帝国対帝国
2026年5月の下旬。大日本帝国の空母——「祥鳳」の応接室にて、大日本帝国とアトゥス帝国の重要な会談が幕を開けた。
会談が始まると、アトゥス帝国の使節は真っ先にカラリー港からの撤退を大日本帝国に求めた。
「貴方方はまだこの世界の歴史に詳しく無いだろうから教えてやろう。このカラリーの地は元々、我々の、帝国の領土なのだ。セーネスという不法占拠者から貴方方は奪い取ったに過ぎない」
アトゥス帝国の言い分は以上の通りであった。
凡そ200年前に勃発した護国卿共和国(現連合王国)・セーネス王国vsアトゥス帝国の大戦争——「護国卿戦争」。それまで帝国諸侯だった「バルガンド王国」は、かの戦争の結果として全土をセーネス王国に占領されてしまい、現在では3つの地域圏に分割され、セーネス本土に統合されていた。
カラリーはそのバルガンド王国において最大の港町だったのだ。
「本来の領土を回復したいだけなのだ。分かってもらえるかな」
しかし、この要求に大日本帝国は難色を示す。大日本帝国から見たカラリー港の存在意義というのは、セーネス王国のみならず中央世界全体に対する楔だ。また、日セ戦争で得た利益の貴重な担保でもある。
「我々は、その要求に応じることはできない。断固として拒否する」
大日本帝国側の代表者は、アトゥス帝国の使節からの要求をきっぱりと拒否した。
「まあ、そうであろうな」
アトゥス帝国側も無理難題を吹っ掛けたつもりではあったらしい。あっさりと要求を撤回する。
であらば、と続けて本当の要求を提案する。
「では、カラリー港の租借はこれからも認めよう。租借料は我々に払ってもらうがな」
そう、これこそがアトゥス帝国の本当の要求だったのだ。租借料の支払先を変えるということは、カラリーは帝国の支配地域だと大日本帝国に認めさせるという事になる。
「どうだね、これで手を打とうじゃないか」
この要求は日本側を悩ませる事になる。これを受け入れるには様々な障壁があるのだ。
「通貨は……」
「勿論マルカ建てだ」
現在、セーネスへのカラリー租借料は円建てで行われていた。
勿論ではあるが大日本帝国政府はアトゥス帝国の通貨であるマルカなんて持ち合わせていない。ということは、マルカ建てとなった場合、租借料の支払いをするのにそれを買い付ける必要が出てくるのである。その一方、アトゥス帝国は今のところ円を必要としていない為、これは余りにも不利な取引となってしまう。
「マルカ建てというのであれば、我が国としては受け入れることはできない」
「ならば、この地から出ていってもらおう」
アトゥス帝国には中央世界随一の大国としての面子があり、上からな態度を崩さない。
一方で、大日本帝国としても明らかに不利な取引に応じることはできない。
交渉は平行線に陥った。
「それは、攻撃の意思と捉えても宜しいか」
「攻撃の意思? フンッ、血の気が多いな異教徒は」
「であれば、先程の『この地から出ていってもらおう』という発言は撤回頂きたい。我々は、この地を手放すつもりは無い」
交渉は売り言葉に買い言葉の応酬となり、空気感はピリピリしたものに変化していく。
最初に怒りを顕にしたのはアトゥス帝国の使節であった。
「ポッと出の新興国が! つけあがりおって……身の程を知れ! 我々がここまで譲歩してやっていることに感謝しろ」
「大人しく聞いていれば何だその態度は。我が国は貴様らの皇城を今すぐ攻撃する事だって出来るのだぞ」
「き、貴様……だとォ!?」
「私は、アトゥス帝国の、貴様の、その尊大な態度が気に入らん。ここには国1つを滅ぼせる戦力が集結しているのだ。1日待とう。考え直すなら今の内だぞ」
そう言って激高した大日本帝国の外交官代表は、アトゥス帝国の使節を追い出してしまった。
アトゥス帝国の使節は腹を立て、自らの航空艦へと帰っていく。
「はぁ、私の発言で再び戦争勃発、か。やってしまったな……」
「仕方ないですよ。彼らは我々を下に見ている。対等な話し合いなんかどだい無理だったんですよ」
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航空艦へと戻ったアトゥス帝国の使節は、本国へこの日あったことを報告する。
「——ということだ。交渉は決裂。奴らには我ら帝国に対する敬意というものが無い」
これを聞いた参謀総長——フォン・アンワースは激怒した。この使節の男に対して。
「何をやっているんだ!!」
「え?」
アンワースを始めとしたアトゥス帝国軍参謀本部の人間は、セーネス王国を数ヶ月で完全敗北に追い込んだ大日本帝国の脅威度を非常に高く評価している。彼らからしてみれば、そんな国の代表を愚弄するなど考えられない、ありえないことであった。
「これだから対外管理局の人間は駄目なのだ! 他国を見下す事しか知らん。連合王国の強かさを見習って欲しいものだ」
アンワースはこの結果に悪態を付く。そして決断した。
「おい、日本との会談を駄目にしたお前、もう帰ってきていいぞ」
「なんだと!?」
「対日外交は、これからは我々軍が管理する」
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こうして翌日、祥鳳の甲板にて外交官たちの前に現れたのはかの使節ではなく、アトゥス帝国軍の軍人であった。
「ええっと……」
「昨日は大変申し訳ありません。本日からは我々が対応致します。どうぞ宜しくお願い致します」
「こ、こちらこそ、宜しくお願い致します……」
交渉相手がアトゥス帝国軍に変わってからは話が早かった。
・大日本帝国とアトゥス帝国は互いに不可侵とする
・カラリー港にアトゥス帝国軍の駐在員を配置し、相互に緊密な連絡を行う
・アトゥス帝国がカラリー地方を占領している間は、セーネス王国と同じ額のカラリー港租借料を円建てでアトゥス帝国に支払う
・大日本帝国艦船、航空機の安全のため、カラリー海峡をアトゥス帝国軍が通航する場合には事前に通告を行う
・今次戦争の終結後には、友好、親善に向けた話し合いを再度執り行う
——以上の取り決めがなされる事となった。
「いやあ、話が纏まって良かったです!」
「こちらこそ、有意義な話し合いができて助かりました」
こうして、この中央世界大戦争の最中において、大日本帝国は一先ずの平穏を迎えることができたのである。




