帝国対帝国2
「我々とて、全面戦争はしたくないのです。連合王国との即時停戦、国境の回復を」
中央世界西方から少々遅れて軍の動員を開始した列強国がいる。イズミル世界の雄——エスニア帝国である。彼らは連合王国との同盟関係にあり、このままではアトゥス帝国に対抗する合同軍に加わる事を仄めかしていた。
それに対してアトゥス帝国の使節の返答は簡潔であった。
「なぜ我々が異教徒に恐れをなして謙らねばならぬのだ?」
アトゥス帝国のスタンスとして、アトゥス教圏は全て帝国の傘下、アトゥス教圏外は世界にあらずという考え方がある。その為、アトゥス帝国には外務の概念が存在せず、正式に外務を担当する組織は存在していない。
ただ、それでは実際には存在する帝国外勢力との関係の実務を誰が担うのか、ということになってしまう。その為、帝王府に附する組織として「対外管理局」が存在していた。
しかし、対外管理局員たちの諸外国に対する態度というものは、一般的な外交とは程遠いものであった。理不尽な要求しか言わない、尊大な態度、直ぐに激高する。そこで、帝国と関係のある諸外国は対外管理局員を単なる連絡役としか見ていなかった。話すだけ無駄だからである。
だからこそ、その性質を分かっている国や組織は基本的に、実際の外交を実務者同士で対外管理局員を通さず行っていた。
しかし今回、エスニア帝国は敢えて対外管理局員と会談を行った。
(アトゥス帝国は西で列強2国を相手取った巨大戦線を抱えている。ここで挑発すれば我が方に有利な形で戦端を開けるはず)
作戦は見事的中する。エスニア帝国からの挑発は帝王府へと伝わり、アトゥス皇帝はこれに憤慨した。
「軍を国境へ向かわせろ! どの道、連合王国を攻撃した時点でエスニア帝国との敵対は時間の問題であったのだ。初撃で敵を粉砕しろ!!」
アトゥス皇帝の号令により、2つの帝国の間で戦端が開かれた。アトゥス軍参謀本部の意図しない形で。
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「皇帝が東部方面軍を勝手に動かしただと!?」
アトゥス皇帝による対エスニア帝国宣戦布告に1番驚愕したのは、アトゥス帝国軍の参謀総長——フォン・アンワースその男であった。
アトゥス帝国軍は既に硬直した西部と南部という2つの戦線を同時に抱えている。この状況を打開するべくアンワースは東部方面軍の一部を西部へと移送することを考えていた。それが、対エスニアの東部戦線が誕生してしまったことにより不可能となってしまった。
この衝撃は計り知れない。
「皇帝陛下、私が対連合王国へ宣戦布告をすると申し上げた際には否定派だった筈。なぜ自ら戦線を増やすような真似をしたのですか!!」
アンワースは皇帝を問い詰めた。それに対して若き皇帝はこう答える。
「貴様は西部戦線は優勢だといつも申しておるではないか。そもそも帝国軍は朕の軍隊だ。遊んでいる東部方面軍を動かしたところで文句は無いであろう?」
アンワースは思わず頭を抱えてしまう。
(なんてことだ! 只でさえこの帝国には戦力予備が足りていないというのに……。諸侯からこれ以上の徴兵を行うことも難しいだろう。さて、これからどうするか……)
彼は皇帝の御前で長考する。しかし、幾ら考えても結論は1つしか思いつかなかった。
「アンワースよ……」
「皇帝陛下」
「う、うむ」
「東部戦線は……皇帝陛下に任せました。西部戦線は、今西にある戦力のみで私が終結まで導いてみせましょう」
西部戦線を早期に終わらせること。それがアンワースの考えた唯一の勝機であった。
「皇帝陛下、それではこれにて失礼致します」
この瞬間から東部戦線は皇帝が、西部・南部戦線はアンワースが取り仕切るようになる。これは、今回の戦争の大きな転換点となる。
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「いけぇ、撃てぇ!」
「突撃イイイィィィィ!!」
新たに出現した東部戦線。ここで優勢だったのは、
——アトゥス帝国軍であった。
「奴ら前より強くなってやがる」
「怯むな! 魔法を止めるな!!」
約20年前の「パルサリョール継承事件」後、アトゥス帝国が弱体化したタイミングで、エスニア帝国とは小競り合いが頻発していた。その際に優勢だったのはエスニア帝国の方であり、微々たるものではあるものの領土も獲得していた。
しかし、その後、連合王国から広まった魔導は現在に至るまでアトゥス帝国で広く研究され、軍事にも深く応用されることになる。一方のエスニア帝国では旧来の外国人軍団の影響力が強く、軍隊の近代化に本腰を入れることができていなかった。
この軍隊の魔導化の差が、東部戦線での現状の優劣を生んでいた。
「火砲だ。日本の火砲があれば」
一方、エスニア帝国にも策はあった。ガニツェッリの権力を阻害しないよう、新たに日本の技術移転を施した部隊の立ち上げを計画していたのだ。既に個人用武器や迫撃砲の輸出、軍事顧問の受け入れは始まっている。
「新世界」初の日式軍事部隊がここエスニアの地にて誕生しようとしていた。




