表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/6

2.内側からの侵入者

 バルドはホルスターの安全装置を外した。


「背が高いな。成人女性だろうけど……念のため、六発入れる」


 そんなつぶやきとともに、金属の小さな音が鳴る。取り出したのは魔術焦点具――フリントロック式の拳銃だった。時代遅れの型だが、魔術士にとっては大した問題ではない。要は、魔法の触媒を詰める隙間があり、矛先をコントロールできさえすればいいのだ。


「それで、()()()()()()()尋問か?」


「お願いします」


 リメンの同意に、バルドはぼやく。


「仕事が増える……」


 女が焦ったように声を上げる。


「待って! わたし――」


 引き金が引かれた。

 重い音が六度、()()()()()ロビーに響く。

 銃口から走った()()()()は、すべて女の胸に着弾した。その身体がよろめく。


 だが、女は倒れなかった。


「な……なに……?」


 女は自分の胸を見下ろし、呆然とつぶやく。それでも、まだ地を踏みしめて立っている。


「妙だな。死の付与ができない。確かに六発入ったよな?」


 バルドのつぶやきに、ルツが息を呑む音が聞こえた。


 横から銀色の閃光が走る――リメンが放った力術(エヴォケーション)――斬撃魔法。

 それは女の首を正確に捉え――断ち切った。


 女の視界が、ぐらりと傾く。

 天井が見え、床が見え、自分の身体が見えた。

 女の頭部は床に転がり、ゴトリと音を立てて止まった。


 彼女の視界から見えるのは、横倒しになったロビーの光景。

 そして、自分の身体。


 バルドが呆れたように首を振る。


「なあ、やっぱりおまえがやったほうが早いんじゃないか。リメン」


「動かない(まと)の首を撥ねただけですよ。ご冗談を」


 しれっとリメンが返す。

 二人は、そのまま女の身体に視線をやった。


 身体は、まだ立っていた。

 だが、それよりも奇妙なことは――


「血が噴き出さないな。……断面を見てみよう」


 バルドが一歩踏み足した途端、びく、と女の腕が上がる。首を失った身体が、何かを探すように、おろおろと両手を動かしている。やがて床に転がった自分の頭を見つけると、慌てたようにそちらへ駆け寄った。


「うそ! なんでまだ動くの!?」


 ルツの悲鳴じみた声。

 女の身体は床にしゃがみこみ、自分の頭を抱え上げた。頭を正面に抱えたまま、身体は立ち上がる。


 そして――走り出した。来た方向、廊下へ戻ろうとする。


「止まれ!」


 バルドが再び引き金を引く。今度は金の閃光だった。

 着弾。女の足と肩が撃ち抜かれる。

 だが、止まらない。


 リメンが女の進路を塞ぐように立ちはだかり、蹴りを放った。

 正確な一撃。女の身体は吹き飛び、床を転がる。

 それでもなお、女は体勢を立て直そうとする。

 頭を抱えたまま、膝をついて、立ち上がろうとする。


 バルドは走った。

 女との距離を詰めながら、意識を切り替える。視界が変わる――生命視覚(ライフサイト)。世界が色を失い、輪郭だけが浮かび上がる。

 生者と死者。その境界を見極める魔法。

 女の姿が、視界に映る。

 ――光はない。生命の気配が、まったくない。


「屍体だ!」バルドが叫ぶ。


 それから、鼻を刺すアルコールと樹脂の匂いに気付いた。

 床に転々と滴る赤い液体は血だと思い込んでいたが、近づいてみると奇妙に明るい色をしている。ピンクというほうが近かった。


 ――防腐液だ、とバルドは即座に悟る。

 ただの屍体ではない。()()()()だ。


「まあ、アンデッドでしょうね」リメンは平然と答える。

「首が取れてもこんなに元気なら」


「わかってるならさっさと〈魔法の看破(ディテクト・マジック)〉をしろ! 誰が操ってる!?」


 バルドは女の周囲を警戒しながら問う。

 屍体が動く。それは魔法によるものだ。ならば術者がいる。誰かが操作している――はずだ。


「もうやってます」リメンは女を凝視しながら言う。

「でも、引っ掛からないんですよね。阻まれているという感じもない。誰の支配下にもない」


「じゃあなんだ? ()()は魔法じゃないって? 冗談だろ」


 バルドの声に、苛立ちが滲む。


 リメンは答えず、女に向き直った。彼の手が、複雑な軌跡を描く。

 拘束魔法の印。


「〈拘束(バインド)〉」


 見えない力が、女の四肢を掴む。女の手足が、ぐにゃりと曲がる。

 骨が折れる音。

 それを聞いたバルドの顔が、はっきりと歪んだ。


「おい、やめろ! 手荒に扱うな」


「四肢を潰しておかないと、また逃げるでしょう」


「それでもだ。屍体を必要以上に壊すな」


 やれやれ、という表情で、リメンが拘束魔法を止める。


「あなたの〝流儀〟は知っていますよ、バルド。ですが、今回は例外です。部外者は捕えなければならない。それが規律(ルール)ですからね」


「……わかってる」


 女は痛がる素振りさえみせない。女の身体は床に伏し、完全に動きを止めている。

 頭だけが、床に転がったまま。茫然とした目が、自分の身体を見つめている。

 女の頭が、か細い声を出した。


「あ、あの。わたしは……」


 バルドはため息をついた。女の頭を、そっと持ち上げる。

 思ったより冷たい。確かに、これは屍体だ。


「とりあえず、喋らないでくれ」


 バルドは疲れた声で言う。


「余計に混乱するから……」


「もう十分、混乱してますけど……」


 女の頭が、バルドの腕の中で答える。その声は震えていた。


 リメンが淡々と報告する。


「グレイヴス課長。屍体を捕まえました。性別は女性。(くだん)の逃げた屍体ですか?」


『ああ、おそらく』通信機から低い声。


 そのやり取りに、女の目が僅かに揺れる。意味を掴もうとするように、こちらを見つめる。


「見るな」


 バルドは布を取り出し、女の頭にかぶせた。

 魔法的な反応を遮断する特殊な布だった。


 女は魔術士ではないといったが、それを鵜呑みにするわけにはいかない。眼球を使わなくても、ものをみる方法はある。先ほど彼が使った生命視覚(ライフサイト)のように。


 しかし、この女はいったい何なのか。

 魔術士から魔力(ストック)を供給されずに動く屍体なんて、前代未聞だ。


 未知の術式か。あるいは、違法な改造物か。

 バルドは短く息を吐く。


「まずは首と骨をくっつけないと……」


『勾留しておけ。――バルド、首を繋げるのはいいが、手足はそのままにしておけ』


 通信機越しの命令に、バルドは苦い息を吐く。


「……。バッグを取ってくる」


 バルドは女の頭をルツに渡して、さっさと搬送路へと向かった。

 ルツが女の身体と頭を回収用の袋に入れる。リメンは伝声管で清掃係に指示を出している。


 ロビーに残された赤い防腐液が、まだ生々しく光っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ