魔法使いラーナ
魔法使いラーナ。彼女は南方世界大陸の草原で生まれた羊人種の少女である。
彼女は集団の中でたった1人、魔力の流れを読むことができた。その特性は気味悪がられたり、はたまた崇められたりもした。
両親はラーナのことを大切に育てており、とある日、少ないお金をはたいてとある本を買ってきたのだ。
「魔法式初級」
遠く東のイズミル世界で用いられる魔法の教本であった。
ラーナはイズミル文字を読むことはできない。最初は式の意味を推察する事から始まった。そんな彼女に本の構造は味方した。
イズミル世界でも辺境の方ではイズミル語や文字を理解できる者は少ない。そういう地域からも魔法使いを輩出する為、教本には「翻訳魔法」が最初の魔法式として描かれていたのだ。
翻訳魔法を習得してからは早かった。彼女は教本の通りにイズミル魔法を次々と習得していった。
しかし、そんなある日、事件が起こる。ハイエナ人種による奴隷狩りが活発化したのである。
主に農耕を営む草食獣人種に対し、狩猟生活を行う肉食獣人種は生活が不安定であり、貿易を行うため中央世界の奴隷商人と結託することがよくあった。その結果として、中央世界列強の植民地周辺において獣人による獣人に対しての奴隷狩りが行われていたのである。
ラーナは集団を守るため、必死に初級攻撃魔法でハイエナ人種の軍勢を殺していった。少女1人に守られるわけにはいかないと、羊人種の男たちも次々と突撃していった。互いに爪と角を突き合す、凄惨な戦いが繰り広げられた。
結果、羊人種はこの戦いに勝利を収めた。ラーナは集団の英雄として称えられることになった。
その後、5年ほど集団は平穏を保つことになる。
しかし、再び戦の魔の手は彼女らに迫ってきていた。
ハイエナ人種の集団が滅びたのである。セーネス人たちが行った奴隷狩りによって。
セーネス人が金で釣ってハイエナ人種を様々な他獣人種の集団に嗾けたのは、ハイエナ人種の有力な戦士達を排除するためだった。
度重なる襲撃で戦士達を失っていったハイエナ人種の集団は、セーネス人による突然の奇襲になす術無く滅亡したのである。
1つ勢力を滅ぼしたセーネス人が次に目を向けたのは、先の戦いで疲弊しており、且つ肥沃な農地を抱えている猿人種や羊人種であった。
彼らは魔法を用いた隠密行動で人攫いを繰り返した。
少しずつ、少しずつ人が減っていき、集団内では疑心暗鬼に陥るものが出てくる。
そんな中、遂にセーネス人の魔の手がラーナに迫る。
「……? 魔法の……気配……?」
その日、ラーナが違和感を覚えたのは、夕食を終えて寝る準備を始めた時のことだった。最初に集団から人が消えてから、各家庭では見張りを1人立てることが決まりとなっており、今日のラーナ家の見張り当番は父であった。
「パパ、もしかしたら魔法使いが居るかもしれない。気をつけ……ヒッ」
ラーナが玄関を開けると、そこには魔力を抜かれて倒れた父の姿があった。そして、僅かな魔力の揺らぎ。
「そこに居るんでしょ! パパから離れて!」
「グアァ」
ラーナはすぐに揺らぎに向かって攻撃魔法を放つ。すると、そこから男の姿が現れた。攻撃魔法をまともに食らった男は吹き飛ばされて血反吐を吐き、ピクピクと痙攣している。
「イズミル魔法か……まさか魔法使いが獣人に居るとはな……」
「ボス、しかもこいつ女ですぜ。良い値が付きそうだ」
続いて現れた男は2人。ラーナは素早く攻撃魔法を放つが、それらは男達が展開した防御魔法によって簡単に防がれた。
「展開速度は素晴らしいが、威力は全くだな。もしかしてお前……初級魔法しか知らないな?」
図星だった。彼女は教本に描かれていた初級魔法しか扱えなかった。
「どうしたのラーナ、そんな騒がしくして」
「待ってママ、出てきちゃ駄……め……」
男が用いた攻撃魔法は、簡単にラーナの防御魔法を貫通した。それはそのまま玄関から出てきたラーナの母親の首に直撃し、頭が落ちる。
「あ、あ、あ、ああああ、あああああ」
「これで1対1。おあいこってやつだな」
「おっと、動くなよ。親父がどうなっても知らねぇぜ」
ラーナが暴走しかける寸前、後ろに立つ男が杖をラーナの父親に向ける。ラーナは動けなくなった。
「さあ、じっとしてろ。手錠をかけてやる。魔法使い用じゃないが、お前程度なら問題ないだろう」
ラーナはこの状況を打破する方法を考えていた。しかし、彼女は魔法使いと戦ったことが無い。魔法の知識も足りない。勝てるビジョンがまるで浮かばない。
「……して」
「ん?」
「パパだけは……許して……下さい……」
その言葉を聞いた2人は顔を合わせ、ニヤリと笑う。
「誰が喋って良いって言ったんだオイ!」
男はラーナを蹴りつけると同時に魔法を発動。それは彼女の父親へと命中し、その身体は吹き飛ばされる。
「あ……え……?」
「おっと、悪い。当てる気はなかったんだ」
「悪い男っすねぇボス」
抵抗する気を喪ったラーナに対し、男は念の為、催眠魔法を施す。
「残念だったな、ラーナちゃん」
ラーナの意識は深い眠りに落ちた。
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その後、ラーナはセーネス王国植民地の港町ギーナにて、大日本帝国の南方派遣艦隊に迎え入れられた。この話がそのまま伝えられた事で、日本の対セーネス感情は悪化の一途を辿ることになるのである。
日セ戦争中、彼女は大日本帝国軍の通訳として新世界に赴く事を決断した。新世界に売り飛ばされた獣人達がどの様に暮らしているかをこの目で見たいという、たっての希望であった。
現在の彼女は、表では新米州における最も有名な通訳者、獣人親善大使として、裏では帝国軍のプロパガンダ要員として精力的に活躍を続けている。
「日本が私を救ってくれました。ですから、私は日本に恩返しをしたいのです!!」
因みに、日セ戦争後、ラーナの故郷の集団は滅亡してしまっていることが判明した。
しかし、彼女はめげず、自らの運命を呪うことなく、新米州の地にて前を向いて歩いている。
当初のプロットでは、硫黄島の戦いにおいてフアナの戦略防御魔法を破るのはラーナということになっていました。
辻褄が合わなくなるので断念しましたが。




