新世界戦線
「新地球」における新世界とは、中央世界から見て大西洋を挟んで遥か西に浮かぶ北カンブリア大陸、南カンブリア大陸、西アンディ諸島の総称です。転移してきた日本もここに含まれます。
○○世界と呼ばれる地域は他に、南方世界、東方世界、イズミル世界があります。
「こちらが、セーネスの地図でございます」
「おお、想定よりも精巧だ。ジェーン殿、感謝いたします」
日本側は上陸作戦にあたり、カンブル連邦の協力を得ていた。新世界のセーネス領ルイージア植民地から中央世界のセーネス本国までの、この世界基準の詳細な地図を提供されたのだ。
「杉田殿、見返りは覚書の通りに」
「勿論」
日本とカンブル連邦の覚書の内容はこうだ。
・大日本帝国がセーネスに対して優勢の場合、カンブル連邦は大日本帝国に対し協力を惜しまない。
・協力の内容は、「情報提供」「カンブル連邦の対セーネス参戦」などである。
・その見返りとして、大日本帝国は現セーネス領ルイージア植民地の8割の領土をカンブル連邦に移譲する。
セーネスによる侵攻計画を事前に察知できたのも、戦闘前から日本が相手の軍事能力をある程度測る事ができたのもカンブル連邦の協力があってこそ。対セーネスという点において、両国は協調関係にあった。
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「日本艦隊がセーネスの艦隊を破ったらしいぞ」
「では我々も遂に」
「うむ、攻撃開始だ」
日本の艦隊決戦勝利の報を合図に、カンブル連邦5つの軍が同時にセーネス領へと越境した。
「か、カンブル連邦が攻めてきた、だとォ!?」
魔導砲や航空艦などを動員した重武装のカンブル連邦軍に対して、個人用魔導武器しか持たないセーネスの国境守備隊は無力であり、国境は呆気なく突破された。
彼らは戦争終結まで大した抵抗に直面することなく、ルイージア植民地の大半の占領を完了することになる。なぜなら、セーネス植民地軍の主力は別の場所に集結していたからだ。
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ルイージア植民地最大の港町ヌヴァ・オレンズ。この地に新世界セーネス軍のほぼ全軍が集結していた。セーネス本国艦隊と協力し、東西から日本を挟み撃ちにしようとしていたのだ。だがしかし、そんな矢先に彼らは本国艦隊の敗北を知ることとなる。
「まさかあれほどの艦隊がやられるなど……信じられん」
「そんな相手に俺達だけで侵攻計画など無謀だ」
報告を受けて開催された植民地軍参謀による緊急会議。彼らはまだ気づいていない。戦いの火蓋というのは一方的に切られるということに。
「クソッ、一体本国の奴らは何をやっているのだ」
司令部の男が机を叩いたその瞬間、爆音が轟き、司令室に炎の旋風が吹き荒れる。
街全域で響きわたった轟音。理不尽なまでの殺戮。その事態を把握する以前に、司令部は沈黙していた。
「マレー戦争以来の空爆になりますね」
「ああ、無抵抗な市民も沢山いるだろうな」
「重爆隊、爆撃コースに入りました」
「爆弾投下!」
73式重爆撃機。台湾から飛び立ったその編隊は魔力レーダーに探知されない高高度から敵地へと侵入、ヌヴァ・オレンズ湾内にある港町6つを徹底的に爆撃していった。
そこに運悪く新世界セーネス軍が集結していたことを知らずに。港に停泊していた水上艦も、航空艦も、魔導砲も、歩兵部隊の兵舎も、住民たちが暮らしていた市街地も、全てが焼け落ちた。
「うっ……これは酷いな」
死の街と化したヌヴァ・オレンズに進軍した日本の上陸部隊。そこかしこに漂う焦臭さに彼らは顔を顰めながら進んだ。
そんな彼らと遭遇した生存者は、殆どが生命力の強い獣人たちであった。
現地の魔法使いは皆死んでいた為、連れてきたラーナが通訳として役に立った。
「私達は日本軍です!」
「ニホン……何処だそれ」
「奴隷制のない新しい国ですわ! あなた達がもうセーネス人たちのために働く必要は無い。自由なのですわ!」
彼女は本心から日本軍を獣人にとっての正義の軍勢だと喧伝してまわった。
獣人たちがヒト種に対して抱く感情は、恐怖、怨嗟、不信、様々だったが、同種のラーナのおかげで一定の信頼を得ることができ、占領政策に役に立った。
日本軍は2週間でヌヴァ・オレンズを要塞化し、その後、強襲揚陸艦を拠点にする戦闘攻撃機の支援を受けて占領範囲を広げていった。
「日本軍だ! 村民全員を集めろ」
「に、ニホンだって!? セーネス軍はどうしたんだ」
「セーネス軍は全滅した。抵抗は無意味だ。魔法使いがいれば名乗りを上げろ」
「そう……ですか……」
占領部隊の遭遇した殆どが無抵抗な村落であり、カンブル連邦軍と合流するまで遂ぞ組織的な抵抗に遭うことはなかった。
新世界の戦線は1月半程で終結した。
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ヌヴァ・オレンズの爆撃とほぼ同時。大日本帝国の重爆撃機隊は1回の空中給油を経てセーネス本土へと進出していた。
「見えた。あれが敵国首都のファリスだ」
「おうおう、相当発展した大都市じゃねぇか航空船がうようよ飛んでら」
その意図とは、セーネス艦隊第3部隊にしたのと同じ、降伏を促す為である。
重爆撃機の巨大な爆弾倉からは「降伏する部隊は白旗を掲げよ」と書かれたビラが王国全土に撒かれ、地上に居た王国民の間には激震が走ることになる。
「何よこれ!」
「軍の航空隊は何をしているんだ!」
艦隊決戦で活躍した(?)魔力レーダーや、この世界の魔動力航空船には致命的な欠点がある。それは、高度800m以上には超高濃度の魔力の雲があり、それ以上の高度で航空船を飛ばす事も、魔力レーダーで探知する事も不可能という点である。
この事態を受けて、セーネス陸軍は全土で戒厳令を実施。混乱が拡がらないよう人々の移動を厳しく制限した。しかし、この世界の常識では考えられない高度の制空権を握られていることを知った人々の不安が収束することはない。
「これで大人しく降伏してくれれば良いけどな。泥沼の地上戦なんか誰も望んじゃあいない」
地上の様子を憂いて1人のパイロットがつい溢した言葉。それは、日本軍の誰しもが思っていることを代弁していた。
だがしかし、まだ戦争は終わらない。それどころか、日本軍のこの行動により、更なる混沌が発生することになる。




