宰相の陰謀〜揺らぐ同盟と交錯する想い〜
夜明け前の王宮。月灯りも消え失せた廊下に、ひそやかな足音が響く。真斗たちが夜宴の余韻を噛み締めつつ、それぞれの役割に戻ろうとしていた矢先──そこへ忍び寄るもう一人の影があった。宰相ダーヴィド・グレイバーン。彼は侯爵ラルフと異なる手口で、王国の舵取りを掻き乱そうとしている。
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早朝の評議室。アリシアは「政略結婚登録制度」の運用状況を確認するために集まっていたが、控え室から急報が届く。
「陛下より、宰相からの呼び出しです。至急お越しください──」
アリシアは眉をひそめながらも、真斗に軽く目配せをした。隣で待つリリィとセリスも、不安げに頷く。
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宰相の書斎。古びた書棚と重厚なデスクの向こうに座るダーヴィドは、涼やかな笑みを浮かべる。
「アリシア殿下、リリィ嬢、セリス王女、そして真斗君──おはよう」
その声はまるで友人のようだが、瞳の奥には政略家の冷徹さが宿る。
「昨夜の夜宴の成功、お見事でした。だが、宰相として一言申し上げたい。自由恋愛保障法と政略結婚登録制度は、まだ未整備の部分が多く、かえって王国を混乱させるおそれがある」
彼は机の上に資料を並べ、複数の地方領主からの不満書簡を見せる。
「領主たちにとっては、伝統的な婚姻制度が崩れることが、家名と領地を守る最後の砦なのです。混乱を避けるためにも、一度、法案の見直しを──」
その言葉に、アリシアは眉根を寄せる。
「そもそも法案を可決させたのは、民と若き貴族の声です。伝統を守るだけが国の安定ではありません」
宰相はひと息つき、真斗に視線を移した。
「真斗君、君の異邦人講座も興味深い。ただ、講座の中で秘密裏に恋愛魔法の無効化を研究していると聞きますが……それは本当かね?」
真斗は《共感触媒》を軽く働かせ、宰相の疑念を探る。
「研究というより、誤用防止策です。誰もが自由に恋愛できるなら、倫理を教える義務もある。それを怠れば、新たな被害者が出るだけです」
宰相の唇がわずかに歪む。
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会談を終え、廊下を出る四人。セリスが静かに言葉を紡ぐ。
「宰相は表向きだけだとしても、ラルフ侯爵と裏で繋がっている可能性が高いわ。要は伝統派貴族の大同盟を形成しようとしている」
リリィは眉をひそめる。
「でも、私たちが一致団結すれば……!」
アリシアは少し遠くを見つめたあと、真斗に手を取る。
「真斗さん、私たちの盟約は、自由と責任の両立です。宰相と伝統派の策略を打ち破るには、もっと民衆の理解を深めなければ」
真斗は頷き、北塔の尖塔へと視線を向けた。
「霞がかった塔のてっぺんにある開かれた議場――あそこでもう一度、公開討論会を開こう。民衆も貴族も、全員参加で」
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その夜、四人は塔の屋上庭園に集った。月明かりの下、百花が咲き誇る中で、リリィが手帳を開く。
「討論会のテーマは、『愛と伝統、どちらが王国を強くするか』ってどう?」
彼女の提案に、セリスが小さく笑う。
「良い切り口ね。貴族の長老、商人ギルド、市民代表――全員の声をフェアに聞くための進行表も作らなくては」
アリシアはそっと真斗の腕に触れ囁く。
「みんなの前であなたの想いも語ってほしいわ。民の心を動かすのは、数値や法だけじゃない。生身の言葉なのだから」
真斗は静かに拳を握り、三人を見渡した。
「約束します。次の夜明けとともに、僕たちの想いを、この国の隅々まで届けます。僕たちの絆を、もっと深く信じてもらえるように――」