3つの帝国
8/21 エピソード順を入れ替えました。
大日本帝国は日セ戦争後、連合王国を通じて何度か帝国——通称「アトゥス帝国」との接触を試みていた。
日本としては、互いに無知故のすれ違いでセーネスの様に戦争になってはかなわない、と判断している。なにせ、まだまだ日セ戦争の負債を抱えたままであり、連戦は避けたい状況にあるからだ。しかし——
「今回も駄目でしたよ。アトゥス教国家以外とは新たに関係を結ぶ気はない、と」
対アトゥス帝国外交は上手く行っていなかった。連合王国の地で会談が執り行われるも、改宗するか、関わり合いを持たないか、この2択を提示されてしまった。取り付く島もない。
しかし、日セ戦争において日本のおかげでセーネス王国の勢力下から独立した「サヴォニア公国」と「ネアスポリス共和国」が帝国に忠誠を誓う諸侯国家となったため、帝国内部にコネクションが全く無いわけでもなかった。日本としてはこの状況で一先ず満足していた。
アトゥス帝国側も日本の存在を気にはしていた。日本がセーネスから租借したカラリー港、そこは帝国航空軍の射程圏内に存在している。ということは、裏を返せばセーネスを下せる程の力を持つ日本は、射程圏内に帝国を捉えていることになる。
しかし、帝国としてはそんなことは些事であった。いや、それが如何でもよくなる程に帝国の内情は混乱していたのだ。
アトゥス教は宗教革命の最中にあった。皇権神授説を信じる旧来の考え方は神聖典派と呼ばれるようになり、聖書は皇権神授説を否定するとした新しい考え方が民聖典派として勃興した。
アトゥス教国ながら帝国の勢力外であるセーネス王国は、王家や中央は正教派で在り続けるも、辺境や民には新教寛容令を出した事で上手く収集をつけた。同じくアトゥス教独立国家の「北方三王同盟」は、王家が新教派として改革を推進したことで民の信頼を得た。
しかし、皇権神授説を否定するとそれこそ皇権を否定する事になってしまう帝国は、新教派に染まった諸侯を徹底的に弾圧した。その結果、新教派諸侯が北部で一斉に蜂起——帝国新教戦争が勃発した。
当初は正教派帝国軍が優勢だった内戦だが、ノルドン三王同盟が新教側で参戦したこと、連合王国が影で支援を行ったことで戦局は泥沼化。結局、冬を迎える前に和平が結ばれ、反乱を起こした北部諸侯は「ドムニ連邦共和国」として帝国から独立する事となる。
そんな状況下の2026年3月。雪解けと共に事件は起こる。
「ネアスポリス共和国から知らせが届きました。アトゥス帝国がセーネス王国に宣戦布告したとのことです」
「なんだと」
中央世界のパワーバランスが大きく変わる戦争が始まった。大日本帝国外務省はネアスポリス共和国からの知らせを受け、連合王国などその他の国々との情報の磨り合わせに奔走する事になる。
——————————
一方、もう1つの帝国。イズミル世界の盟主にして中央世界5大列強の1角——「エスニア帝国」は平和であった。
大日本帝国の艦隊が再び乗り付けるまでは。
「ようこそお越し下さいました。大日本帝国の使節御一行」
今回乗り付けたのは南部の港町「クイラ」……ではなく、首都「エイステンプル」に直上陸であった。今回は戦艦ではなく、更に大きな空母を連れてきた。沖に停泊している筈なのに皇宮からもよく見える、それはそれは大きな艦艇だ。
「あれが、セーネス王国を無傷で攻略したという日本の艦隊か……壮観だな……。特にあの一番大きな船、あんなの島ではないか」
皇帝はどの様に交渉を進めるか、脳内で策を巡らせていた。あれだけの戦力を連れてきた正に艦砲外交、一体どんな不平等条項ふっかけられるか分かったもんじゃない。
「皇帝陛下、日本の使節団が陛下に謁見したいとのこと」
「そうか、通せ」
皇帝から許可の命が降りたことで、日本の使節はエスニア皇帝へ謁見することになる。
「皇帝陛下、本日は拝謁の光栄を賜り恐悦至極に存じます」
日本使節団の態度はとても大艦隊で乗り付けたとは思えない程に誠実であり、エスニア皇帝、高官たちを驚かすことになった。
以前クイラに寄港した際、日本側はイズミル世界での権力者への謁見マナーを学んでいた。これが活かされた形となる。
初日は晩餐会が執り行われ、日本使節とエスニア高官たちの間で親睦が深められた。本格的な外交交渉は明日以降となる。
……
大日本帝国がエスニア帝国に対して提示したのは以下の内容である。
・通商条約の締結
・自由貿易
・投資権
・護衛軍艦の入港許可
・など
・大使館の相互設置
・イズミル魔法、日本工学の技術交換
・油田の共同開発
この中でも特に日本側が重視していたのが油田だ。日本は既に新米州に油田を獲得しているが、安全保障上もう1つ油田を開発する必要があると考えていた。となると、既に天然油田が確認されているエスニア帝国に白羽の矢が立つのは当然とも言える。
また、日本はエスニア帝国に石油産業の集積地を開発する野望も抱いていた。イズミル世界は魔導工学の後進地帯であり、日式機械を売り込む余地があると考えていたのだ。
「如何ですかな」
内容を提示されたエスニア帝国は困惑した。内容的にはほとんど問題が無い。軍艦の入港許可のみ引っ掛かるが、現状既に大艦隊の入港を許してしまっており、抗う余地もない。
しかし、もしもこの条約に穴があることで国益を損ねてはいけないし、2つ返事で了承してしまえば今後侮られ、より不利な条約を吹っ掛けられかねない。
日本からの条約案は、皇帝の諮問機関——「評議会」にかけられることになった。その結果、関税自主権は保持するべきでは、という意見が出された。
「——というわけなのだが、どうだろう。自由貿易は撤回しては頂けないか」
「構いませんよ」
「え? そ、そうか。では……」
その案はあっさり日本側に受け入れられた。日本側の第一目標はあくまでも石油であり、その他はあくまでもついでなのである。
こうして、「日エ修好通商条約」は無事、平和裡に(?)締結されたのであった。




