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全滅の余波

 セーネス国王(アン6世)は激怒した。


「あれだけの艦隊が、全滅……だと……」


 彼の顔は真っ赤になり、ワナワナと震える。


「なぜだ……ニポンの戦力は連合王国並みだとでもいうのか」

「いえ、現場からの報告が全て本当であれば……連合王国をも上回るかと……」

「ええい、煩い! そんな訳があるか! ニポンというのは新世界人なのだろう? 魔法を知らぬ蛮族なのだろう!?」


 セーネス人が日本をあれほど侮ったのには理由がある。

 「新世界」の人々。それは、無かったことにされた文明だ。魔力を殆ど持たず、魔法を知らず、獣人の様な筋力も持たなかった彼らはからくり機械による文明を築いていた。しかし、それは中央世界から西進してきたパルサリョール王国に尽く破壊された。

 連合王国やセーネス王国、カンブル連邦といった中央世界人による迫害は現在進行形で続いており、南カンブリア大陸の現地人は絶滅、北カンブリア大陸でも西へ西へと追いやられ続けている。

 大航海時代の末、セーネス人は勘違いをしたのだ。日本を未知の新世界だと。日本人を未開の新世界人だろうと。


「大提督殿。此度の失態、どうお考えになるか」

「も、申し訳ありま——」

「謝罪が聞きたいのではない! 私はどう責任を取るかと問うておるのだ! 国王陛下の御前で恥を晒すでないぞ」


 セーネス海軍のボスである大提督に圧を掛けるのは「大陸軍(グランダルメ)」大元帥の男だ。

 元来大陸国家であるセーネスでは貴族主体の陸軍に対して、海軍は商人が主体であり、そこには明確な身分格差が存在している。

 その上、今回歴史的な大敗北を喫したことで大提督の発言権は無に等しかった。

 しかし、大西洋貿易で得た莫大な富を王室に献上していた商人階級の権力が無くなったわけではない。


「国王陛下。我々の発言をお許しください。海洋商人ギルドとしましては、国土に敵の手が及ばぬうちに講和を結ぶべきで御座います」

「何を言っている……異教徒に屈しろと言うのか? そもそも、海軍を通じて余に戦争を(けしか)けたのは其方らではないか!」

「国王陛下。どうか気をお収めください。何も異教徒に頭を下げろと申している訳ではないのです」

「では何か、ここから残った艦隊だけで勝利を上げられるのか? 貴様らは傷1つ付けられなかったと言うではないか」


 アン6世と海洋商人ギルド頭首の口論を前にして、スッと手を挙げたのは大元帥だ。


「これ以上負けなければ良いのであろう? であれば、次は我々陸軍の出番だ。商人風情は引っ込んでいろ」

「国王の御前で何と言う言葉遣いだ」

「煩い! 貴奴らの様な下劣な者共に戦を任せたのが間違いでしたな国王陛下」


 ギロリ、とした鋭い眼光に怒りを忘れてたじろぐ国王。


「う、うむ。策はあるのだな」

「勿論です。ニポン軍の艦艇はさぞ凄いようであるが、しかし、降りてしまえば魔法も使えぬただのヒト。その艦砲が届かぬ内陸まで誘引してしまえば良いのですよ」


 大元帥は国王の前でニヤリと笑って見せたあと、陸軍本部へと帰っていった。御前会議では大元帥を支持する貴族の力で戦争継続が決議される事となる。




——————————


 一方のダウナー連合王国にもセーネス艦隊消失の一方は届いた。


「いやあ、物凄い爆音でしたよ。ズガーン! ドカーン! って。そしたらバラバラになったお船が一斉にたーくさん沈んでくるんです」

「そうですか。日本艦隊の様子は如何でした?」

「話に聞いてた通りもーのすごくおっきな船がたーくさんでした!」

「ふーむ」

「あとですねー」

「うん?」

「鯨みたいに潜る船も初めて見ましたねー。最初は沈んでいるのかと思ったんですがー、他の船に合わせた行動をしていたのでー、あれは船だと思いますー」


 連合王国側に魔信で戦闘の様子を伝えてきたのは人魚種の女性であった。連合王国の妖精種族は大西洋に暮らす人魚種族と秘密同盟を結んでおり、中央世界の情報と大西洋上の情報をトレードする関係にあった。

 この両種族の関係は、最初に新世界植民地帝国を築き、パルサリョールにあっさり滅ぼされ、大陸領土を全て失った人魚種の歴史に関係があるのだが、それはまた別の機会に。


(日本は潜水艦まで持っているのか。我が国でもまだ研究段階だというのに)


「ありがとう。情報提供助かります」

「いえいえー、人魚=妖精同盟よ永遠なれー」


 この情報を以てして連合王国も確信した。日本がただの新世界文明ではないと。

 先日到着したと思われる訪日使節からの情報はまだ入ってきていないが、対日外交は連合王国高官の間で大きなトピックへと成長していた。


「対立は愚策であったか、セーネスが不憫だな」


 連合王国外務卿は紅茶を含んだ後、そう呟いた。


「外務卿殿、これから忙しくなりますよ」

「分かっておるわ」


 駐ダウナー日本使節団は対セーネス交渉の場を連合王国に求めていた。

 それだけでは無く、2国間での修好通商条約の締結も合わせて打診してきていたのだ。


「やれやれ、忙し過ぎると茶が不味くなるというのに」


 外務卿は肩をすくめるのであった。




——————————


「大ニポン帝国? 知らぬ国だな」

「どうやらセーネス艦隊を壊滅させた様だ」

「また新たに強力な異教徒が現れたのか……嘆かわしい」

「異端を潰すだけでも大変だというのに……」

「この世界に帝国は3つもいらぬわ」


 セーネス艦隊を下した大日本帝国の名声は、遂に中央世界唯一の「()()」の耳にも届くことになった。


「どういたしますか、皇帝陛下」

「すぐさま軍を派遣しろ」


 皇帝は決断を下した。


「皇帝陛下。ニポンは海の向こうでございます」

「何を勘違いしている。我が軍の向かう先は——」




「セーネスだ」

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― 新着の感想 ―
なるほど、過去にそんなことが有ったのですか。 しかし日本が「過去の異世界人と同じ異世界」から来たとは限らない。 そんなことにも気づかないようでは、愚かと言われても仕方がありません。 それにセーネス側…
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