プロローグ ──雨の朝、正義は断ち切られた
「……今、日本政府は……解体された──」
雨の音が、テレビのノイズと混ざっていた。
チリチリと乱れた画面の奥で、誰かが震える声でそう告げた直後、映像は途切れた。
空は深い灰色に覆われていた。
ビルの隙間から差し込む朝の光さえ、何かを恐れるように地上を避けていた。
人々が集まっていた。
その中心、処刑台の上で、一人の老人が跪いている。
「これが……お前たちの正義か……っ」
白髪を濡らした総理──岸破 誠二は、よれたスーツのまま叫んだ。
その声は誰にも届かない。
周囲を囲んだのは、フードを被った無数の人影たち。
彼らの顔は、表情も、人間味も、何も見えなかった。
ただ、雨の中に立ち尽くす“黒い壁”。
「……いいか」
処刑人がゆっくりと斧を構える。「これが、お前の選んだ未来だ」
「……クソが……」
男はただ、誰にも届かない呪いを吐いた。
──次の瞬間。
振り下ろされた刃が、音もなく世界を断ち切った。
「……やったああああああああああああああっ!!」
群衆が一斉に叫んだ。
拳を突き上げ、足を鳴らし、泣きながら、笑いながら、歓声を上げた。
その喧騒の、はるか後ろ──人混みの端に、一人の青年が立っていた。
黒髪は雨に濡れて肌に張り付き、グレーのフードパーカーは重たくしなだれている。
両手は力なく下がり、口元には何の表情もなかった。
それでも──その目だけは、ずっと処刑台を見ていた。
「……これが、“暁の民”か……」
青年の名は、基山 蓮。
彼はまだ知らない。
この日の雨が、自分の人生を変える引き金になることを。
* * *