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アンダーグラウンドへようこそ  作者: 遠野 文弓
第一章 憑依(オーバーレイ)

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13.教会と死霊術士

 その教会――礼拝堂は、タフィオ第一区の丘の上にあった。


 丘を囲む低い石垣。濁った空を突き刺すように伸びる尖塔。鐘楼の下には、古びた灰石の階段がある。

 礼拝堂の外に、小さな列ができていた。全員が黒い服を身にまとっているが、色の濃淡が違っていて、制服というふうでもない。子どもたちの服に至っては、黒に間に合わせたような濃紺も混じっている。


「あれは……?」


「葬儀だ」


 葬儀。屍体が危険物として扱われ、死後速やかに《処理》されるのが当たり前になった時代になっても、死者を送る手順はほとんど変わらない。むしろ、宗教的儀式としての葬儀は重要性を増した。《死》を生きる者たちの側へ、ほんの少しだけ近づける小さな揺り戻しだったのだ、と語る者もいる。


「葬儀に参列したことって、ある?」


「何度もな。できるだけ参列するようにしている」


「……知らない人の葬儀にも?」


「解剖した人たちの葬儀だ。治癒師(ヒーラー)志望者は積極的に葬儀へ参列するよう勧められる。献体への敬意を失ったら、仕事に差し支えるからな」


治癒師(ヒーラー)? 死霊術士(ネクロマンサー)じゃなくて?」


 ジェーンがそう問うのと同時に、礼拝堂の門を潜る。

 通路には白い花びらが散っていた。


 正面奥の壁一面に、フレスコ画が描かれている。

 怯えて逃げ回る人々。その隙間を縫うように伏す屍体。病床の者の枕元に屈む神官は、小さな天秤を持っている。武装した聖人だけが立ち、骨の軍勢を押しとどめながら、死者の魂を黄金の鎖で上空へと引き上げていた。そんな彼らを背後で見守るのは、頭に麦の冠をかぶった《救済の主》だ。

 絵具は細かく割れ、ところどころ灰色が覗いている。一方、後世に修復されたと思わしき黄金の鎖は浮いてみえるほど鮮やかで、それが神の権能をいっそう強調しているように思われた。


「ぼくは治癒師(ヒーラー)でもある。タフィオ市区連合教会は《救済の主》系列で、治癒師の宗教としては本流だ」


 ジェーンはぽかんとバルドを見た。


「え、じゃあ治癒師(ヒーラー)から死霊術士(ネクロマンサー)になったってこと?」


「正確に言えば、死霊術士(ネクロマンサー)になるには治癒師(ヒーラー)の免許が要る」


「へえ。それって常識なのかな……」


「どうかな。一般には知られてないんじゃないか。ぼくは治癒師(ヒーラー)の免許を取ってから知ったけど」


 バルドが一番前のベンチに腰掛けたので、ジェーンもそれに倣う。

 祭壇脇には、《救済の主》の彫像が立っていた。

 麦の穂を模した冠をかぶり、丈の長い衣をまとっている。片手には鐘のついた錫杖、もう片方の手には小さな骨壺。足先だけが異様につややかで、そこだけ何度も撫でられているとわかる。


「……それって、《隠された真実》ってやつ?」


「いいや? 単純にみんな興味がないんだろ。抜け殻よりも、《自分》がどこに行くかって話のほうが大事らしいからな」


「なぁんだ。つまんないの」


「真実がつまらないのはいいことだろ」


 そのとき、奥のほうからするりと白い人影が入ってくる。僧服を纏ったアシェルだった。


「お待たせいたしました」


 アシェルに案内され、バルドとジェーンは礼拝堂の横手に案内される。そこには、地下へと螺旋を描く階段があった。天井は低く、頭上すれすれにアーチ状の石が重なっている。

 一つ歩を降ろすたび、石の壁に靴音が反響する。地上の扉が見えなくなると、ひんやりとした空気と共に、湿り気のある匂いが這い上がってくる。


「ここが納骨堂です」


 重厚な扉を押し開けると、両側の壁一面に、小さな扉が並んでいるのが見える。扉には、それぞれに金属製の札がねじ止めされていた。名前と生没年が刻まれている。文字が新しいものもあれば、半分読めないくらい擦り切れているものもある。札のないものもあった――未来の死者のために用意された〝空室〟だ。


「記録簿は、こちらに」


 バルドは記録簿を受け取り、ゆっくりと開いた。


「確かに、この三体の屍体……《遺体》は管理局が押収している。数も合う」


 その言葉に、アシェルは目を伏せる。


「信徒たちの身体がどう扱われているのか、我々には見えません。ですから、こうして抗議しているのです」


 アシェルの声にはわずかな不安が滲んでいたが、バルドは平坦に応じた。


「タフィオの管理局に回収されているなら、照会にはいつでも応じる。ぼくの目が届く限り、《遺体》をぞんざいに扱うことは許さないつもりだが……こればかりは、信じてもらうしかないな」


「君が言うのならば、きっとそうなのでしょうね」


 アシェルは静かに返した。


「ですが、教会としては、信徒の遺体について《死後資産》としての扱いを拒否することも検討しています」


「……そうか」


 バルドは苦笑した。


「ぼく個人としては、強く止める理由がないな。教会が《遺体》を丁重に扱うのはよく知っている。……グレイヴスには聞かせられないけどな」


 そう言って、彼は記録簿を閉じ、アシェルに返す。


「献体は三年後、一部を返却する。頚椎をオパール化する予定だ。返却部位と無毒化処理トランスミューテーションの形式については、意向を反映させることもできるが」


 アシェルは、ほんの一瞬だけ口元を引き締めてから、ゆっくりと頷いた。


「……遺品と、祈りの場さえ守れるなら、それで手を打ちましょう」


「わかった」


 その間、ジェーンは彼らの会話を拾いながらも、納骨堂の扉を一枚一枚見ていた。ふと、名前のない札を見つけて、そこに視線が止まってしまう。


 ――本来なら、自分もこのどれかだったのかもしれない。


 納骨堂の壁に並ぶ小さな扉たちが一斉にこちらを見ているような気がして、ジェーンは思わず目を逸らした。


 その視線の先で、バルドの瞳とぶつかる。彼の表情は相変わらず読めなかった。

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