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0.屍体安置室にて

 いつもは魔法光(ライト)で隅々まで照らされている屍体(したい)安置室も、誰もいない深夜は暗闇に沈む。


 屍体安置室の扉は分厚く、錠前が下ろされている。扉の前には守衛があくびをかみ殺しながら立っていた。守衛たちは軽装ながら鎧を身につけ、一人は長剣を、もう一人は魔法杖を腰に吊している。

 二人はほとんど喋らず、あたりは静まりかえっている。


 深夜の屍体安置室から音がすることはない。もし音を立てるものがあれば、それは屍体泥棒の侵入を意味するからだ。


 そんな屍体安置室の分厚い扉の奥から。

 コン、と金属をノックするような音がした。


 守衛の、魔法杖を吊しているほうがはっと顔を上げた。もう一人の守衛も、相方のようすに気づくと、すぐに手元の携帯式魔法光を持ち直した。


 魔法杖の守衛は顔にほんの少しの恐怖を滲ませて、安置室の扉に目を奪われていた。長剣の守衛も扉に目を凝らし、分厚い扉の向こうから聞こえてくるであろう音を拾おうと集中した。


 ――ガン、ガン、ガシャン。


 金属を叩く音が立て続けに響いた。はっきり聞こえる、なんてものではない。鐘楼(しょうろう)を落としたのかと疑うほどの爆音だ。


 間違いない。屍体安置室の中に、何かがいる。


 二人の守衛は素早く顔を見合わせた。彼らは身をかがめて、扉の両脇に立つ。一人が腰から長剣を抜き、もう一人は懐から扉の鍵を取り出して錠前を外した。


 お互いに頷き合ってから、魔法杖を持つほうが勢いよく扉を開け放つ。同時に、長剣を持つほうが屍体安置室へ踏み入った。消毒液の匂いがふんわり鼻をつく頃には、もう一人の守衛も腰から杖を抜いて屍体安置室に入っている。


 異常はすぐに見つかった。


 壁に埋め込まれた屍体用の冷蔵庫、その引き出しの一つがぽっかりと口を開けていた。守衛らが何か言い交わす間もなく、処置台の向こう側に、ゆっくり身体を起こす人影があった。


 彼らはとっさに、人影にライトを向けた。


 ――女。全裸の女だ。


 肩からシーツを羽織っているくらいで、大事な部位はどこも隠されていない。だが、男たちが目を奪われたのは、控えめに膨らむ乳房ではなかった。


 胸から腹にかけて走る生々しい縫合痕。太すぎる糸で皮膚にシワが寄るほどきつく縫われたそれは、生者にあってはならないもの。


 ――解剖の痕。


 二人の守衛は思わず身体を震わせたものの、その目に光るのは怯えではなく警戒だった。


 彼らは腐っても屍体安置室の守衛だ。屍体を操作する魔法の存在は知っている。魔法杖を持った守衛は拘束魔法を展開するべく、すでに杖を屍体へと向けていた。


 すると深く俯いていた屍体は、俊敏な動きで目の前の処置台を持ち上げ、杖を持つ守衛に向かって放り投げた――単純な動きしかしないはずの〈屍体操作〉でコントロールされた肉の塊ではありえない動き。


 あれほどなめらかに屍体を動かすことができるものなのか……そんなささやかな疑問一つで、彼らが必死に押さえ込んでいた恐怖の蓋はやすやすと開かれる。


 処置台を軽々と投げた女は胸を反らせたまま、人間とは思えないぐんにゃりとした体勢で守衛の方へと一直線に走り寄ってきた。女の肩にかかっていたシーツが、女の腕に絡まったまま、踊るようにはためく。


 理解の範疇を超える俊敏さで駆け寄ってくる屍体を前に、一人は腰が抜けて尻もちをつき、もう一人は身体をひねってうつ伏せに倒れ、そのまま頭を抱えてうずくまる。


 しかし、屍体は彼らに何もしなかった。彼らの横をすり抜けて、息も切らせず全速力で走り去っていった……。

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