オキャル攻勢
アトゥス帝国軍によるファルス占領直後、東部戦線でも動きがあった。2027年6月初旬、防戦一方であったエスニア帝国軍による反抗作戦が開始されたのである。
これまでの戦いで、魔法使い部隊の最精鋭——「外国人軍団」は消耗し続けていた。数々の激戦地に送られるも魔導化されたアトゥス帝国軍に対して優位を築くことはできず、更には魔法使いの充足も充分ではなく、彼らの政治力や軍内での発言力は低下していった。
その一方で、数々の戦場で武勲を挙げ、この頃急速に地位を高めていたのが「非魔法使い軍団」である。こちらは魔法を使えない者も動員できる為、大日本帝国からの銃や弾薬の輸入量に比例して規模を拡大していた。
クヴァッテリの指揮系統は既存の魔法使い軍団とは全く異なっており、中央世界西部諸国や大日本帝国に準じた現代的な司令部を有している。彼らはここ数ヶ月の間で、エスニア帝国第2の陸軍と呼ばれるまでに成長していたのである。
「防衛線は安定してきている、そろそろ攻勢に転じても良い頃合いだろう。どう思いますかな、佐々木殿」
「攻撃、ですか……」
遣エスニア軍事顧問団団長の佐々木は悩む。日本からエスニアに輸出されている武器は、自動小銃、機関銃、迫撃砲といったもので、現代日本基準で攻撃を行うには火力と機動力が不足していた。
「火力と、機動力……。であれば、航空艦に更に大型の機関銃を搭載できれば強力な攻撃兵器と成り得るのでは」
こうして、エスニア帝国では大日本帝国企業と共同で機関砲搭載型の新型航空艦の開発を行う事になった。開発は大きな壁にぶつかることも無く順調に進み、それの量産は2027年の1月から始められた。
戦時下ということで爆速で武装の調達や人員の動員が行われ、4月には新型航空艦隊の充足が完了、5月に初出撃となった。
クヴァッテリ初の攻撃作戦の目標は、今次戦争でアトゥス帝国に奪われたチェプニア地方の主要都市——ジェオパディア、それの奪還であった。
「艦隊! 進めィ!」
クヴァッテリ最高指揮官であるオキャル将軍が佐々木の助言の元で立案した攻撃作戦は後に「オキャル攻勢」と呼ばれた。
新型航空艦はアトゥス帝国軍の航空艦に対して射程で劣っている。しかし、地上部隊に対しては圧倒的火力を有していた。その為、敵航空艦隊の相手は竜騎士隊に任せ、こちらの航空艦隊は敵航空艦隊を避け、地上部隊の掃討に重点を置く戦術を考案したのだ。
幸いにもアトゥス帝国の主力航空艦隊は西部戦線におり、東部戦線の航空艦隊はガニツェッリの竜騎士隊で抑えることが可能であった。
日本人から見ると攻撃ヘリの大群とも言える航空艦隊がアトゥス帝国の地上陣地を襲った。
機動力を得た機関砲の火力にアトゥス帝国軍は成す術無く粉砕され、前線は崩壊した。
エスニア帝国軍は当初の目標であったジェオパディア奪還後も攻撃の手を緩めず、補給線の続く限りひたすら前進し、アトゥス帝国領のラサジェヴォやツェゲドまでも支配下に置いた。
こうして、オキャル攻勢は大勝利で完遂されたのであった。
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「皇帝陛下」
「な、なんだ! 私は悪くないぞ。悪いのはエスニア帝国が日本の兵器を輸入したことではないのか」
「そんな事言ったって何も現状は変わりませんよ……」
東部戦線はアトゥス帝国帝都であるワイエンまで後350kmのところまで迫ってきていた。東部戦線のアトゥス帝国軍を指揮する皇帝は崖っぷちに立たされたと言っていい。慌てふためく皇帝を前に東部方面参謀長フォン・ヒルデブランドは溜息を吐いた。
「兎にも角にも、あの敵の新型飛行艦を何とかしなければなりません。帝国中央艦隊を東に寄越してくれたらいいんですけど、アンワースは許さないでしょうね」
「東は任せろと言った手前、アンワースには頼れん」
「陛下……。となると、使える航空艦隊は南洋艦隊とか、になりますか」
アトゥス帝国海軍。彼らははっきり言って弱小艦隊である。北海艦隊と南洋艦隊という2つの艦隊を持っていたが、北海艦隊は新教側諸侯と共に独立してしまった為、現在は南洋艦隊しか有していない。少ない予算で変な艦艇をちまちまと研究しており、陸軍からは何をしているか分からない組織として疎まれていた。
「海軍だと? 奴ら航空艦隊持ってたのか」
「陛下……。一応彼らも航空艦隊を保有していたはずですよ」
このままではゼイダーやトリエンティアといった海軍基地もエスニア帝国の手に落ちてしまう。海軍としても危機感を持っているはずである。
ということで、ヒルデブランドは協力を仰ぎに海軍司令部へと出向くことになった。
「おや陸軍さんのお偉方じゃないですか! もしかして、我らの新兵器を見にいらっしゃったのですかな?」
「新兵器、だと?」
本題とは逸れてしまうが、新兵器と聞くと気になってしまうのが軍人の性である。ヒルデブランドは海軍の人間に案内されるままに新兵器を拝むことになる。
「これは、なんだ……?」
「これはですねぇ……フフフ、潜水艦という代物ですわ」
「潜水、艦……」
ヒルデブランドは出会ってしまった。潜水艦に。これがアトゥス帝国の運命を変えてしまうとも知らずに。




