表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アンダーグラウンドへようこそ  作者: 遠野 文弓
第一章 憑依(オーバーレイ)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/71

19.消えた献体 ②

「搬入までは普通だったわ」


 ジェーンはバルドを気にしながら、ゆっくりと言葉を並べる。

 彼は目を閉じている。腕を組み、拳を握り込んだまま、壁に肩をもたれかけている。額を伝う汗を拭おうともしない。


「まず、彼は通路を抜けて、ちゃんと格納された。そのとき、A17はまだなかった、はず……」


「……続けろ」


 バルドが言う。それはほとんど反射だった。組んだ腕の指先にはまだ力が入っていない。壁にもたれた肩だけが、どうにか彼を現在(いま)に繋ぎ止めているように見えた。


「えっとね……安置室でA17になって待ってたら、引き出されて、持っていかれた」


 その言葉にタリエンはメモを取る手を止め、顎をわずかに上げる。


「どこに?」


「小さいエレベーター。わたしたちが乗ってきたものじゃないよ。揺れが浅かったから、荷物用だと思う。それに載せられたの」


 管理者がさっと顔色を変える。


「あ、あの……。そんなはずは……」


 書類の端をつまんでめくる仕草が、妙にぎこちない。

 タリエンの視線が、じろりと管理者をなぞる。


「あるんだな? 中間保管庫の搬入口から、冷蔵室までの間に、荷役用の昇降機が」


 管理者は口をぱくぱくさせたあと、うなずいた。


「……その……荷物用の古いシャフトが一つ」


 しぼんだ声で言葉を吐き出して、管理者は観念したように目を伏せる。


「今は塞いでいますが……」


「塞いでいるはずのシャフトが使われているようだが」


「まっ、待ってください! 証拠もなしに、そんな……」


「そうだな。――《死霊術》は証拠にならない。術者の主観にすぎん。裁判に出しても、《証言》以上にはならない」


 タリエンの声に温度はない。判決文でも読み上げるような調子だった。

 だが、それが情け容赦なく《死霊術》の存在意義を葬り去る宣告のようにも聞こえて、ジェーンは少し身を縮めてしまう。


「わかりきっていることをいちいち言わなくてもいい」


 バルドは依然として目を閉じたままだったが、ふだんのきっぱりとした口調に戻っていた。


「〈憑依(オーバーレイ)〉や〈死者問答(ダイアログ)〉は調査範囲を狭めるだけだ。()()()()()()()()も、主観であることには変わりないからな。

――だから、それを証拠に()()までがぼくの仕事だ」


 彼はそこで、ようやく目を開けた。まだ少し奥行きの狂った瞳が、管理者を貫くように捉えた。


「いいから黙ってログを出せ。昇降機の保守点検の履歴も、設計図も、それに付随する書類も、すべてをな」


 管理者は青い顔でこくこくと頷き、係員に指示を飛ばした。

 バルドは、台車の上の屍体袋に再び視線を落とす。


「いずれにしても、荷物用シャフトだ。これが搬入口から安置室までの短い搬送ラインの死角になる、と知っている人間がA17を持ち出せた。中間保管庫の内部犯か、昇降機の鍵を開けられる誰か」


 *


 偽A17は、処置台の上でさえそれらしく見えた。

 高度な封印蝋に、タグは金色。

 だが、ルツはマスクの下でうんざりした声を出した。


「こんなの、一目見れば偽物だってわかるのにねえ」


 ルツの言い分はもっともだった。

 脳も、内臓も、骨や神経の一部も、外観に影響を及ぼさない部位はとうに抜き取られている。これでは解剖教材の抜け殻というほうが正確だろう。


「まあ、問題は中身じゃない。誰がそれらしく〈封印〉を仕立てたか」


 バルドが言う。


 本来、献体には魔術的な〈封印〉が施されるのが常である。

 持ち去れないようにするための処置でもあるし、不用意な触媒反応を防ぐ意味もある。


 封印のために編まれた銀色の紐を繋げるように、封蝋が押されている。印章は、月桂樹の枝がブドウの房を抱き込むように輪を描いている――《死後資産管理局》のシンボルだ。

 一見すると、管理局公認の封印と見分けがつかない。それが、なおさら始末に負えない。


「管理局の封印蝋と同じに見えるが、違う」


 短く言うバルドの言葉に反応して、タリエンが身を乗り出す。書類から屍体へ視線を移すときの目つきが、数字を見るそれと寸分違わない。

 バルドは続ける。


「微量だが、蝋の境目に黒い粒が混ざっている。煤か埃かは知らないが、局内の充填エリアにこんなものがあったらインシデントだ。清掃時に指摘されているはずだが」


「そんなことがあったら、リメンが黙ってないわよ」


 言いながら、ルツはポーチから小さな革ケースを引っ張り出す。開けば小瓶がみっしりと収まっており、そのひとつを指先でつまみ上げる。

 眉を寄せながら、切り出した封印蝋の一部に向けて小瓶を傾ける。透明な液体が蝋を包んだのを確認してから、拡大鏡で覗き込む。


「蝋の配合は局のものと全然違う……それに、やっぱり復元蝋の残留痕があるわね」


「復元蝋?」


 ジェーンの問いに、ルツは拡大鏡を覗き込んだまま答える。


「封印を剥がした痕跡を消すための、偽装用パテのこと」


 言われて、ジェーンは改めて封印蝋に視線を落とす。彼女の目には、ただの固まった蝋にしか見えない。

 ただ、ルツとバルドの眉間が同じように寄っているのを見て、事態の深刻さは察した。


 タリエンの声に、わずかな嫌悪と苛立ちが混じる。


「一度封印を剥がされて、また付け直されている。――素人の仕事ではない」


「そこまでは断言しかねるけどな」


 バルドは屍体の縫合痕をなぞる。指先の軌道がところどころ曲がるのを目で追いながら、彼は続ける。


「なにせ、偽物のほうは縫い目が雑だ。この技量では、屍体を丸ごと売るのは難しい」


「同感よ」


 ルツが吐き捨てるように言う。


()()()()する連中のやり口に似てるってわけ。――反吐が出るわ」


「屍体の入れ替えは入念にやった割に、蝋の資材までは再現しなかったようだな」


「局員なら、もっと似せられるはずよ。闇市場に流れた元局員かしらね」


「そこまではわからない」


 ルツとバルドの話を黙って聞いていたタリエンは、天井を見上げた。


「……()を浚えば、その手の屍体加工屋(ボディ・スミス)が百は出てくる。切って、繋いで、売れる部位だけを市場に流す。管理局の管轄外をいいことに好き放題だ。

――いずれにしても、地下都市(アンダーグラウンド)絡みの線が濃いな」


 言葉こそ淡々としていたが、タリエンの目には侮蔑の色が濃く宿っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ