21.武装班との合流
相変わらず保全課のフロアは人や書類が行き交って騒々しい。
壁際の通信機が甲高く鳴り響き、すぐそばの机に控えていたリメンが受話器を取る。二、三の言葉を交わし、保留状態にしてから、グレイヴスに向き直る。
「捜査課から。A17が運ばれた屍体加工屋にあたりがついたそうです。一時間後に武装班と合同で踏み込むと」
「いい知らせだな」
グレイヴスが言うが、リメンは浮かない顔だ。
「それが……武装班の班長が、『ネクロマンサーを、突入班に同行させろ』と要求しています」
報告書作成のためにぽつぽつとタイプライターを叩いていたバルドはちらりと視線を上げたが、すぐに手元へ落とす。そんなバルドを一瞥してから、グレイヴスは鼻で笑った。
「は。贅沢を言いやがる。うちのネクロマンサーを前線に引きずり出そうってか」
「リスクはあちら側も承知している、はずですが……」
「ふん。あいつらはいつも直前でいろいろ要求しやがる」
通信を切ると、グレイヴスは深いため息をひとつ吐き、バルドへ向き直る。
「そういうことだ、バルド。行けるな?」
「まあ……どうせ現場にはいくからな」
バルドは報告書から目を離さないまま答える。タイプライターから取り上げてざっと目を通す。ペンを署名用の魔法インクへ乱暴に突っ込んでから、だるそうに署名した。
「ジェーン」
「はあい?」
保全課に運び込まれた備品を持ち上げながら、ジェーンが軽く応じる。
「おまえも来い」
「もちろんよ。お留守番するタイプに見える?」
グレイヴスは紙煙草を灰皿に押しつける。
「武装班の車庫は地下二階だ。班長にはこちらから連絡しておく。――五体満足で帰ってこい、バルド。死ぬくらいなら殺せ」
殺せ。その言い方があまりにも普通で、ジェーンは一瞬だけ固まってしまう。
「わかった」
バルドは従順にうなずいて、さっさとコートを羽織ると出口に向かう。
ジェーンはそのやり取りに呆れたものの、あらゆる言葉を飲み込みバルドの背中を追う。
*
広い床の上に、屍体搬送車と武装班用の車両が並んでいる。
屍体搬送車は四角い箱型。武装班の車は分厚く補強された半装甲仕様だ。どちらも側面には小さく《死後資産管理局》の文字がある。
端では、武装班の隊員たちが装備の最終チェックをしていた。足もとは動きやすいブーツ。防弾ライナーをジャケットの下に仕込み、伸縮式のスタンバトンを伸ばしたり畳んだりして、機能に問題がないか慣れた手つきで確認してからホルスターに納める。武装班の誰もが、腰に拘束具や封印具をむき出しで吊るしていた。有事の際にすぐ取り出すためだ。
そんな喧噪の中、ひときわよく通る声が響く。
「おい、ネクロマンサー様のご到着だ!」
声の主は、背の高い男だった。
男はずかずかと近づいてくる。肩幅が広く、野暮ったいくらいの体躯に、武装班用のジャケット。顎には無精髭、口元には笑い皺があった。
「班長のロークだ」
バルドがぼそりと言う。
ロークは大柄で、長身のジェーンよりもさらに頭一つ高い。この男と並ぶと、ただでさえ小柄なバルドはいっそ少年のようだ。
「よお、バルド!」
ロークはバルドの肩をどんと叩く。バルドは心底嫌そうに口を引き結んで衝撃に耐えた。ロークはそのままジェーンへと視線を移す。
「で、こっちの嬢ちゃんは?」
「……ジェーン・ドゥ。《随行資産》だ」
「ああ、黒タグか」
バルドのしぶしぶ絞り出したような声もまったく気に留めず、ロークは心得顔で腕を組む。
そうして、無遠慮にじろじろとジェーンを眺めた。
「たしかに死んでるなぁ。だが、この嬢ちゃんを連れてくつもりなのか?」
「グレイヴスから正式に同行許可が出た」
「はーん。グレイヴスがね。あの石像みたいな男が」
ジェーンはロークを見据える目を一つ瞬かせた。「わたしの意思はやっぱりここでも聞かれないんだなあ」と思ってみたりする。
ロークは鼻を鳴らし、ジェーンに向き直った。
「いいか、嬢ちゃん。くれぐれも勝手に動くなよ。ハチの巣にされても文句は言わせねえぞ」
「大丈夫よ、どうぞお構いなく。撃たれても死なないもの」
「そういう問題じゃねえよ」
ロークは頭をかく。
「まあ、いい。現場の指揮は俺だ。バルド、お前は屍体を照合して、違ったらその場で言え。また偽物を掴まされて奔走するのはごめんだぜ」
「了解した」
バルドが短く答える。
ロークは指を鳴らして、隊員たちに号令を飛ばした。
「装備を確認して乗車しろ。五分で出るぞ!」
隊員たちが「了解!」と一斉に声を上げる。スタンバトンが腰に戻され、弾倉が確かめられ、ドアが開閉される音が立て続けに響いた。
「焦点具は持ってんだろ? で、黒タグもいるわけだ。それなら、ちったあ持ってくれるよな」
その言い分に、バルドははっきりと眉を寄せた。
「一体どういう了見だ? ネクロマンサーを突入部隊に交ぜるなんてイカれてる。訓令でも出たか?」
「出てないさ。手続き上はな。だが、A17が加工済みだったら、ふつうの鑑識官じゃもう手も足も出ねえだろ。ネクロマンサーに現場で見てもらわねえと、証拠にならねえんだよ」
ロークは肩をすくめる。
「はー。ったく、手当増やしてもらわねえと割に合わねえな。ド級の金塊見せびらかしながら地下散策をしろってか?」
金塊? とジェーンが訊くよりも前に、バルドがきっぱりと頷く。
「その金塊を持ち込むと決めたのはおまえだろ」
「そりゃあな。上は『ネクロマンサーには護衛をつけろ』って言いやがるが、そんな人員が余ってるもんかよ。だから出動ついでにお前を守るって寸法さ。ありがたく思えよな」
「感謝するのはそっちだろ。ネクロマンサーに戦闘態勢を取らせる街なんて他にない。おまえらには、きっちり護衛をしてもらうからな」
ロークはおかしそうにその姿を見下ろす。バルドの防護ベストのベルトに指をかけ、まだ緩んだままのそれを軽く引き寄せる。
途端、独特の香りがふっと濃くなる。線香と安息香を重ねたような甘さの底に、地下の冷気のような死の気配が沈んでいる。
バルドの眉がますます寄ったのを見て、ロークはにやりと笑ってみせた。
「その生意気な口と態度がな、武装班の女どもにゃ妙にウケるんだよ。『可愛いわねえ、うちの彼氏そっくり』って」
バルドはロークの手を軽く払って、ベルトを締め直した。
「『そいつはクズだから、さっさと捨てろ』と言っておけ」
「まったくだ。しかし、この匂いはどうにかならんのか? ネクロマンサー様はみんなそうだがね。よほど身バレしたいとみえる」
「死霊術には香が不可欠だ。嗅ぎ慣れた奴がいれば、ネクロマンサーが誰かはすぐにわかる。――それでも、連れて行くって判断なんだろ」
「踏み込む時点で秘匿すんのは無理だよ。遅かれ早かれお前が来るって向こうもわかってる。なら、突入時点ですでにいるんだぞってバラしておくさ。相手が勝手にビビってくれるかもしれねえしな」
ジェーンは、その喧噪の中でこっそりバルドの隣に立つ。
「《金塊》ってネクロマンサーのこと? そんなに狙われるの?」
「まあな」
それだけ言って、バルドは搬送車の側面ドアを開けた。
「それより、早く乗れ」
「はあい」
ジェーンが乗り込むと、すぐ後ろからロークがひょいと顔を出す。
「いい心がけだ。後部座席でおとなしくしてろよ、嬢ちゃん」
「やめてよね」
ロークが笑い、バルドが小さくため息をつく。
車庫のシャッターが、低い金属音と共に持ち上がる。
薄暗い地下の景色が、じわじわと外の灰色に塗り替えられていく。
やがて車列は、ゆっくりと動き始めた。




