硫黄島沖の戦い・後編
「何かしら、これ」
大日本帝国側の初撃を撃退したセーネス第3部隊は、その後もジワジワと硫黄島に迫っていた。そんな中、彼らの感知できない超高高度から彼らに対してコンタクトが計られる。
『我々は貴艦隊をどこからでも攻撃できる用意がある。降伏する場合は白旗を掲げよ』
要約するとこの様な内容が書かれたビラが撒かれたのだ。
「何よこれ、事実上の降伏勧告じゃない! 私達の艦隊はまだ無傷なのよ!」
フアナはこの内容に憤慨した。
(でも、戦略防御魔法を使えるのは残りの魔力補給を考えても3回が限界……もしあの規模の飽和攻撃がそれ以上来るのであれば……)
彼女は先の戦闘での途轍もない轟音を思い出して身震いする。
(降伏の手段を知れたというのは……悪くないのかもしれないわね)
術式を維持する魔法使いや艦隊上層部以外に戦略防御魔法の消費魔力がどれほどなのかを知るものは少ない。一般の水兵達はこの艦隊が無敵だと本気で考えていた。その為、フアナを始めとする一部の軍人以外はこのビラに対して露骨に怒りを顕にしていた。
「敵は我が軍に恐れをなしている!」
「フアナ様の防御魔法があれば魔力を持たない奴の攻撃など怖くない!」
日本軍が蒔いたビラはセーネス側の士気を高めることに繋がった。彼らは着々と死地へと向かっている。
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大日本帝国海軍参謀部は頭を抱えていた。
何故なら敵イ群と同様簡単に殲滅できると考えていたハ群に対して5機も損失を出してしまったからだ。それに何より戦死者が出たという事実が参謀室の空気を重くする。
「どうしましょう、空対空ミサイルが防がれるとなると攻撃手段は限られますよ」
「対艦ミサイルではどうだろう」
「うむ、この世界では我々の常識は通じない。1つ1つ試していくしかない」
「間に合うかは分かりませんが……海上部隊も派遣するのはどうでしょうか」
「当該海域に一番近いのは……南方帰りの大和らか」
司令部が海上部隊の派遣を決めた際に硫黄島の近くを航行していたのは、運良く貫通力の高い電磁砲を搭載した原子力戦艦大和率いる東方世界派遣艦隊——第1打撃部隊であった。
「第1打撃部隊、硫黄島に向けて転進!」
彼らは東方世界に接触するべく南方世界大陸をぐるりと周り、極地航行を終えたばかりであった。
硫黄島付近に敵戦力が展開していることは把握しており、万が一に備えて戦闘準備を整えていた。
補給艦2隻と巡洋艦1隻、駆逐艦1隻をパージして、戦闘陣形を取ると、進路を硫黄島に向けて取る。
「異世界の軍勢に戦艦大和の威力を教えてやろう!」
第1打撃部隊司令はこう息巻いた。
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「間もなく対艦ミサイルの射程圏内です!」
セーネス艦隊の迫る硫黄島では次の攻撃準備が着々と進められていた。対艦ミサイルの一斉射撃。それが、次の作戦であった。
対空ミサイルに比べ対艦ミサイルの方が貫通力、威力共に高い。それに、海面すれすれを飛行するために発見されるのも遅れる。それを、空から地上からの飽和攻撃を行うことでバリアの突破を試みたのだ。
「全弾、発射!!」
しかし、それは失敗に終わる。
「敵の攻撃は見えてから着弾までに少し時間があるわ! その間に防御魔法を展開できれば耐えることができる! 対空警戒を怠らないで!」
フアナは声を張り上げる。敵の攻撃を1度目の当たりにした事で艦隊は常に緊張状態であった。
「来ました! 魔力レーダーに感あり! 敵の攻撃です!!」
「やっぱり何度でもあの攻撃ができるのね……術式展開準備!」
(あら、今回は上空からじゃなくて低空から来るのね)
地球の電磁波レーダーではなかなか捉えきれない戦闘機の海面すれすれ飛行も、仕組みの異なる魔力レーダーには問題なく探知できていた。
魔力のこもっていないミサイル自体を探知することはできないが、人の乗っている戦闘機は例え海中であっても映ってしまうのである。
人の探知されない遠距離ミサイルのみでの攻撃が有効打になり得ることを日本側は知らなかった。
艦隊は2度目のカプセルに包まれる。緑の膜は絶対に物体を通さない。
「クソッたれ、これでも駄目なのか」
日本軍は第2波でおよそ120発のミサイルを叩き込んだ。しかし、それでもバリアを突破することはできなかった。
「これは……いよいよ上陸されるぞ……」
硫黄島守備隊の面々はこれまでに経験の無い地上戦の気配に、喉をゴクリと鳴らし、手に汗握った。
そんな時、最後の望みとして硫黄島沖に現れたのが第1打撃部隊だった。
「戦艦大和! 戦闘準備!!」
「管制機との情報連動問題なし」
「よっしゃ、一番デカイのから狙え」
ミサイルによる攻撃が主流とはいえ、大艦巨砲主義も冷戦期まで健在だった以前の世界。1970年代に建造された原子力戦艦大和型は、ソ連キーロフ級、米国モンタナ級と並びBIG12と呼ばれていた。
2000年代後半に原子力電磁砲が開発されてからは主砲4基をそれに換装し、現在に至る。
「電磁砲射撃準備!」
「甲板からの人員退避完了しています」
「射撃準備よーし」
「撃ち方、始め!」
ドンッドンッドンッドンッと、鈍い音と共に大和の主砲が次々火を吹く。電磁砲の射撃音は火薬砲の爆音とはまた異なる響きだ。
この砲の有効射程距離は脅威の60km、その最大射程から大和は敵ハ群の狙い撃ちを始めた。
セーネス第3部隊では巨大な水飛沫が上がり、部隊中で最も大きな船4隻が立て続けに蒸発。それらは、対航空艦の機動戦力である竜を収容する「飛竜母艦」と呼ばれる船であった。
「今度は何!?」
最初に狙われたのが指揮艦じゃなかった事が幸いし、フアナは死を免れた。
(まさか魔力レーダーの探知範囲外から攻撃できると言うの……しかも的確に竜母だけ狙って……!?)
「術式……展開っ! 急いでッ!!」
「はっ、はぃィ!」
彼女達は2度目の戦略防御魔法を展開し終えたばかりであり、魔力補給は万全とは言えない。とはいえ、この魔法を発動しなければ彼女らに待っているのは全滅、死あるのみであった。
「やるしかッ、無いのよおおおお!!!!」
セーネス部隊に3度目のカプセルが展開される。が、その緑の膜はこれまでのものとは違い、不規則に揺らいでいた。
この揺らぎは日本側にも観測されていた。
「バリアが、揺らいでいます」
「ほう、これまでより強靭化したのか、それとも弱体化したのか」
「我々の攻撃を受けて急いで展開したのでは? きっと弱体化です。そう信じましょう」
「そうだな」
電磁砲の冷却には10分ほど時間がかかる。彼らにはその間攻撃の手を緩めるつもりは無い。
「今が好機と信じて」
「対艦ミサイル発射準備よーし」
「発射!」
戦艦1隻、巡洋艦1隻、駆逐艦3隻からなる第1打撃部隊の一斉攻撃、総数56発の対艦ミサイルがバリアへと殺到した。
「どんッだけ物量あるのよ!! ふざけんじゃないわよ!!」
日本からの3度目の攻撃を戦略防御魔法は見事に防ぎ切る。しかし、揺らぎは誰の目から見ても大きくなり、極端に薄いところも出始めていた。
「いけると思ったが、やはりミサイルでは駄目か」
「艦長、再び発射準備整いました」
「うむ、すぐさま撃て」
「撃て!」
4発の電磁砲弾がバリアを襲う。外側ではゴウンッ……という衝突音が響き渡り、内側ではペリペリ……と遂に亀裂が観測された。
「あっ……」
「なんてことだ」
戦いを見ていた水兵たちに動揺が走る。
(もう……保たない……ッ!)
フアナ達魔法使いは限界に達していた。
「間もなく大和副砲、巡洋艦長良、射程に入ります」
「管制機の指示に従い撃ってよし」
「撃ってよーし!」
「射撃開始!」
敵ハ群にジリジリにじり寄っていた第1打撃部隊は、遂に敵を速射砲の射程内に入れる。雨あられと降り注ぐ弾幕を前に、バリアは遂に砕けちった。
(終わった……)
バリバリと音を立てて崩れゆく戦略防御魔法を前に、フアナは膝から崩れ落ちた。そんな彼女の肩に手を置く存在がいた。
「フアナ殿。もう、終わりだ。被害が増える前に降伏しよう」
「セリオ、司令?」
それは、パルサリョール第1〜第4戦隊を率いる艦隊司令その男だった。
「異教徒の軍門に下るのは僕とて思うところはある。しかし、セーネスに従い我々まで全滅の憂き目にあうのは違うと思わないかい?」
その男の言葉を聞き、外側から次々と沈められるパルサリョール艦を見て、フアナはヨロヨロと立ち上がった。
「力をほとんど使い果たしたとはいえ……幻影魔法くらいは、使えますよッ!」
フアナの杖から力なく上空へと打ち上げられた光は、艦隊上空100m程で大きく展開し、巨大な白旗を映し出した。
「攻撃が……止んだ」
「ああ、ニポン軍との戦闘は終わりだ、ここからは……」
「反逆だ! パルサリョール艦隊司令を捉えろ」
彼女たちが乗る指揮艦艦橋からゾロゾロと降りてきたのはセーネス第3部隊上層部とその配下の海兵たち。それを取り囲むのはフアナ揮下の魔法使いたちだ。
「勝手に降伏など、許されると思っているのか!」
「逆にお伺いします。ここからどうやって勝つお積もりですか」
「貴様らお得意の戦略防御魔法——」
「もう私にそんな力は残っていませんよ」
「兵卒程度が私に意見するな!」
「兵卒とおっしゃるか! この私を! 私はこう見えてもパルサリョール艦隊魔法使い団の将であるぞ!」
セーネス第3部隊は内乱寸前、一触即発の状態に陥る。
「この第3部隊は出来うる限りの敵戦力の誘引が使命なのだぞ! 最後まで戦わずして如何するか」
「ですから、僕は、パルサリョール艦隊は、嫌だと申しているのです」
「目標の島は見えているのだぞ! お前らが先頭で突撃——」
「これまでの敵の攻撃をご覧になられていましたか? 我が艦隊に真っ先に死ねと?」
「そうだ! 死んでこい! それがお前ら、パルサリョール艦隊の役割だ」
「提督殿、セーネス艦隊様はその様な命令をなさるのですか。今、この状況、分かってます?」
「なんだとッ!」
「最早セーネス海軍の威光など存在しない。我々、パルサリョール艦隊は貴方方には従わない」
「ぐぬぬ……」
セーネス高官達は取り囲んでいる魔法使い達の視線と、セリオの口撃にたじろぐ。
実際問題セーネスの竜母が全て失われた以上、彼らの戦力比はおよそ1:4、パワーバランスは逆転していた。
「……分かった。降伏しよう」
セーネス高官が折れたことにより、硫黄島沖での戦いは終わった。
これから彼らは日本軍の命令の下、目指していた硫黄島にて艦隊丸ごと抑留され、魔法の研究に協力させられることとなる。
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「私も正直なところ玉砕を覚悟していました。セリオ司令は如何して降伏を決意なさったのですか?」
「僕らの目的であった陽動の必要が無くなったからさ」
「といいますと……?」
「セーネス艦隊の主力が壊滅したんだよ」