25.死霊術の反動
ロークの号令で、現場が手早く片づけられていく。
隊員の状態を一人ずつ確認しながら、武装班は撤収の段取りを進めた。
バルドはロークと短く何かをやり取りし、ロークの肩を借りて立ち上がる。
地下から上がると、すでに治癒院から救急搬送用の搬送車が待機していた。
ジェーンはA17を納めた屍体袋を両腕で持ち上げた。指示された台車にA17の屍体袋を載せると、搬送スタッフの邪魔にならない位置まで下がる。
ロークに担がれたバルドが見えると同時に、待機していた治癒師スタッフたちが駆け寄る。
「患者は専門魔術士――死霊術士! 先に魔術反動チェックいれて!」
その声とともに、ストレッチャーが車体に横付けされる。そこにバルドの身体が降ろされた。揺れるたびに、浅い呼吸が途切れがちになる。
「深部体温測って! ――声出せる? 名前は?」
問いに数秒遅れて返事をする。声ははっきりしていたが、スタッフの眉が寄る。
額に手が押しあてられると同時に、足元に簡易術式が光る。
バルドがゆっくりと口を開いた。
「死霊術の反動は、低体温、低血圧、感情鈍麻だ。……低体温はもう出てる」
スタッフが再び叫ぶ。
「加温急いで!」
持ち込まれた魔術医療用の布をスタッフがやや乱暴にもぎ取り、バルドの脚に敷く。布の内部で微光が走り、じんわりと温度が上がる。
別のスタッフが左腕を触診しながら叫ぶ。
「左腕、骨折線三ヶ所!」
一人のスタッフがバルドの横に屈み、耳元で落ち着いた声をかけた。
「幻術士です。これから痛みを和らげる〈幻術〉を入れます。精神疾患やトラウマはありますか?」
「……意識ごと落としてほしい。死霊術のリコイルが溜まってる。幻術で、死の希求が強く出る懸念がある」
「了解、ポーションを併用します。側臥位になれますか?」
バルドはゆっくりと横向きになり、背中を丸める。幻術士は背部の骨の並びを確かめ、指先でそっと肌に触れた。
「深呼吸して。──息を止めて。はい……」
囁きとともに背骨へ注射器が差し込まれ、ポーションが流れ込む。幻術士の低い詞に合わせて、バルドの背骨に沿って青白い光が走った。
バルドの全身がびくりと強張り、すぐ力が抜ける。額に冷や汗が浮いたが、呼吸はゆっくりと整っていった。
スタッフが右脚と左腕に手早く包帯を巻きつけ、瞬時に硬化させる。次いで、血のべっとりついた髪をかき分け、細い針で皮膚を繋げていく。
血でところどころ固まった髪から、鉄のにおいが漂う。
ジェーンは思わず視線を逸らした。彼女は一歩引いて、その流れを見るしかなかった。
ここは生者の領域だ。怒号のように交わされるのは、人を生かすための専門用語。治療器具の光が飛び交う世界。
屍体の肉体を持つ自分が触れていいものは、一つとして、ない。
バルドの首にべっとりついていた血が拭われ、スキャン装置が後頭部に翳される。
バルドがぽつりとつぶやく。
「耳鳴りや嘔気はない……」
「わかった。――出血影なし。痛みは?」
バルドの視線が、何かを探すように揺れる。スタッフの白衣、光、器具――ジェーンを捉えた瞬間、わずかに止まった。
「眠気が……〈幻術〉が効いてる……。何かあれば、起こせ……」
そう言って、彼はゆっくりと目を閉じる。その言葉がジェーンだけに向けられたものだと、彼女は確信する。
その言葉を聞いたスタッフの一人は、半分呆れたように叫んだ。
「寝てろ!」
「ああ……」
言葉こそ従順だが、声はもうほとんど夢に沈んでいる。
「このまま二十四時間監視。死霊術士は意識の戻りが遅い。無理に動かすなよ!」
スタッフがストレッチャーのロックを外し、バルドをゆっくりと運び出す。その肩越しに見える横顔は、まだ蒼白だった。
*
病室のドアが軽くノックされ、スライドして開く。
入ってきたのはルツだった。上着を腕に引っかけて、手にはバッグを持っている。
「うん、ちゃんと生きてるわね。よかったよかった」
声音は相変わらずさばさばと軽い調子だが、安堵が混じっているのをジェーンは読み取った。
バルドは枕に頭を乗せたまま、目だけでルツを見る。
「見舞いか?」
「半分はね。もう半分は仕事。――はい」
ルツはバッグから分厚いファイルの束を取り出し、バルドの腹の上にどさ、と乗せる。
ジェーンは思わず声を上げかけたが、なんとか飲み込む。
「リメンが『どうせ起きたら仕事始めたがるでしょう』ってさ。あたしもそう思うけどね」
バルドは右手で書類を持ち上げながら苦笑する。
「まったく。骨折患者に投げる量か?」
「どうせ止めてもやるでしょうが。だったら最初から持ってきたほうが早いのよ」
そっけなく言いながら、万年筆、ペンと魔法インクをテーブルに並べる。表情には呆れと苦笑が半分ずつ乗っていた。
「で、具合はどうなの?」
「悪くはない。久しぶりの休みだからな」
「冗談きついわ〜。天気の話でもしてるわけ? 悪いに決まってるでしょ」
「そうでもないぞ。リコイルはいつもより軽いからな。死霊術は丸一日使ってないし。顔色もいいだろ」
「それはわかるっての。いつもより生意気だし、一言多いし。あたしが言ってるのは怪我の話」
ルツはバルドの額に軽く手を当て、深部体温と反応を確認する。触診は手早い。
「あ、それと――ジェーン」
ジェーンはびくりと背筋を伸ばす。
「ありがとね。あなた、本当によくやったわ。現場の誰が見てもわかる。あなたの判断のおかげで死人が出ずに済んだの」
「……わ、わたし?」
「そうよ。あんたは責められる筋合いなんて一つもない。むしろバルドのほうがダメ。説明不足で減給三割」
「はあ?」
バルドの声色が一瞬だけ鋭くなる。だが、すぐに口角が吊り上がった。やや獰猛な笑みだ。
「その決定をしたのはどいつだ? 死ぬより酷い目に遭わせてやる」
「冗談よ」
ルツは平然と流しながら、ジェーンの顔色をもう一度見る。
「ずっと立ってたら疲れるでしょう。座りなさい」
ジェーンはおずおずと丸椅子に腰を下ろした。疲れ知らずの身体ではあったが、わざわざ善意を無碍にする理由もない。
ルツはバルドに向き直る。
「しばらく入院。最低二日は動かないこと。でもあんたのことだから、どうせ動くんでしょ」
「許可が出たな」
「はいはい。好きにすれば?」
ルツはバッグを抱え直す。
「報告は監査のほうにも回しとく。無茶はほどほどに。――二人ともね」
そう言い残して、ルツは病室を出ていった。




