プロローグ後半── 何もできなかった夜
処刑が終わった。
雨はまだ止まない。空も、静まりかえる群衆も、どこか壊れていた。
基山 蓮は、歩いていた。
傘も差さずに。重たくなったフードが背中に張りついている。
右手にはレジ袋、コンビニで買った即席のカップ麺が入っていた。
「……あ」
足が止まった。
前方の路地、街灯の切れかけた裏通り──そこで何か、揉み合うような気配があった。
声が、聞こえる。
「や、やめて……!」
その声は、知っていた。
「──美桜?」
胸が冷える。
走る。息が乱れる。袋が手から落ちても気にしない。
暗がりの中で──彼女は地面に倒れていた。
制服のスカートは泥に汚れ、腕を無理やり引かれている。
男たちが2人。フードを深く被って、顔は見えない。
「……ッ」
蓮は動けなかった。
足がすくんで、喉が詰まり、ただただ光景を見ていた。
何か言わなきゃ、叫ばなきゃ、でも──声が出ない。
数秒後、男たちは彼女を突き放すようにして去っていった。
騒がれる前に退いた、という雰囲気だった。
雨の中、彼女は起き上がり、服を引き寄せるように抱きしめた。
「……レンくん、見てたんでしょ」
その声は、思ったよりも冷静だった。
でも、濡れた頬が震えているのは、きっと雨のせいじゃない。
「なんで……こんな目に遭わなきゃいけないの……」
「ねぇ、なんで誰も助けてくれないの……っ」
「……ごめん」
それしか言えなかった。
彼女は、黙って立ち上がった。蓮と視線を合わせることなく。
「……もう、いい。もう、無理だよ」
小さな声。
それを最後に、彼女はフードを被って、歩き去った。
蓮はその背中を、ただ見送るしかなかった。
──彼女と再び会うことは、なかった。
* * *