表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アンダーグラウンドへようこそ  作者: 遠野 文弓
第二章 死者問答(ダイアログ)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/72

33.ごくありふれた要請 ①

 保全課フロアの空気は粉っぽい。消毒薬と紙のにおいが混じっている。死んだあとの始末は、たいていこの二つで成される。


 ジェーンが相変わらず書類ラックの隣に立っていると、保全課に見慣れない人間がやってきた。やけにきちんとしたスーツの、若い局員だった。


 あたりをきょろきょろと見渡す。

 フロアはいつもより静かだった。あいにくと昼休みにかぶっていて、保全課の面々は全員が出払っている。グレイヴスはいるのだが、新人くんが課長室のドアに気付く気配はない。


 おろおろと歩き回り、手元の封筒を握り潰さんばかりだ。

 そんな姿に少し同情して、ジェーンはできるだけ優しく声をかけた。


「こんにちは。新人さん?」


 いきなり話しかけられた局員は、びくりと肩を震わせてジェーンを見た。


「えっ、いつの間に……あ、いえ、その……保全課の方ですか?」


「保全課所属の《随行資産》、ジェーン・ドゥよ」


 その自己紹介を聞いて、彼の視線がジェーンの胸元にかけられた黒タグに吸い込まれる。


「あ……え。……《資産》?」


 ジェーンの顔とタグを、交互に確かめるように見る。ラフに喋る女と《危険物》の札とが、うまく結びつかないようだった。


「保全課に何かご用?」


 苦笑しながらジェーンが聞くと、彼は慌てて手元の封筒を差し出した。


「あの、保全課宛てに『死者問答(ダイアログ)要請書』を……」


 ジェーンはその封筒を受け取り、一枚取り出してみる。件名と理由欄だけざっと目で追う。

 遺産、現妻、前妻、子どもたち……。

 死亡診断から日数が経ちすぎている、という欄外メモも目に入る。

 なんだか一筋縄では飲み込めない気配がして、すぐに紙を戻す。


「ま、課長に見せればいいか」


 そう言って、新人局員を伴って、グレイヴスのいるはずの課長室のドアをノックする。

 グレイヴスは椅子に浅く腰かけていた。ジャケットは椅子の背に投げかけてある。机の上には、潰れた紙煙草の箱がいくつも転がっていた。


「何だ」


「ダイアログ要請書? を持ってきたんだって」


「ああ……」


 慌てて封筒を差し出す新人から、グレイヴスは気だるげにそれを受け取る。中身をそっくり取り出して、ぺらぺらとめくっていく。その姿勢のまま、グレイヴスは口を開いた。


「ジェーン・ドゥ。バルドを呼んで来い。そろそろ休憩上がりの頃合いだ」


「はあい」


 命じられて、ジェーンは軽やかに課長室を後にする。




 仮眠を取っていたバルドを起こして課長室に戻ってくると、新人局員はもういなかった。

 バルドはまだ眠気と戦っているような顔で、白すぎる魔法光に目をきつく閉じていた。それでも足取りは迷わず、まっすぐグレイヴスのもとへ歩いて行った。


死者問答(ダイアログ)か」


「そうだ。いつも通りだな。相続で揉めてる」


 グレイヴスが皮肉混じりにぼやく。


「まったく。遺書くらい書いておけばいいのにな。後始末が面倒だ。たかが紙切れ一枚も用意できないとは、よほど人生が()()()()()とみえる」


「先んじてまともな遺書を書ける奴だったら、そもそもここまで拗れてないだろ」


 バルドは冷静に言うものの、その声にほんの少しだけ呆れの色がある。

 グレイヴスは「それもそうか」と失笑した。


「自分で埋めなかった穴を、あとから誰かに始末させる。それが今回は〈死者問答〉だったわけだな。

で。最短でいつ入れる?」


「明日午前に差し込む」


 そこでようやく、バルドの目が開く。

 グレイヴスは、「優先度」「着手期限」だけちらりと確認してから、事務的に承認印を捺した。


 *


 バルドの宣言通り、〈死者問答〉は午前に差し込まれた。

 空気の中に、今しがた掃除したばかりの洗剤の匂いがかすかに残っている。


 質問票の余白に、バルドが鉛筆で項目の先頭に記号を書いていく。

 横線で黒丸(バレット)が消された項目は、それ以上触れられない。家族が力を込めて書いていそうな部分ほど、簡単に取り消し線が引かれる。


 相続絡みの生々しい文言が並んでいるのをジェーンがざっと目で追った。


 用紙の罫線からはみ出したボールペンの線。勢いだけで書かれた「金目当て」の文字。一部は鉛筆で上書きされている。「平等に」「子どもたちへ」だけ、別の人間の筆跡で書き足されている。丸っこい字と、角ばった字。

 この時点で、書かれていることはやや食い違っている。


 前の〈死者問答(ダイアログ)〉と同じ要領で、胸郭と手首に線を留め、真鍮装置のダイヤルを規定値へ回す。針が一定の揺れに落ち着いたところで記録帳を開く。そこに今日の日付と番号を書き入れながら、バルドが口を開いた。


「平等に、が口ぐせだったようだ。この言葉を信用するのはそれこそ不平等だけどな」


「何を質問するの?」


「両方の弁護人から、質問案が山ほど届いてる。『前妻の子には一銭も渡すな』『後妻は金目当てだと認めろ』だの……。紙の上でなら何とでも言える。それを〈死者問答(ダイアログ)〉に耐えられる言葉に直すところからだ」


「前妻は亡くなってて子どもさんが三人、現妻は存命でちっちゃい子がいるんだっけ」


「そうだ。まずは、死んだ本人に『平等』が何を指しているのか、定義させる」


 バルドは屍体に向き直って、抑揚のない声で質問を行う。


「――『生前、あなたは自分の財産を、前妻との子どもたちと、現妻およびその子のあいだで、どのように分けるのが「平等」だと考えていたか。』」


 屍体が口を開く。

 ジェーンは、もはや屍体の喉が動く様子や声が出ることに驚かない。


「……みんな、俺の家族だ。子どもらには、前のも今のも関係なく、誰一人ひどい目には遭わせたくない。腹が減って泣くような真似だけはさせたくなかった。細けえところは……まあ、うまく分けてくれりゃそれでいい」


「結構だ。幸先は悪くないな」


 バルドは記録表にメモを書き上げてから顔を上げる。


「次は何を聞くの? 『現妻は金目当てでは?』とか?」


「いや。誰に、何を託す前提で生きていたのかを聞こう」


 そう言って、バルドは記録表を屍体の枕元に置いて、その顔を無表情で覗き込む。


「――『生前、あなたは自分の財産管理や生活のやりくりを、主に誰に任せていたか。その相手をどの程度信頼していたか。』」


 針の振れが変わり、喉がまた小さく動く。


「細けえ金の出し入れは、みんな、あいつだ。支払いも、家賃も、病院も……俺は稼いでくるだけで、あとは任せっぱなしだった。よくやってくれてたよ。文句はなかった」


 出力紙には、〈生活費の管理を現妻に一任〉〈家計運営に対し高い信頼〉といった文言が、冷たく要約されて並んでいく。


「なるほどな。これは現妻に都合がいいか。はあ……」


 なぜかバルドは苦々しそうにため息を吐いた。


「すでに、両陣営にそこそこ顔を立てられるバランスができてきたな。……まあ、情報は揃った。あとは『敗戦処理』でいい」


「敗戦処理?」


「――『これからの家族の暮らしについて、あなたが一番望んでいることは何か。』」


 ジェーンは思わず、バルドの横顔を見た。


(そんな聞き方を? ずいぶん情緒的じゃない)


 いつもの冷えた口調のままなのが、かえってちぐはぐに思える。

 最後の問いかけに合わせて、喉が動く。


「……金で、揉めるな。腹を立てるのは勝手だが、家族同士で、金で口をきかなくなるような真似は、やめてくれ。 ……いちばん下のちびは、見捨てないでやってくれ。あいつ一人じゃ、まだうまくやれん」


 ジェーンは、胸の奥をひとつ撫でられたような気がして、わずかに息を呑む。

 よくできた弔辞の一節として読むなら、申し分ない文句だ。声色のせいで、なおさら。


 バルドが、その感傷ごと切り捨てる。


「こう聞いておけば、生前よほどイカれてないかぎり、()()が自分の主張の裏付けに使えそうな()()()()()が出てくる」


「……質問した時点で、回答がわかるの?」


「ある程度はな」


 言いながら出力紙を引き出し、バリバリとちぎる。その音が、妙に暴力に聞こえた。


「質問の中に、『どう答えさせたいか』という意図は最初から含まれてる。だから言葉尻を調整して、都合のいい方向に寄せるんだ。質問とは、本来そういうものだからな」


「それじゃ、証拠にならないんじゃない?」


「忘れたのか? タリエンに〈死霊術〉は証拠にならないって言われただろ。主観だからと。その通り、せいぜい『参考資料』だ。

だからせめて、一方にだけ都合のいい《主観》にならないように整える。それが死霊術士の腕の見せ所ってやつだな」


 バルドが淡々と回答候補を拾い、言い回しを整え、形式文書に落とし込む。

 生前の人柄、家族への感謝、財産の扱い……。

 無難に、しかし()()()()()まとまっていく。


 ジェーンから見るとよくできた弔辞にしか見えないが、本人の口調が反映されていて、それなりの説得力を感じる。

 些細だが、ごく個人的な言葉遣い。

 たったそれだけで、「本人が言いそうだ」と思えてしまうとは。


 バルドは封筒に手早く〈死者問答(ダイアログ)〉文書を収める。封筒の表には、「死者問答記録」のスタンプが機械的に押されていた。空白の番号欄にさらさらと数字を書き足して、テーブルに載せる。

 似た封筒が、すでに何通も積み上がっていた。


「『生前のデータ』を『家族の期待値』で強引につなぎ合わせて、観測統計式(オブザーヴ・モデル)で整合性を取る。――これで『父親の遺志』は出来上がりだ」


 それだけ言って、バルドは次の封筒を開いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ