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アンダーグラウンドへようこそ  作者: 遠野 文弓
第一章 憑依(オーバーレイ)

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22.アンダーグラウンドへ ①

 タフィオ第三区の外れに入ると、石畳が途切れ、舗装されないままの地面が顔を出した。

 ひび割れたコンクリート。崩れかけた倉庫の壁。工場から出る排水で赤く染まった水たまり。それらが車窓越しに過ぎ去るのを眺めながら、バルドは口を開いた。


地下都市(アンダーグラウンド)について、どれくらい知っている?」


 訊かれて、ジェーンは素直に首を振る。


「何も……」


「なら手短に伝えておく」


 頬杖をついたバルドは車窓から目を離さず、つぶやくように続ける。


「表の法がゆるい場所だ。自治協約が好き勝手に行き交っている。だから、離れるなよ。地下(そこ)で迷ったら十年は出られなくなると思え」


「十年……?」


「おまえは餓死しないだろ。闇雲に歩いて外に出ようとしたらそうなるって話だ。術者なしの自律屍体は珍しすぎるから、その前に売り飛ばされそうだけどな」


 ジェーンはぞっとして、思わず自分の腕を抱いた。



 搬送車が止まった。

 銃を持った警備員たちが、無言で車から降りる。


 廃区画の奥に、ひとつだけ口を開けたトンネルがあった。

 錆びついた鉄の柵。かつては何かの路線だったのだろう、壁面には剥がれかけた路線図のようなものが貼られている。


 バルドが手を正面に差し出すと、掌の上にぼんやりと魔法光(ライト)が灯る。


「ジェーン。おまえ〈暗視〉はできるのか?」


「まあ、ぼちぼち」


「ぼちぼちってなんだよ」


「どうやって視覚を感じているのか、自分でもよくわかってなくて。真っ暗でも、そんなに困らないけど……」


 そこでバルドは足を止める。隊員の短い合図に頷きを返した。


「ならいい。降りるぞ」


 トンネルの奥へ進む。岩肌に穿たれた(うろ)が、しとしとと(しずく)を落としていた。


 低いアーチをくぐると、壁面に鋲を打った小さな鉄扉が現れる。

 武装班の一人が、指先で取っ手を押した。暗闇へ吸い込まれるように、扉が開く。


 瞬間、扉の奥から冷たい空気があふれ出す。地面はぽっかりと口を開けていて、頑丈そうな梯子が一本かかっているだけだった。


「ここからは灯りを落とす」


 バルドは魔法光を掌で覆い、摘むように灯を消す。

 底には、一切の光がなかった。


 *


 梯子を下りていく。

 ようやく靴裏に感じた地面は、汗をかいたみたいにじわりと湿っていた。暗闇の中で、換気装置がごうごうと頭上で唸り続けている。側溝からは、押し出されるように(ぬる)い空気があふれていた。


 武装班が、暗視ゴーグル越しに周囲を走査する。

 各々〈暗視〉の効いた視界に、地下通路の奥行きが立ち上がってくる。


 そこは、思っていたよりも広いトンネルだった。


 レールが敷かれていたが、ひどく古びているうえに途中で途切れていた。その先はむき出しの岩肌とコンクリートに飲み込まれている。

 石壁には古い張り紙がべたべた貼られていたらしい痕跡がある。ジェーンの視界ではそこだけ濃さが違って、浮いて見えた。

 天井の配管はところどころで折れ、ぶら下がった配線が蜘蛛の巣のように垂れ下がっていた。 


 先行していたロークが口を開く。


「バルドは真ん中だ。黒タグはその真横。

――いいか、お前ら。ネクロマンサーが視界から消えたら失点どころか失職だ。ぬかるなよ」


 内容の割に口調は冗談めいていて、周囲から小さな笑いが漏れる。

 先頭にロークと隊員二人が並び、そのすぐ後ろにバルドとジェーンが続く。残りの武装班が後ろを固めた。


 壁沿いを選んで、さらに奥へ入っていく。


 ジェーンは、すでに方向感覚を失っていた。もう自分がどこにいるのかさえわからないし、今来た道を戻れる自信さえもなかった。

 バルドの「十年は出られなくなると思え」という言葉が、遅れて身に染みる。


 地下では、生来の方向感覚はまるで役に立たない。

 太陽。月。星。風。地下には、方角を察知するのに必要な情報が全くない。


 その中で、バルドのまとう香りの重たさだけが、引力のように作用していた。


「……ねえ、ここ、いかにも危なくない?」


 おっかなびっくり付いてきているジェーンが、小声で言う。バルドの上着の裾を握りながら歩を進めている。

 つま先が水たまりを踏みかけて、あわてて避けた。


「安全ではない。だが、おまえもいるからな」


「え?」


 バルドは歩きながら、ちらとジェーンのほうを向く。


「今のおまえ()護衛だ。ぼくの」


「え! わたし!?」


 ジェーンの声は思いのほか響いて、彼女は慌てて声量を落とした。


「……わたしが、護衛なの?」


「初めてお前を外に出したとき、ルツが言ってたろ? ぼくを『見張ってろ』とな。

あれは言葉通りの意味だよ。地上ですら迷子になりかけるウスノロを捕まえとけって意味じゃないぞ」


 言われて、ジェーンは記憶を探る。

 はじめて死後資産管理局のセキュリティゲートを潜ろうとしたとき、確かにルツが話しかけてきた。そのとき彼女は、バルドに対して何と言っていたか。


 ――あんたさあ、自分がネクロマンサーって自覚ないわけ?

 ――ジェーンにくっついてなさいよ。あんたがいなくなったら困るんだからね。


 ジェーンは呆れ顔で眉を上げる。


「わたし、武器扱いされてるってこと?」


「どちらかといえば、盾だろ」


 平然と言うバルドを、ジェーンはぐっと睨みつける。


「なんだ。文句がありそうだな」


「あるわよ」


「聞く気はないからな。我慢しろ」


「そもそも、あなたそんなに弱くないでしょ。その銃でわたしをバンバン撃ってたじゃない。戦えるんでしょ?」


 バルドはそれには答えず、路地の奥を見た。

 路地と言っても、本物の街のそれではない。だがそれらしい暮らしはあるようで、撤去された広告と剥がれたペンキの痕だけが残っていた。


 コンクリートが円形に擦り減り、その周囲には細かい石膏の粉がこびりついていて、チョークか何かで線が引かれていたらしい名残がある。

 壁の亀裂をそのまま利用した小部屋のようなスペースもあった。崩れた壁の陰に、担架の残骸が転がっている。金属の骨組みは無惨に折れ、片輪は完全に潰れていた。


「血があるな」


 バルドが、壁際の黒い染みを指す。乾いた血が、霧状に飛び散ったまま固まっている。血液の量こそ多くはないが、範囲が広い。ここで誰かが何度も殴られていて、その人物が逃げまどっていたであろうことが察せられる広がり方だった。


 ロークが軽く笑う。


「揉めたか、口封じか? まあ、どちらでもいい。――周辺警戒を続けろ」


「了解」


 隊員が短く返事をする。

 壁に散る黒い染み。そのおびただしさにここでの惨状をありありと想像してしまったジェーンは、頭を振ってそのイメージを頭から追い出した。

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