水際防衛
セーネスによる日本進行計画を知った大本営は、早急に対策を迫られる事になる。緊急で取られた策は空軍による多段階警戒網を利用した水際防衛であった。
「連合王国旗、カンブル連邦旗、アトゥス帝国旗を掲げていない船が第1警戒域に侵入した場合は警告射撃を許可する。第2警戒域に侵入した場合は即刻撃沈せよ」
大本営から空海軍に対して命令が下され、帝国の早期警戒機はフル回転を始める。
南方から新世界に向かっていたセーネスの商船は次々と警告射撃の標的となり、彼らは長大な迂回を余儀なくされた。
また、おそらく海賊退治か偵察のために航行して来たと思われるセーネス海軍旗を掲げた艦船は即攻撃対象とされ、措置の発令から1週間で7隻もの艦艇が帝国海軍によって撃沈された。
以上の措置について大日本帝国はダウナー連合王国を通じてセーネス王国について通告した。文体は外交文書然としたものであったが、内容としては「我が国は戦争準備が出来ている。来るなら来い」と挑発じみた内容であった。
なぜ日本がこれ程までに強気に出れるのか。それは日本近海で拿捕された船員による情報、カンブル連邦から仕入れたこの世界の軍事知識、そして偵察衛星から随時送られてくる衛星写真などの情報を分析した結果、大本営はセーネスに対して勝ちを確信していたからである。
「新地球の軍事水準は、確立された航空戦力を保持している以外は我が国における日露戦争期と同等かそれよりも未熟である」
この様な評価から日本政府内で負けを心配する者は皆無であり、本格的な戦闘が始まる前から戦後についての議論が活発に交わされるようになる。
「セーネスの広大な新世界植民地は全て割譲させてもらおう。新たな資源が見つかるかもしれない」
「テキサスに酷似した地形もあるし、石油が出たら万々歳だな」
「奴隷たちは解放して新たな労働力として雇おう。大規模農園を開発すれば食料問題も解決だ」
「日本によるアメリカ開発か、夢が膨らむな」
「バカ、ここは『新地球』だぞ。アメリカじゃなくてカンブリアだ」
「どちらでもいいじゃないか。いっそ、新たな領土は我々に馴染みのある『新米州』とでもしようか」
「ははは、そりゃあ良い」
転移が起こってから、民間資本は国内に抑圧され続けたことにより景気は冷えに冷え切っていた。食料やエネルギー資源の備蓄がいつまで続くかという不安も抱えていた。本土各地の炭田での石炭採掘が再開されたが、これで国内需要すべてを賄うには無理がある。
大日本帝国は新たなフロンティアを必要としており、この世界に介入の口実を得たセーネスによる侵攻はむしろ好機と捉えられた。
戦争を発端とする新地球開拓計画が幕を開けたのだ。
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セーネス王国を始めとしたアトゥス教国家ではヒト種以外の種族を異教徒以下の最底辺階級と定めている。何故なら、ラーナの様な突然変異個体を除き魔法使いはヒト種からしか生まれないからである。
彼らは魔法を扱えるヒト種こそが唯一神に愛された完璧な人間種だと信じていた。
だからこそ、彼らは魔法使いを動員して南方世界に住む獣人種を奴隷とした。そこに道徳的問題は起こらなかった。
ヒト種より肉体労働に長けていた獣人種たちは新世界で砂糖や香辛料の生産に従事させられ、ヒト種の商人たちが中央世界に持ち帰ることで莫大な富を得る。
そう、元の世界での三角貿易がそっくりそのまま行われているのである。
連合王国経由の告知文書と現地からの魔信で海上封鎖が行われていることを知ったセーネス上層部は激高した。
彼らにとっての日本人の評価は獣人種以下の最底辺であった。獣人の様な体力を持つ訳でも無ければ魔法を使えるわけでもない、どうしようもない劣等種という歪んだ認識が広まっていた。
そんな劣等種共に自国の商船が沈められ、新世界の利権を侵害されている現状は国王にとってこれ以上ない屈辱であった。
「海軍は何をしている! ニポン討伐軍の編成はまだか!!」
「現在着実に準備は進んでおります陛下。あと1月もあればブレースから出港できるでしょう」
「規模は、どのくらいになる」
「南洋艦隊の4割と大西洋艦隊の全軍、それとパルサリョール海軍による合同艦隊を組織しているとのこと」
「ほう、それは壮観だな……。それだけあれば連合王国にも打ち勝てそうだ。だがしかし、本当にそれ程の海軍が必要なのか?」
「情報によると今回の敵は侮れません。なにしろあの野蛮な連合王国が植民地化に乗り出そうとしない程の軍事力は最低でも抱えているのです。出来る限り多くの戦力を当てるべきでしょう」
セーネスが国王の威信にかけて動員した艦隊は、よもや列強を撃滅せんとする程の大艦隊であった。
中央世界で海軍と呼べるものを持つのは現在5大列強のみであり、外洋艦隊ともなると連合王国、セーネス、セーネスの支配下に堕ちたパルサリョールの3ヶ国しか保有していない。
「この戦、我々の圧勝のようだ」
中央世界の4割の規模を動員した海軍の攻撃を受ければ連合王国とて無事では済まない。セーネス上層部は誰もが勝ちを確信していた。
「新世界の植民地軍はどうしましょう、彼らも侵攻作戦に加えますか?」
「ふむ、そうだな。ニポンの奴らを東西に挟み撃ちにしてくれよう。我らが望むのは完全勝利、ただそれだけだ」
こうして互いに勝ちを確信した状態で、日セ戦争の火蓋は切られた。