で思いなおす。席があるのは生きている者だけだ。


 バルドが、空いている椅子に腰を下ろす。ジェーンは壁際に立った。

 タリエンが紙束を机の上に置く。


「監査指示の確認だ。《出力なし》案件の記録例を配る」


 紙が配られていく。

 同じ欄が並ぶ定型の様式。しかし、書かれている言葉が揃っていなかった。


『技術的理由により実施不能』『参考情報に留まる』『確定的出力なし』『装置不調のため中止』


「同じ現象を、別の言い方で書くな」


 タリエンは、指先で文言をとんとんと叩いた。

 シュラウドが、わざと軽く言う。


「でもさあ。フロントの人たちって、それをちゃんと読むわけ?」


「読むかどうかは関係ない」


 タリエンの声は冷たい。


「監査は読む。裁判資料になれば読む。そこに穴があれば、穴を作った奴が悪い」


 沈黙が落ちる。

 誰も反論しない。反論の余地がないからだ。

 タリエンは紙束の一枚を引き抜き、定型文の行を示す。


「必ずこの文言を入れろ」


 紙面には、乾いた活字が並んでいる。


 《技術的理由により〈死者問答〉は実施不能。代替手段の有無は監査局照会。記録は参考情報に留まる。》


 サウィンが小さく息を吐いた。


「……出力なしは、珍しいのに」


 声は低く、小さい。空調音のほうが大きく聞こえるくらいだ。


「なのに、この数ヶ月で二回も」


 ジェーンの視線が、思わずサウィンに向いた。

 タリエンもサウィンを見やる。問い詰める目ではない。「余計なことを言うな」という目だった。

 だが、サウィンは気にしない。もともと誰の顔色も気にしない。ネクロマンサーとはそういう人種だ。


「改竄だとか、そういう話じゃない。……針が、まったく動かない」


 シュラウドが、笑いを引っ込めたまま言った。


「へえ。サウィンが『珍しい』って言うレベルなんだ。〈死者問答(ダイアログ)〉の大ベテランがねえ。じゃあ、マジじゃん」


 その軽口が、会議室の温度を一段だけ下げた。

 冗談にしていい類ではない、と全員が同時に理解した顔になる。


 タリエンが短く言う。


「——だから、なおさら勝手に書くな。勝手に閉じるな。揃えろ」


 バルドは口を開きかけて、やめた。

 それでも、喉の奥に引っかかるものがあった。


 この数ヶ月で、二回も。

 自分の白紙は昨日だ。なら、もう一回は。


 バルドは視線を上げずに言った。


「一回目の案件番号は?」


 タリエンの目が、ほんの一瞬だけ冷える。


「現場で追う必要はない。必要なら、こちらから渡そう」


 つまり、今は渡さないということだ。バルドは背もたれに身体を預けて足を組んだ。

 ――物事に不服を覚えているとき、彼はより不遜な態度になる。


「頻度くらい教えてもらわないと現場で困る。一度目はいつ起こった?」


「三ヶ月前」


 ぽつりと言ったのはサウィンだ。


「自分が担当だった。身元照会のために。だが、やむなく……」


「そこまでだ。この件は監査案件になる。むやみに探るな」


 タリエンが事務的に言葉を切る。

 ジェーンはバルドの背中越しに、タリエンの顔を見た。

 三ヶ月前。ちょうどジェーンが()()()()()時期と重なる。


「今日の目的は書式統一だ。——以上」


 言い切って、タリエンは椅子から立った。

 終わった、と誰もがわかったのに、誰も席を立つタイミングを掴めなかった。


 ジェーンが小さく囁いた。


「……お役所仕事も大変ねえ」


 バルドは返事をしなかった。

 机の上の定型文を、もう一度だけ見た。


 《技術的理由により実施不能。代替手段の有無は監査局照会。》


 照会。

 ——前例も、案件番号も、ログも、監査局の棚に戻される。

 照会先は、目の前で背を向けている男か。


 そう思った途端、ダイアログの出力紙を取ったときの、あの妙に頼りない手応えが戻ってきたような気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ