東方世界派遣艦隊
時は大きく遡り、2025年5月。セーネスによる日本侵攻準備を察知し、きな臭くなり始める頃。新たに日本を出発する艦隊がいた。
中央世界を発見した「東方派遣艦隊」、新世界にてカンブル連邦に接触した「西方派遣艦隊」、南方世界で獣人奴隷を購入した「南方派遣艦隊」に続く第4の派遣艦隊。イズミル世界、東方世界とのコネクションを得るために出港するのが「東方世界派遣艦隊」だ。
彼らは戦艦大和を旗艦とする第1打撃部隊を中心に、補給艦2隻、強襲揚陸艦1隻をつけた大所帯で横須賀を出発した。
「今までは巡洋艦主体の『戦隊』で派遣艦隊を組んでいたじゃないですか。どうして今回は大和が」
「聞いてないのか? 新地球国家に舐められないようにとの事らしい。セーネスの1件もあるし、大本営も気合い入れたんだろうよ」
カンブル連邦からの情報によると、イズミル世界や東方世界の国家は癖が強いとのことだった。その為、見た目で相手を威圧できる巨艦大和がファーストコンタクトにはぴったりだと判断されたのだ。つまりは、艦砲外交が目的の編成であった。
東方世界派遣艦隊は、南方世界大陸南端をくぐって東南洋へ抜けるため、一路南を目指す。
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彼らが最初に立ち寄ったのは南方世界大陸の最南端。ドムニ共和国領ケペ植民地だ。
立ち寄るつもりは無かったが、その場を航行していた航空船舶に興味を持たれた事で、商館へと招待された。
「日本という国があるのかい? 初めて聞いたけど、こんなデッケェ船を作れるなら凄ぇ国に違ぇ無ぇな」
「いつか貴方方と交易ができる事を願っています」
東方世界派遣艦隊は丸1日ケペに滞在した後、予定を取り戻すべく東へ向かって急いで出港しようとする。しかし、彼らはケペ水路を通行するために要求された通行料を支払うことができなかった。
よって、仕方なく貴重品を渡すことで水路を後にすることにした。
「こいつァ精巧なコインだ。きっと高値に違いねぇ!」
無事に水路を通過する際、支払った通行料は5円(史実における現代日本の500円相当)であった。
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最初の目的地であるイズミル世界のヌシ——「エスニア帝国」へと到達したのはケペを出発してから1週間後の事だ。
巨大艦隊が突如として押し寄せた為、エスニアの港湾都市——クイラは大混乱に陥った。巡洋艦砲を沖合の海面に撃ち込むパフォーマンスは、クイラ全体を更なる恐怖に陥れた。
「少々、やり過ぎたのではないでしょうか……」
慌てて飛び出してきたクイラ市長を見て、上陸した作戦部隊の男は言葉を漏らす。
「どうか、どうかお許し下さい……異界の軍隊殿。市民の命だけは……命だけはァ!!」
クイラ市長は額から血が出るほどに地に頭を擦り付けて日本軍に懇願した。それを困り顔で眺めながら立ち尽くす日本軍の兵士たちというのは、なんともシュールな光景であった。クイラ市長はこの上なく必死なのであるが。
「我々は、石油が出るという情報を元にこの地へとやって来ました。どうか頭を上げてください」
「セキ……ユ……?」
クイラ市長は優しげな日本人の声を聞き、ゆっくりと顔を上げる。その酷い顔に周囲の観衆たちからは悲鳴が上がる。
「俺達が直接殴ったりしたんじゃないのだが……」
……
どうにも居た堪れないクイラでの滞在は、3日程続いた。
この間にクイラ市長のみならず、エスニア帝国中央からの地方総督との会談も実現し、燃える液体——日本のエネルギーの大きな源たる石油がこの世界に存在することが確認された。これは、東方世界派遣艦隊の大きな成果であった。
「いやぁ、皆様が思っていたより話の通じる方々で良かったです」
「いや、それはこちらの台詞ですよ……仲谷殿……」
満面の笑顔を浮かべる日本側に対して、エスニア側の官僚はピクピクと口角を震わせながらの笑顔であった。艦砲外交の結果である。
日本とエスニアは後日、使節団を送り合う事に合意した。ゆくゆくは共同での石油開発、貿易も行おうということになった。両者ヨシでファーストコンタクトは終わった。
「日本の皆さん、さようなら」
30枚の5円硬貨を受け取ったエスニア側の官僚は、最後まで口角をヒクつかせていた。
彼らが日本に対する脅威国家認定を解除するのは、日本=エスニア条約が正式に締結されるのを待つ必要がある。
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彼ら最後の目的地は南東洋の北、中央世界5大列強の1つにして、この世界最大の領土を持ち、東方世界最北の国でもある「カルグストリアル共和国連邦」である。
エスニアのクイラを出発後、およそ4日後にカ連邦沿岸に到達できるはずであったが、彼らは流氷と氷山群、それから視界を遮る猛吹雪に阻まれる事になる。
「チッ、また氷山か」
迂回しても迂回しても現れる氷山は明らかに異常であった。そもそも、この海域は海が凍るような緯度ではない。
(不思議な艦隊。まるでこの先に陸地がある事が分かっているみたい……でも、先には進ませないよ)
勿論、これはただの自然現象ではない。魔法である。
「仕方がない、カ連邦への接触は諦めよう」
東方世界派遣艦隊はこの海域で1週間ほど粘るも、これ以上は危険と判断し、カ連邦への接触を諦めた。
進路を一転、南へ向けると今までの悪天候が嘘のように晴れ、水兵たちは困惑する。
「魔法……か……」
流石にここまで摩訶不思議な現象が起これば魔法を疑わざる得ない。しかし、彼らには打つ手建てが何も無かった。
こうして、東方世界派遣艦隊は「石油の存在」という成果だけ持って、日本への帰路についた。
しかし、彼らの帰還も一筋縄ではいかない。海軍本部から急に「戦闘準備を整え、硫黄島へ向え」との司令が入るからである。




