第3次ポー川反攻作戦
「コンピエイグンの戦い」から対帝国合同軍の前線である西部戦線が崩壊し、「ファルスの戦い」でセーネス国王の戦意は粉砕された。
王都ファルスを占領され、帝国軍に捕らえられたことでセーネス国王は敗北を宣言した。
「負けたのか……この国は、また……」
国王は帝国旗はためく王宮で絶望していた。ファルス市民たちも皆同じ感情であった。
対日本戦争では王宮は制圧されたものの、都市全体が占領されることはなかった。しかし、今次戦争では地域一帯全てが帝国の支配下に置かれた。セーネス族による千年の自治は終焉を迎え、再びドミニ族に支配されたのである。
このまま国王の敗北宣言と共に、国全体が帝国に占領されるかに思われた。
しかし、そうはならなかった。この男がまだ諦めていなかったのである。
「国王は敵の手に墜ちた。だが、まだこの国は負けていない。我らセーネス自由軍は徹底的に抗戦するぞ!」
「「「「おおおおおおおお!!」」」」
その男の名はアラン・デ・ベルトラン。セーネス大陸軍における大元帥である。
彼は国王や閣僚をファルスに残したまま軍を撤退させ、セーネス中央部の森林地帯に再び強固な塹壕線を築いていた。それと同時にセーネス南部の実権を掌握し、セーネス自由国を宣言した。
「もう次は無い。絶対にこの線で防衛せよ」
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帝国は「ギレッセン攻勢」を完璧に遂行し、敵首都ファルスまで攻略することに成功した。
「ふむ、この国はファルスを落とせば降伏するかと思っていたが、軍はまだ抵抗するか」
参謀総長ローマン・フォン・アンワースは護衛と共にファルスを訪れていた。これから始まるのは戦後処理である。
帝国が突きつけた要求は3つ。
・セーネス王国北東部バルガンド地域を帝国直轄領として分離すること。
・セーネス王国は帝国諸侯となること。
・セーネス王国は帝国に充分な賠償金を支払うこと。
セーネス王権はこれに応じ、セーネス王国はこれより帝国勢力に組み込まれる事になる。
「ドミニ族の支配なんて受け入れてたまるか」
しかし、独立を捨てたセーネス王国を支持する市民は少なく、反発する市民は次第にレジスタンスを結成し、帝国支配に抵抗するようになる。
一方のアンワースは次の一手に考えを巡らせていた。
現在帝国が抱えている戦線は、対連合王国のカラリー海峡、対セーネス自由国の西部戦線、南部戦線、対エスニア帝国の東部戦線、この4つである。この中で中央参謀本部の管轄はカラリー海峡と西部戦線、南部戦線の3つ。アンワースは南部戦線のポー川から反攻し、イタロ半島の帝国諸侯開放を次の目標に定めた。
実は大規模なポー川反攻作戦はこれまでに2度行われているが、いずれも失敗していた。
しかし、今回はギレッセン攻勢で大きな成果を挙げた浸透戦術がある。大きな戦果が期待できた。
「イタロ半島諸侯を開放できれば戦力化が期待できる。残存セーネス軍を追い詰める大きな1手になる筈だ」
こうして第3次ポー川反攻作戦が始まった。
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「毎日の砲撃が今日はありませんね」
これまで南部戦線を支えてきたセーネス第4軍の前線司令部は、帝国軍の不穏な動きを察知していた。
「いつもならこの風向きであればそろそろ毒ガスが来る筈なんだが」
「き、来たぞ! 毒ガスだ! 対毒ガス防護魔法展開!」
何度も毒ガスにやられるセーネス軍ではない。彼らはそれを跳ね除ける魔法を開発していた。川沿いに掘られた塹壕戦に黄色の膜が広がって行く。
セーネス軍の兵士たちが毒ガスから隠れる中、上空を進むのは帝国軍の航空艦隊だ。例の如く横一列になって突撃を敢行してくる。
「迎撃まだか! 我が方の航空艦隊は一体何をしている」
「このままでは空爆に晒されます」
「ええい対空射撃だ」
「で、ですが毒ガスが!」
しかし、竜騎士陣地も毒ガスに晒されたことにより、セーネス航空戦力は上手く身動きが取れないでいた。竜にも毒ガスは有効なのだ。
そうこうしている内に帝国の地上部隊がポー川を超えてセーネス軍陣地への突撃を始める。目指すはそう、後方にある前線司令部だ。
「敵の突撃が来たぞ!」
「絶対に通すな!」
攻撃魔法や毒ガス、魔導銃による射撃が入り乱れる戦場で、兵士たちは命を落としていく。
帝国軍の突撃部隊は計画通りにセーネス軍の前線を突破し、次々と前線司令部を制圧していった。
「これが西部戦線で起こったことなのか……」
第4軍司令部は指揮系統を破壊されたことで、潰走を始めた前線の状況把握すら困難になっていた。
こうして、セーネス軍の南部戦線は全体で20万人近くの死傷者を出して壊滅した。2027年7月の出来事である。
帝国軍はその後、イタロ半島へとなだれ込み、ロマーラ司教国やネアスポリス共和国などの帝国諸侯を次々と開放していった。
最後の足掻きであるセーネス自由国も、北から東からついに追い詰められることになった。




