4話 帰路
さっき飲んだ、小さな青いガラス瓶──
リカバリーポーション。
たった一口で、まるで全身が新しく生まれ変わったような感覚だった。
「あんなの、現実であるかよ……」
思わず、笑いが漏れる。
強がりでもなく、自嘲でもない。
ただ、呆れるしかなかった。
痛みは一切ない。
内臓の圧迫感、筋肉の張り、指先の震え──すべて消えていた。
さらに驚いたのは、“疲労”までまるごと癒えていたことだった。
「体、軽……っ」
蓮は立ち上がり、腕を回してみる。
肩も肘も、まるで戦いの前より調子がいいほどだった。
「……チートかよ」
それでも、内心のざわめきまでは完全に癒えなかった。
現実が壊れているという事実だけは、どうやっても拭えない。
視界の端にはまだ、青白く光る“メニュー”が浮かんでいた。
静かに、無言で、そこにあり続けている。
蓮は、そっと手を上げてそれに触れた。
すると、まるで気配を察したように、画面はゆっくりと閉じて消えていった。
「……消えた」
少しだけ、空が静かに思えた。
(……帰るか)
現実の生活が、まだ続いている。
空っぽのアパート。冷えた床。誰もいない部屋。
でも今は──あそこに戻って、ひとまず“落ち着きたかった”。
蓮はパーカーのフードを被り直し、足元の水たまりを踏まないように歩き出した。
音のない夜の中を、ひとり、家へ向かって。
アパートの階段を、ゆっくりと登っていく。
鉄製の手すりは錆びていた。踏むたびにミシミシと音が鳴る。
二階の奥。いつもの、自分の部屋の前。
ポケットから鍵を取り出す。
ガチャ、という音がやけに大きく響いた。
玄関を開けると、いつもと変わらない、誰もいない六畳の空間が迎えた。
敷きっぱなしの布団。中途半端に畳まれた洗濯物。
壁の時計は止まったまま。それでも、ここが唯一の“自分の場所”だった。
靴を脱ぎ、床に腰を下ろす。
「……ふぅ」
ようやく、息が抜けた。
緊張が溶けていく。体がソファでも椅子でもない畳に沈んでいく。
自分がどれほど張り詰めていたのか、今になってわかった。
──しかし次の瞬間、ふと何かが頭に引っかかった。
「あれ……?」
蓮は上半身を少し起こし、ポケットを探る。
「……あっ」
何も入っていない。
「食料……忘れてきた……」
街で買ったはずの、コンビニの袋。
暴漢に気づいたとき、持ったまま全力で走り出して、そのまま手放したのを思い出した。
蓮は、しばらく無言で天井を見つめた。
「……まあ、いいか。……また、明日で」
何が“明日”なのかはわからなかったが、そうとしか言いようがなかった。
どうしようもないことは、どうしようもないまま放り投げておくしかなかった。
気を取り直すように、胡坐をかき直す。
「……さて」
蓮は両手を膝に置き、そっと息を吐いた。
そして、目を閉じて、意識を集中するようにして、呼びかける。
「……メニュー」
ピッという音もなく、空気がひとつ揺れた。
視界の前に、再び、あの青白い光の“画面”が浮かび上がる。
やっぱり──夢ではない。
ゆっくりと画面に視線を移す。
一番上の項目が、初めて見た名前に変わっていた。
> 【MAIN MISSION:国家の復興】
状況:開始済み
内容:あなたはこの崩壊した国を“再構築”しなければならない
目標:生存・秩序回復・新たな社会構築
報酬:───
※サブミッションを通して進行状況が変動します
「……は?」
蓮は、思わず声を漏らした。
「……復興? 俺が?」
画面を何度か見直す。
文字が変わるわけじゃない。
「何それ……国って、あの国? この国?」
問いかけても、画面は何も返さない。
ただ、事実だけを突きつけてくる。
「無理だろ、どう考えても……」
崩れた国。暴徒だらけの街。
何の力も、知識も、仲間もない自分。
「……どうすんだよ……っ」
声が小さく震えた。
でも、逃げる選択肢は──画面には、なかった。
蓮はただ、じっとその光を見つめていた。
* * *
現在のステータス
【メニュー】
■ 名前:基山 蓮(Kiyama Ren)
■ 所持Skill Point:1
■ スキル一覧:
▶︎【反撃 Lv1】
- 敵に掴まれている際、自動的に反射的なカウンターが発動。
- 使用済:戦闘中、首を絞められた場面で発動し生還。
■ 所持アイテム:
・リカバリーポーション × 0(使用済)
■ 現在のミッション:
▶︎【MAIN】:国家の復興(進行中)
▶︎【SUB】:近くのヘッドを倒せ(残り時間:24時間)
- 内容:暴徒集団の“ヘッド”を撃破し、エリアの治安を改善
- 報酬:Skill Point+2/新スキル習得(※未確定)
- 失敗時:ペナルティエリアへの転送処理が発動