脳波計とスペクトラムアナライザ(マイルド講座)
——研究棟地下の観測準備室。 玲は椅子に座り、小型の脳波計デバイスを前にぼんやりしていた。
芹沢:「……はい、電極貼った。よし、じゃあ——“ノイズ”、今聞こえてる?」
玲:「ん……ううん。たぶん……聞こえてない……でも、さっき並木の前では、 耳の奥に“刺さるような感じ”があって……音っていうより、……“気圧”?」
芹沢:「なるほど、超低周波パルスの可能性もあるスね。まあ、“空耳エンタメ”ってことで」
玲:「……からかってる?」
芹沢:「え、してないしてない。“まれに幻聴ですらないノイズ”って、事例少ないんですよ、ほんとに」
——そのとき、湯川教授が手にしたタブレットを閉じ、柔らかく口を開いた。
湯川:「玲くん。さっき感じたその“気圧みたいなノイズ”、 君の脳内で鳴っていたと思うかい?それとも——“空間のどこか”で?」
玲:「……空間。 外にあった。 でも、“聞こえる”って意識した瞬間だけだった…… それまでは、……ただの不快な耳鳴りみたいだったのに」
湯川(頷いて):「それがね、脳波計とスペクトラムアナライザの、決定的な違いなんだよ」
玲:「……?」
湯川:「脳波計で測れるのは、“君が今、何を感じているか”——君の中の状態だ。 でもね、スペアナが測るのは、“君の外で、何が鳴っているか”なんだよ。 君が“感じよう”とすることで初めて現れるノイズ—— それは、君の感情が選択した波長なんだ」
芹沢:「要するに、“テレビの主電源は入ってても、チャンネル合わせないと何も映んない”みたいな……?」
湯川:「うん。で、玲くんが“心でチューニング”した瞬間—— その感情が、“記録された波形”と干渉して、“映像や音”として浮かび上がってくる。 脳波計だけでは、それは見逃してしまう」
玲:「……じゃあ、私は“ノイズに向き合った”ときだけ、意味が得られるんですね……」
湯川(微笑んで):「その通り。 脳波計は、君自身の“反応”を記録する。 スペアナは、君が“呼びかけた記録”の反応を記録する。 このふたつは——まったく逆の観測なんだ」
芹沢:「チューニングされた観測者……ってやつスかね。 ……いやマジで、エモいっすね教授」
玲(小さく笑いながら):「じゃあ……これから、ちゃんと向き合ってみます。ノイズに」
湯川:「いいね。 “観測されることを望んでいる記録”は、きっと君を待っているよ」