デ・ハッグ大撤退戦
ダンカークが占領される直前の事。突出した帝国軍を分断する為に北からは連合王国軍が、南からはセーネス軍が集中攻撃を敢行した。しかし、それらは帝国軍の後続の歩兵、砲兵部隊により退けられてしまう。数千人の犠牲者を出しつつ、合同軍の作戦は失敗に終わったのだ。それどころか、消耗した連合王国軍は帝国軍に対して付け入る隙を与えてしまったとも言える。
ダンカーク占領後の帝国軍による大包囲は日に日にジリジリと縮小していき、帝国占領地域は拡大していった。帝国軍主力の中央艦隊はダンカークから北上し、連合王国軍の完全包囲にかかる。
このような状況下で、連合王国は対岸からの完全撤退を決意した。「デ・ハッグ大撤退戦」の始まりである。
デ・ハッグ——それは現在の連合王国を治めるダウナー家を輩出した由緒ある港湾都市である。その歴史から、ホーロンド大公国内にありながらも王領地として独自の議会を有しており、4つの対岸大公国の中でも特別な地位にある3都市の内の1つとなっている。
対岸に展開していた連合王国軍が一斉に撤退を開始した。
未だ支配地域に残るハッグの港からは、海軍の助けを借りて次々と陸軍部隊が中央世界大陸を脱出していく。海上艦艇、航空艦艇をフル活用した大規模な脱出作戦だった。
そんな連合王国の完全撤退を阻止すべく、ハッグ郊外に展開したのは帝国の中央艦隊である。彼らは攻撃準備が整い次第、すぐさま都市に向けて総攻撃を開始した。
世界最強とも称される連合王国の航空艦隊が支援する中で連合王国軍の殿を任された大陸派遣第1軍と、帝国軍の中央艦隊はまさに死闘を繰り広げた。
妖精たちが空へと舞い上がり、次々と帝国軍の航空艦へと突撃していく。空には敵味方問わず魔力が溢れ、魔力が見える者にとってはキラキラと辺り一面輝いて見えたことだろう。
その間にも、後方では逃がせるだけ逃がせ、と撤退作戦が継続されている。そんな中、北方や東方からも帝国軍が押し寄せ、ハッグは完全に帝国軍に包囲された。
制空権を相手に握られた連合王国軍は、砲や戦車を建物内へと隠し、市街戦でギリギリまで持ち堪えようとする。それを攻略しようとする帝国軍の歩兵は次々と奇襲やトラップにあい、こちらも多数の死傷者を出す。
住人たちも、女子供は真っ先に避難出来たものの、男は銃を持たされ撤退作戦に駆り出された。戦いに長けていない妖精たちは帝国軍の狙撃手の格好の的となり、次々と羽を捥がれていった。
デ・ハッグ大撤退戦では、最終的に双方合わせて10万人弱の犠牲者を出した。これは今時戦争で最悪の数字であった。
その一方で、連合王国は30万人以上の人員を対岸から撤退させることに成功した。ここからは海上での航空戦——「カラリー海峡の戦い」が展開されていくことになる。
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事ここに至るまで、この戦争の状況を注視しながら何も直接的な行動を起こせていない国家がある。我らが大日本帝国である。
日本と繋がりのあったアトゥス帝国諸侯国家——「サヴォニア公国」と「ネアスポリス共和国」がセーネス王国に再占領されてしまったこと、そして連合王国が帝国と敵対してしまったことで、日本は再び帝国との繋がりを完全に失ってしまっていた。
そんな状況下において、カラリー港守備隊は緊張に包まれている。帝国の占領下に堕ちたダンカークからカラリーまでは凡そ40km。もし帝国軍の攻撃を受けた場合、現在いる戦力——駆逐艦2隻と潜水艦2隻、1個航空分隊、400人規模の守備隊で港湾基地を守りきらねばならない。帝国の大軍を相手にそれは些か無茶であると言える。
日本本国からは第1機動部隊を中核とする「カラリー派遣艦隊」が2週間ほど前に横須賀を出港している。それが到着するまでの間、カラリー港守備隊の命運を握っているのは、現在帝国と交戦しているセーネス軍であった。
しかし、そのセーネス軍としては考えうる限り最悪の展開となっている。
帝国軍の突出部を孤立させる作戦は失敗に終わり、連合王国は対岸地域を手放してバルバリア本島へと撤退せざるを得なくなってしまった。その結果として、セーネス軍は既存のリーン、アルピーア戦線に加えて、北部戦線も抱えることになってしまっている。
リーン戦線を抑えている第1軍、第2軍だけでなく、北部の第3軍、第5軍も帝国軍との戦闘を開始している。しかし、第3軍、第5軍は対連合王国を念頭に編成されており、軽快な機動を行う妖精との戦闘に特化して訓練されていた。重装甲な帝国軍航空艦隊との戦闘は彼らには荷が重かった。
次々と連合王国から大陸派遣軍が送られてくるも大勢は変わらず、合同軍は各地で突破を許してしまう。彼らは体制を立て直すべくアミエン−レイム線への大撤退を開始した。
そうして大日本帝国とアトゥス帝国は、カラリーの地にて遂に邂逅してしまう。
「ここが、大ニポン帝国とやらが支配しているカラリーか。随分と変わったな」
日本の占領後、港に隣接する街区が取り壊されて3000m級の滑走路が整備されたカラリーの街並みを、帝国軍の将兵たちは航空艦から眺めていた。この世界では航空艦の離着陸場として平原を整備するのが一般的であるが、滑走路が敷かれたここまで広い飛行場というのは存在しない。彼らの目にはさぞかし奇妙に映ったことだろう。
「参謀総長からはニポンは攻撃するなと厳命されているが、相手は異教徒……大人しくしていてくれるだろうか」
艦隊を率いていた帝国軍の少将は日本に対して恐怖を抱いていた。何しろこのセーネス王国をたった数ヶ月で完全敗北に至らしめた国である。更に、異教徒ということで言葉、常識が通じない可能性が高い。もし怒らせでもしたら明日は我が身だ。
帝国軍がそんな心境を抱く中、カラリーの滑走路から1機の機体が空へと舞い上がった。
「ほう、あれがニポンの飛行機械とやらか。速いな」
その機体は飛行機雲を作り、アトゥス文字を素早く紡いでいった。
「面白い技だ。『大日本帝国にはアトゥス帝国と敵対する意図なし。話し合いを求む』、か。ふむ……」
そのメッセージは直ぐに帝国上層部へと伝えられ、使節がカラリーへと送られることが素早く決定した。領土が接することになってしまった以上、帝国側の姿勢も打って変わって日本とのコネクションを求めていたのだ。不要な衝突を避けたいのはお互い様であった。
日本側は、間もなくカラリー派遣艦隊が到着するところであったという事もあり、この重要な会議を空母「祥鳳」で執り行う事を決定。その後、実際に帝国の使節を乗せた航空船が祥鳳へと着艦した。
「ようこそ、アトゥス帝国の外交官殿」
「ああ、よろしく頼む」
アトゥス帝国の使節代表の態度は余り良いものでは無かった。しかし、連合王国で一度、帝国の大使と会談を行った経験のある外務省職員の河合は、以前より遥かにまともになっているこの対応の差に、流石に驚きを隠せなかった。
(状況次第で国の対応がこうも変わるものなのか)
そんなこんながありながら、大日本帝国とアトゥス帝国のこれからを決定づける重要な会議が幕を開ける。




