帝国対帝国3
「高山様、どうか……どうかご助力を」
アトゥス帝国による連合王国侵攻が始まり、同盟国であるエスニア帝国でも動員が始まった。外国人軍団やその他の常備軍は国境へ移動を開始し、傭兵や一般人魔法使いも次々と徴兵されていく。
そんな中、日本大使館へと直々に訪問したのはエスニア外相、その人であった。
「助力と申されましても……我が国はアトゥス帝国との戦争には不介入のスタンスでして」
駐エスニア大使の高山は、エスニア帝国からの軍事支援の要請を彼1人の判断で受け入れることはできないとして、当初は丁重に断った。
しかし、彼にはとある懸念があった為、この案件を本国へと伝えて指示を仰ぐことになる。
「——ということなんです。どうか、邦人の安全確保の為にも、エスニアを支援できないでしょうか」
高山の懸念というのは、プロエスト油田だ。
アトゥス帝国とエスニア帝国の国境部にあるヴァラヒア地方、そこのプロエストという町の近くには大規模な天然油田があり、既に莫大な投資と日系企業による開発が始まっていた。大日本帝国としては今それを手放したくはなかった。
高山からの連絡を受け、大日本帝国政府ではエスニア支援プロジェクトチームが立ち上げられる。
この頃は大日本帝国とアトゥス帝国のコネクションが完全に失われた頃である。ことは慎重に進める必要があった。
「エスニア帝国としては、どの様な支援を望んでおられますか?」
高山はエスニア帝国との窓口として欲しい支援の内容を聞き出した。
彼らの言い分は、
エスニア帝国は他の中央世界列強に比べて魔導技術が未熟である。
個人用魔導武器は威力も射程もアトゥス帝国軍に劣っており、精鋭の魔法使い軍団であるガニツェッリだけで戦線を支えることは困難である。
よって、自国産銃に代わり、魔法使いでなくとも扱える日式銃を導入したい。
——と、いうことだ。
魔導の未熟なエスニア帝国は現在重要な日式機械の売り込み先となっている。その輸出品目の1つとして銃火器を追加できないかということになったのだ。
プロジェクトチーム内では賛否両論分かれることになる。
賛成派としては、プロエスト油田の安全確保が最優先、軍事顧問も派遣するべきといった意見や、エスニア帝国を始めとしたイズミル世界に対して、日式機械の大きなプロモーションとして期待できるなどと言った意見が出た。
一方の反対派としては、アトゥス帝国との要らぬ衝突を招く可能席であったり、また兵器の鹵獲による技術流出の懸念などが示された。
この頃はまだ、連合王国も奮闘し対岸領土北部で戦闘を行っていた頃である。
プロジェクトチームは判断を下した。
エスニア帝国に対する銃火器の輸出と軍事顧問の派遣を許可する。但し、その条件として、大日本帝国とアトゥス帝国が1度会談を行うまで開戦を待ってもらいたい、というものであった。
これに困ったのは、当初支援を要請していた側のエスニア帝国である。この国は既に連合王国から再三の参戦要請を受けていた。
連合王国に応じて動員が完了次第参戦するか、それとも日本を信じて待つか。この判断はエスニア皇帝に託された。
(連合王国はおそらく、我が国が負けることを知っていながら参戦を要請してきている。一方の日本は、いつになるかは分からぬが、時が来るのを待つことさえ約束すれば軍事的支援を行ってくれる。優先すべきは……)
皇帝は1夜悩んだ後に決断を下した。
「大日本帝国を、信じよう」
その日、駐エスニア連合王国大使は大慌てで外務局を訪ねたという。
「数十年の歴史ある我が国との同盟よりも、あの日本を優先するというのですか!?」
「連合王国の大使殿、何も参戦しないと言っているわけではないのです。日本を信じて待ちましょう」
こうして、大日本帝国の対エスニア帝国軍事支援プロジェクトが開始されたのだ。
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その後、日本は今抱えている2つのルートからアトゥス帝国へアプローチをかけようとした。が、その2ルート——カンブル連邦、パルサリョール共和国両国共にアトゥス帝国との関係が断絶してしまっており、中々両者会談の開催にこぎつけられないでいた。
その一方で、日式銃火器は順調に輸出され、エスニア帝国「非魔法使い連隊」の教育が始まる。
「ほう、中級防御魔法を貫通しますか」
大日本帝国陸軍では旧式となった「61式自動小銃」が大量にクヴァッテリの元へと配備され、射撃訓練が行われていた。
この魔法魔導世界において威力は充分、取り回しも良しと、エスニア帝国軍での評価は上々であった。
そんな中、ビッグニュースが飛び込んでくる。
「連合王国が、対岸領土を放棄したそうです!」
「何だと」
これに驚いたのは、エスニア帝国の面々だけではなかった。遣エスニア軍事顧問団長の佐々木も驚きと同時に焦りを抱いた。
「まさかアトゥス帝国軍の進撃がこんなに早いとは……」
こうなれば、間もなくカラリー港で大日本帝国とアトゥス帝国が接触するのは自明である。何かしらのアクションが行われれば、エスニア帝国は約束通りアトゥス帝国との戦端を開くことになる。
プロエスト油田を守るクヴァッテリの育成にはまだ時間が足りていなかった。
「念の為、プロエスト油田にいる邦人は全員、戦闘予想地域からの避難を始めましょう」
この情勢に泣く泣く、まだ完成していない油田採掘場を放置して日系企業の従業員たちは次々と避難を開始した。
2026年6月下旬。前話の通りアトゥス帝国の攻撃により東部戦線での戦争が始まった。直ぐにブラソヴやスコンジェ、シュコデーレといった国境沿いの都市で持久戦が展開される事になる。
ガニツェッリを始めとする魔法使い部隊は各地で善戦するも、次第に魔導化されたアトゥス帝国軍に押しこまれていく。都市ごと包囲され、降伏する部隊も出てきた。
北部ではマルダヴァ地方からの全面撤退が決まり、遂にプロエスト油田のあるヴァラヒア地方へとアトゥス帝国軍が迫る。
たった1ヶ月程の訓練でクヴァッテリは前線に立たされることになったのだ。
「なんだ、あの銃は!?」
「鉄の弾が飛んでくる!」
対魔法使い訓練しか行っていないアトゥス帝国軍に対して、クヴァッテリの攻撃は効果覿面であった。射程の有利で練度の低さを誤魔化し、何とか陣地を守り抜いていた。
重要拠点に置かれた「66式重機関銃」はより効果を発揮した。制圧武器としてのみならず対空武器としても用いられ、アトゥス帝国軍の歩兵や竜騎兵を粉々にしていった。
アトゥス帝国軍に対して有利が証明されたクヴァッテリは拡充され、戦線各地に配備されていくことが決定された。ガニツェッリも戦略的不利な現状で強く反対することはできず、魔法使い軍団を上位に置くことを条件にこれに同意した。
エスニア帝国は銃火器の普及に伴い、アトゥス帝国軍に対して対等に戦えるようになっていくのである。
ただ、それまでは苦しい戦いが続くことになる。




