1話 メニューは“死の直前”に
街は、もう日常じゃなかった。
電柱の明かりは割られ、道路はひび割れ、看板には「暁の民」の落書きが乱雑に刻まれている。
家という家には鍵がかけられ、窓にはバリケード。人の気配は、ほとんどなかった。
基山 蓮は、コンビニのレジ袋を片手に歩いていた。
中身はパンと水、それだけ。ろくな補給もできずに、3日目だった。
「……チューハイ買ってくればよかったかな」
独り言が口から漏れる。
笑う相手も、応える声もない。
帰り道、裏路地の近くを通ったときだった。
鉄骨むき出しの、かつての建築現場跡。今は使われておらず、雑草とゴミで埋もれている。
その奥──異様な気配があった。
「っ……またかよ……」
物陰から、蓮はそっと覗き込んだ。
そこには、女がいた。若い。制服姿。
そして、彼女を壁に押しつけている2人の男──
フードを深く被り、片方は笑っていた。
「なぁ……ちょっとくらい、いいだろ? なぁ?」
もう片方が口を塞ごうとした瞬間、蓮の目が見開かれた。
「……あいつら……」
顔は──忘れるはずがなかった。
あの夜、美桜を襲った男たち。
無力だった自分の目の前で、彼女が傷つけられたあの場にいた。
(また……何もできずに見てるのか?)
喉が焼けるように熱くなる。
心臓の鼓動が耳に響く。
「ふざけんな……ッ」
怒りが言葉になった。
気づいたときには、周囲を見回していた。
──落ちていた。
朽ちかけた鉄製の案内板。その支柱。
片方が外れて、地面に転がっていた。
蓮はそれを両手で掴み、息を止めた。
「オイッ!! やめろッ!!」
叫びながら、駆け出した。
「……んだ、てめぇ?」
男たちが振り返る。その顔に一瞬だけ浮かんだ驚きと──すぐに笑い。
「おいおい、なんだよ、こいつ……」
「知ってる。……こいつ、前のときの……女の連れだ」
その言葉で、蓮の頭の中が爆発した。
「殺してやる……!」
支柱を振り上げて、渾身の一撃。
一人が腹に受けてうずくまる。
「ぐっ……てめぇ、やりやがったな……!!」
もう一人が殴りかかってくる。
避けきれず、頬を殴られ、視界がぐらつく。
そのまま、背後から押し倒された。
首を絞められる。
息が、できない。
「死ねや、ガキが……!」
(苦しい……! 見えない……!)
視界が暗くなる。肺が焼ける。
脳がちぎれそうな恐怖の中──
その時だった。
> 【条件達成:瀕死状態】
【SYSTEM UNLOCKED】
目の前に、光のような文字が浮かび上がった。
空中に現れた“画面”。信じられないものがそこにあった。
> 【MENU UNLOCKED】
▶︎初回ボーナス:スキル「反撃」自動付与
▶︎効果:掴まれた状態で、自動的に反撃可能
「なんだよ、これ……」
だが、体が勝手に動いた。
肘を突き上げ、相手の喉にヒット。
男がむせて手を離す。
その隙に、支柱を拾って一撃。
肩、腰、頭──全ての力を込めて振り抜いた。
男は倒れ、もう一人も逃げていく。
呼吸が荒い。手が震える。
地面に倒れている女の子が、自分を見ていた。
「……だ、大丈夫ですか……」
そう言おうとして、声にならなかった。
彼女はうなずき、ゆっくり立ち上がり、その場を去った。
蓮は一人、夜の裏路地に取り残され──目の前に、再び“メニュー”が浮かんでいた。
> 【スキルツリー開放】
▶︎現在スキル:「反撃」
▶︎Skill Point:+1
「……冗談だろ……」
* * *