仮面の夜宴〜恋の駆け引きと甘い策略〜
王宮で催された「月影の仮面舞踏会」。その闇に紛れた豪奢な仮面と衣装は、視線すべてを錯覚と誘惑の渦へと誘う。真斗は胸元の仮面を正しながら、今夜こそアリシア、リリィ、セリスそれぞれとの想いの攻防を仕掛けようと心に誓っていた。
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舞踏会開始の鐘が鳴り渡ると同時に、リリィが真斗を呼び寄せる。
「真斗くん、最初は私とワルツを踊ってほしいな♪」
リリィの頬に浮かぶ無邪気な笑み。でもその瞳には、秘めたる意図が見え隠れしている。彼女は、真斗の《恋愛観察眼》で自分への好意を確かめようとしていたのだ。
ステップを踏みながらリリィは囁く。
「ねぇ、好きな人って……どんなタイプ?」
真斗は微笑みを返し、わずかに目を伏せる。するとリリィの頬が紅に染まった。
「ふふっ……私みたいな天然タイプはどう?」
その問いに、真斗は少し間を置いて答える。
「リリィは――僕が理想とする自然体の笑顔そのものだよ」
リリィは胸を張って、「やった!」と小さくガッツポーズ。しかしその瞬間、背後で視線を感じた彼は、そっとリリィの手を握り締めた。
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次の相手はセリス。彼女はあえて高貴なマスクをつけず、素顔に銀の縁取りを施したベールだけをまとっている。誰もが王族の威厳を感じ取るその姿を前に、真斗は少し緊張した。
「真斗くん、確かに君は魔法より言葉で人の心を動かすと噂ね」
セリスは氷のように澄んだ声でそう言いながら、軽やかにワルツのステップを合わせる。
「君の《共感触媒》、本当に心を揺さぶる力があるの?」
セリスの問いは苛烈だった。彼女は、真斗が自分の気持ちをどこまで本気かを試そうとしているのだ。
真斗は一瞬だけ言葉を選び、静かに答えた。
「セリス、君の強さも優しさも、すべて受け止めたい。魔法じゃなく僕の誠意で」
その言葉に、セリスの口もとがわずかに緩む。だが同時に瞳には、さらなる問いかけの輝きが宿っていた。
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舞踏会の最中――貴族たちの会話の影で、旧貴族連合のラルフ侯爵が陰険に微笑む。彼は密かにアリシアへ近づき、毒を含んだ言葉を投げかける。
「アリシア殿、自由恋愛保障法は美しい理念だ。しかし、真斗という異邦人に心を奪われたままで家名を守れると思うかね?」
アリシアは一瞬言葉を失い、マスク越しに真斗のもとを探す。侯爵はその反応を楽しみながら去っていく。だがアリシアの胸には、彼への不安と――真斗への信頼が交錯した。
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舞踏会も終盤に差し掛かる頃、真斗は広間のバルコニーへ三人を呼び寄せた。月光を浴びるその場所は、完璧な舞台装置だった。
「リリィ、君とは学び合う未来を約束したい」
彼は優しくリリィの手を取り、彼女の《恋愛観察眼》で映る真斗への信頼度を確かめるように見つめる。
「セリス、君とは互いに支え合う絆を築きたい」
続けてセリスの手を取り、王女としての責任感と個人としての想い、その両面を受け止める覚悟を言葉に乗せる。
そして、最後にアリシアを見つめ――
「アリシア、君となら理想の恋愛の定義を、この世界で書き換えられる気がする。君の本当の声を、もっと聴かせてほしい」
アリシアの瞳が揺れ、マスク越しに微かな息が漏れる。そこには、侯爵の言葉にも揺らがない――真斗への信頼と愛情が刻まれていた。
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バルコニーに戻った三人は、互いに視線を交わし、微笑み合う。そこへリリィが小さく咳払いをし、口火を切った。
「ねぇ真斗くん、次は誰と…?」
真斗は深く息を吐き、満月に向かって片膝をついた。舞踏会の喧騒が遠のき、甘い静寂だけが四人を包む。
「僕が選ぶのは――」
真斗は静かに膝を曲げたまま、深い息をつく。舞踏会場の喧騒が、遠く霧のように霞んでいく。
持っていた銀の指輪をそっとアリシアの前にかざしながら、声を震わせずに言葉を紡いだ。
「君たち三人、一人ひとりと、本当の想いを確かめ合うことだ」
その瞬間、バルコニーに集った三人の瞳が同時に揺れる。
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「え、えぇ――?」
リリィは思わず手を口に当て、小さく跳ねるように身を乗り出した。
「わ、私は? 私はもう――」
彼女の声は震えている。だが、その瞳の奥には、真斗の言葉に胸を高鳴らせる無垢な期待が光っていた。
真斗はにっこりと笑い、優しくリリィの肩に手を置く。
「リリィとは、君のペースで一緒に、恋の駆け引きを学び合いたい。君の天然だけど真剣な気持ちを、もっと知りたいんだ」
リリィは真っ赤になりながらも、嬉しそうに頷く。
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一方セリスは、真斗の言葉を聞くと少し眉をひそめたあと、流れるように目線を上げる。
「──つまり、まだ結論ではなく、過程を重視するというわけね」
その吐息まじりの声には、鋭い洞察力と、わずかに含んだ甘さが混ざっていた。
「ええ、私も同感です。真斗くんとなら、互いの誠意をぶつけ合いながら、真実の絆を築いていけるはず」
セリスは軽やかに手を差し出し、その冷たい銀のベール越しに真斗を見つめた。
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そしてアリシア。長いまつげの奥で、一瞬だけ涙が揺れたように見えた。
「……あなたとなら、どんな不確かな未来でも越えられると信じてる」
言葉は小さく囁かれたが、その重みは真斗の胸に深く刻まれた。
アリシアはバルコニー柵に手をかけ、真斗の膝越しに身を乗り出す。
「だから、どうか私にだけでなく、みんなに向き合って、私の本当の想いを、ちゃんと聞いてほしい」
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月明かりの下、四人は静かに輪を作る。舞踏会のざわめきは背後に消え、まるで二人きりの時間が三つ同時に流れ始めたかのようだった。
リリィは、真斗と日常の小さなドキドキを積み重ねる約束を交わし、セリスは、政治とプライベートの両立を支え合う盟約を結び、アリシアは、政略の枠を超えた互いの信頼と愛を改めて誓った。
真斗は三つの手を順に取り、そのすべてを胸に抱きしめる。
「ありがとう。僕は、みんなと向き合う時間を大切にする。だから――これからも、ずっと一緒にいてほしい」
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そのとき、舞踏会場の扉が再び激しく開かれ、王宮衛士が駆け込んできた。
「お急ぎを! 偵察隊から連絡――ラルフ侯爵が、次の一手を打つらしい!」
真斗は三人を振り返り、きっぱりと言った。
「行こう。僕たちの駆け引きは、恋だけじゃない。あいつを止めないと――みんなで。」
四つの影は月光の中、ひとつに重なりながら階段を駆け下りた。仮面の夜宴は甘くも切なく、そして、真実の試練へと移ろう。