艦隊決戦
硫黄島沖の戦いの直前まで少々時は遡る。
「敵イ群、空軍さんが殲滅したようです」
「ロ群、ニ群は再合流の気配を見せています」
「奴らが敵の本隊か。とんでもない規模だが大丈夫か?」
「我々は連合艦隊、帝国最大の矛だ。負けは許されない」
「大本営からの号令が掛かり次第発艦を始める。各々準備せよ」
大日本帝国海軍の矜持は百発百中である。これは、戦中戦後の日本が置かれた環境から来ているものだ。
第2次世界大戦を連合国側として参加した日本は、地獄の中国戦線を10年も続ける事となり、必然的に海軍予算は大きく削られてしまう。
戦後の東西冷戦期には東西どちらにも属さない第三陣営として独立したてのアジア諸国を率いることとなるが、物量に勝るソ連、米国に対抗するには全てのリソースを効率よく戦果に繋げる百発百中の精神が不可欠であった。
幸いにも戦後日本は高度経済成長と共に技術立国としての地位も確立し、軍需産業でも高い精度の兵器を開発することが可能であった。
こうして大日本帝国海軍は地球において世界有数のハイテク海軍となったのである。
この新地球に人工衛星が飛んでこなければ日本はセーネスに多少苦戦しただろう。電子機器が動作しない環境であれば、成す術もなくやられていただろう。だが、日本にとって幸いなことにハイテクノロジー兵器はこの新地球においても正常に動作していた。
「出撃命令! 出撃命令!」
「発艦! 発艦! 発艦! 発艦!」
これから始まるのは戦闘ではない。圧倒的技術差による蹂躙だ。
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「敵艦隊、補足できました」
「なんだと? すぐに使い魔を飛ばせ! 敵兵器の情報を少しでも集めるんだ」
一方のセーネス側。彼らも手をこまねいていた訳ではない。彼らの本体である第1部隊には、近年開発されたアクティブレーダー艦が配置されていた。
硫黄島の戦いで活用された様に、この世界にもレーダーは存在している。
遥か昔から魔力探知は軍用魔法の初歩とされており、高出力の魔力がダダ漏れる民間船であれば魔法使いは20km先からでも簡単に探知することができる。
海上戦闘技術においては、戦闘艦艇はどれだけ放出魔力を減らせるか、探知側はどれだけ高度な魔法術式を用いて微弱な魔力を探知できるかのイタチごっこであった。
これは、いわゆるパッシブレーダーである。
そんな中、近年連合王国の艦隊に初めて姿を見せたのがアクティブレーダーであった。異なる質の魔力同士が反発する性質を生かして、高出力魔力を敢えて360°全方位に照射し、反射してきた魔力の方角と魔力圧から敵艦艇の位置を特定する技術が誕生したのである。これはすぐにセーネス海軍にも導入された。
連合王国人によって、この世界に転移してきた日本人にも微弱な魔力が宿っていることが確認されている。1人あたりでは相当小さな魔力であっても十人百人ともなれば充分探知可能な規模になる。
セーネス第1部隊はおよそ400km先から連合艦隊を補足することに成功したのである。
「飛竜を飛ばせ! 先制攻撃だ! 航空艦隊も後に続け!!」
12隻の飛竜母艦からは300匹もの竜が放たれ、次々に連合艦隊を目指す。竜を操る竜騎士たちの士気は高い。
「我に続け! 異界から来た愚者共を成敗してくれるわ!!」
これから彼らを待ち受けるのは地獄の空戦である。
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連合艦隊隷下第1機動部隊「祥鳳」、第2機動部隊「龍鳳」から飛び立った総勢96機の大編隊は、一路敵本陣へと向かう。そんな中、早期警戒管制機から母艦へこの様な通信が入った。
「敵大型艦から竜の様な軍勢が飛び立つのを確認した。おそらく空中機動戦力と思われる」
これを受信した第1航空艦隊司令部では作戦変更が余儀なくされた。
「彼らは今回対艦兵装しか装備していません、どうしましょう」
「これだけ密集した敵相手に格闘戦は難しいな」
「ドラゴン? とやらの射程に入る前に対艦ミサイルを発射してさっさと帰還だ」
「了解」
「あー、ちょっと待て——」
通信士が司令部からの指示を伝えようとした直前、呼び止めたのは航空艦隊提督だ。
「第1航空隊の第1分隊だけは帰ってくるなと伝えろ」
「提督!?」
「奴らは帝国海軍一の精鋭だ、こんな世界で死ぬこたァ無い。機銃を使って一撃離脱、そのドラゴンとか言うやつの戦力評価をしてこい」
「正気ですか?」
「もちろん」
この命令がそのまま1空へと伝わると第1分隊長は目をギラつかせた。
「提督も酷い命令を出しますなァ」
「俺らを何だと思ってんすかね!」
200発近くの対艦ミサイルを一斉に敵へと放った後、第1分隊以外は命令どおり母艦へと帰還していった。
第1分隊は敵編隊へとより高い高度から接近すると、機銃の斉射を浴びせる。
「うわぁあああぁぁあ」
「敵の竜だ」
「鉄で出来ているぞ」
「迎撃! 迎撃ィ!」
セーネス軍300騎の竜のうち30騎近くが初撃で撃破され、彼らは混乱した。迎撃の為の炎の玉が上がるも、日本の戦闘機は既に数百m以上離れたあとであり、かする気配すら無い。
「俺らだけで全部やれそうだな」
「いっちょやっちゃいますかァ?」
「無茶振りしてきた司令部を驚かせてやりましょう」
彼らは美しい編隊行動で進路を取り直し、再び機銃での攻撃を行う。それを3度も繰り返すと敵の総数は半減、戦意を喪失したのかバラバラに撤退していった。
「敵編隊、撤退していきます。追撃しますか」
「いや、帰還してくだい」
「了解」
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撤退した竜騎士たちが見たのは、見るも無残になった艦隊の姿であった。
「俺たちの母艦が……存在しない……」
竜というのは本来気性の荒い生き物であり、収容するには広く頑丈な設備が必要となる。狭い艦艇に閉じ込めてしまえば、それ自体を破壊しかねない。
「ごめんよぉ……ほんとに、ごめん……」
その為、母艦を喪った竜たちは次々と海へと着水後、呪いによる安楽死が取られることになった。
第1部隊に合流した第2部隊の竜騎士たちも日本軍の防空網を突破する事はできずに全滅。
彼らに残された攻撃手段は近づいてからの砲戦のみとなった。しかし、日本軍はそれを許さない。
「既に半分以上の艦艇がやられました。ニポン軍の射程は圧倒的です!」
「撤退を……撤退を具申します」
日本巡洋艦に搭載された8インチ速射砲の有効射程は目視距離を遥かに凌駕する22km、駆逐艦の5インチ砲であっても15kmある。これは目視距離での戦闘のみが想定された航空艦魔導砲の射程7kmを優に超えていた。
雨あられと降り注ぐ弾幕を前にセーネス艦隊は手も足も出ない。
「撤退だ!!」
「撤退! 撤退! 撤退!」
日本艦隊の猛攻を前に、ようやく撤退を決断するセーネス艦隊ではあったが、それはあまりにも遅すぎた。
「足の早そうな航空艦が先だ。一隻たりとも逃さねェぜ」
1時間半ほどの間に補給を終えた航空艦隊が再び空に飛び立ち、追撃へと向かっていたのだった。空対空ミサイルを全弾食らったセーネスの航空部隊は完全に沈黙した。
「爆弾投下!」
制空権を失い、鈍足な海上艦しか残っていないセーネス艦隊を待ち受けるのは、全滅まで続く爆弾と砲弾による無慈悲な破壊であった。
こうして、セーネス艦隊本隊は消滅した。
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余談ではあるが。
圧倒的な勝利の後、生存者の救助を行った日本軍であったが、大人しく降伏した硫黄島のセーネス第3部隊とは異なり、こちらの魔法使いは反抗的であった。収容された艦内で魔法を使い、部屋3つを吹き飛ばす事件なども発生したため、日本軍としては非協力的な捕虜、特に魔法使いは殺害するという非道な手段を取らざるを得なかった。
これは、魔法使いの扱いに慣れていなかった故の悲劇として後に映画になるなどして語り継がれることになる。