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第8話 勇者の作り方6

 慎二が、とにかくこの世界の人間と関わらないように心がけたのは、何も聖女を信じていないからだけではない。

 お年頃であるから、慎二だって髭ぐらい生える。しかし、この世界には安全カミソリもなければ、電動髭剃りもない。あるのは小刀だ。しかも、剃る時は石鹸を泡立てるのだ。あまりにもやり方が違いすぎて、慎二は最初随分戸惑った。けれど、無精髭を生やした勇者なんて体裁が悪いため、侍女に剃られてしまった。

 自分に刃物を当てられるのは当然怖かったし、なにより女性が間近に顔を寄せてくるのはかなり恥ずかしかった。それなので、慎二は何とか練習をして自分で剃れるようになるしか無かった。

 明るい昼間に、ゆっくりと石鹸を泡立てて鏡を見ながら髭を剃ってみたのだけれど、やはりなれなくて下から上へと刃を動かした時、頬を少し切ってしまった。その時垂れた血が、絨毯の上で丸く固まった。


「え?」


 最初、絨毯の毛に油があるから反発しているのかと思ったけれど、丸く固まった血がつまみ取れたのだ。それを見て、慎二は驚愕のあまり目を見開き、唾を飲み込んだ。目の前で起きたことが信じられなかった。

 軽いパニックを起こしながらも、慎二はその血の塊を洗面所に流そうとした。けれど、水を流しても血の塊は丸く固まったまま洗面台をクルクルと転がるだけで、新しく頬から垂れた血も、同じように丸く固まって洗面台をころがった。

 慌てて頬の傷を覚えたての治癒魔法でなおし、丸く固まった血の塊を排水溝に落とし込んだ。


「ちょっと待てよ」


 自分の手で口を抑えるも、その手は小刻みに震えている。とんでもなく恐ろしい事を知ってしまったかも知れない。

 ゆっくりとした足取りで、庭に出て、しゃがみこむ。目の前には土の地面がある。

 自分の中で湧き上がった仮定を確かめるために、短剣で指先を少しだけ傷つけて、血を数滴地面に落とした。

 落ちた血が、地面の上で丸くなった。


「………っ……」


 息を飲む。

 血の気が引くとはこのことなのかもしれない。自分の流した血が、地面に吸い込まれないのだ。討伐に出たさい、倒した魔物の血は地面に流れて染みを作っていた。

 魔物の血は地面に染み込むというのに、慎二の血は染み込まない。勇者であると言うのに、この世界から拒絶されているのだ。


 この現象が何よりの証拠だろう。


 世界から異物と認識されている、それが勇者。

 だからこそ、魔王を討伐するのに適している。

 もしかすると、この世界に拒否されているために、死なないのかもしれない。この世界に、命さえ拒否されているとしたら、瀕死の重症となっても死ねないかもしれない。そう考えると、恐ろしくなり慎二は魔法で自分の血の塊を消し去った。

 結界を貼っていたから、この心の動揺は聖女に知られることはなかっただろう。もっとも、祈りを捧げる時間にわざわざ慎二の部屋を覗くようなことはしないと思いたい。

 それから慎二は、訓練や討伐のさいに怪我をしないように心掛けた。うっかり血をながして、その血が地面を転がるんなんてことを見られてしまったら、そう考えると背筋が寒くなる。

 怪我をしないように心がけて動くようになり、慎二は更に強くなった。

 街にいる冒険者たちでは、全く慎二のサポートにならないほどに。

 慎二が、覚醒した時よりも随分と強くなった頃、聖女が、神託を新たに受けたと言ってきた。

 膨大な魔力を持つ異世界人を召喚せよ。

 その者と共に、魔王討伐に勇者は旅立つ。そう神託を受けたと聖女は真顔で言ってきた。

 それを聞いて、慎二は腸が煮えくり返りそうな程の怒りを覚えた。


 そんな神託がでたのか、本気で疑った。

 神託を受ける際、聖女は一人だ。

 誰かが一緒にいる訳では無い。


 神託を授ける神の声は、聖女にしか届かないと言う。

 だとすれば、それが嘘であっても誰にも分からないのだ。

 もしかすると、聖女と国王が結託をしているのかもしれない。そう疑いさえ持っていた。

 だから、召喚の儀式を行うと、城内に儀式のための魔法陣を描き始めたときは、心底驚いた。こんな魔法陣で呼び出されてしまうのかと、嫌になった。自分はどんな方法で殺されたのか、儀式の準備が進められるのを暗い気持ちで見守った。当然のようにあの魔道士クレシスも手伝っていた。

 黙って腕を組み、儀式の準備を見ている慎二の隣に、ジークフリートが、やってきた。


「興味があるのか?」


 返事をせずに目線だけを動かすと、ジークフリートは肩を竦めて見せた。


「そんな顔するなよ。お前だって、神託を受けた聖女が召喚したんだろ?なんか、転生だと聞いたけど。今回は転移なんだってな?何が違うんだ?」


 ジークフリートは転生と転移の違いが分かっていなかったようだ。それもそうだろう。目の前にいる慎二、勇者アレクはどう見ても異世界人の姿をしているのだから。この姿をみて、転生しているんです。なんて言われても、この世界のどんな親から生まれたのか謎が生まれるばかりだろう。

 慎二はめんどくさいと思いつつも、自分が勇者として覚醒した経緯を話して聞かせた。


「それは、凄いな」


 ジークフリートは純粋に驚いたようで、慎二の体をペタペタと無遠慮に触ってきた。


「凄いなアレク。勇者に覚醒してこの肉体を手に入れたのか!」


 ジークフリートは、バカ正直に神託が凄いとか、聖女の力は偉大だとか、やたらと褒めちぎった。それが聞こえたのか、魔法陣を描く聖女はだいぶドヤ顔をしたようだった。慎二はそれを見て、慌てて聖女に向かって微笑んだ。聖女を、慕っているという演技を怠る訳には行かない。

 そんな慎二を見て、ジークフリートは小声で言ってきた。


「アレク、お前聖女のやつに惚れてんのか?やめておけ」


 真顔で見つめられて、慎二は戸惑った。やめておけ?そんなことを言われたのは初めてだった。宰相も国王も、訓練に付き合ってくれた騎士も、部屋の掃除をしてくれる侍女も、誰もが微笑ましく見てくれていたのに。


「意味がわからねーんなら、聖女の歳を聞いてみるんだな」


 耳元でそう言うと、ジークフリートは儀式の部屋を後にした。慎二はポカンとした顔をしてしまったが、慌てて取り繕うように聖女を見た。

 まるで金糸のような髪を時折かきあげながら、魔法陣を描いている聖女。遠目からでも決めの細やかな肌は輝いて見える。ピカピカに磨きあげられた床に、魔道具で描いているからか、魔法陣はなかなか描きあがらない。

 その様子を見ていて、慎二は思わずハッとした。

 ジークフリートの言わんとしていた事に気づいてしまったのだ。思わず慎二は下を向いた。その行動は、聖女を見つめすぎてしまったことを恥じ入るかのように見えたのだろう。

 聖女の世話をする侍女たちが、なにやら囁きあっていた。

 慎二は全身が震えるのを止められなかった。辛うじてオートガードを貼り続けているから、この動揺は聖女にバレてはいないだろう。慎二はゆっくりと儀式の間を後にした。そうして、早足で自分の部屋へと戻っていく。

 誰にも見つからないように、魔法で気配を消す。そうして自分の部屋の前までたどり着いた時、慎二は足が止まった。


「待ってたぜ」


 当たり前の顔をして、ジークフリートが扉によりかかっていた。


「二人っきりで話をしないか?」


 そう切り出され、慎二はジークフリートを部屋に招き入れた。

 厳重な結界を張り巡らせると、ジークフリートは眉根を寄せてその結界に軽く触れた。


「なぜここまでする?」


 城の中にいれば、ここまでする必要がないほど安全であるはずなのに。


「女性たちが来るんですよ」


 慎二が困ったような顔をしてそう言うと、ジークフリートは片方の唇だけを上げて笑った。


「ババアに探られないためだろう?」


 言われて、慎二は小首を傾げた。どうにもジークフリートとは会話が噛み合わない。

 反応を示さない慎二に向かって、ジークフリートが歩み寄ってきた。


「これだけの結界を貼ってんだ、今更だろ?見たんだろ?聖女のババアの顔」


 言われて慎二の喉が鳴る。

 磨きあげられた床に、聖女の姿が映っていた。魔法陣の中の床にだけ、聖女の本当の姿が映し出されていたのだ。

 聖女が、いつから聖女なのかは知らないが、慎二を現代日本から転生させたというのなら、アレクの年齢から言っても十年以上は聖女をしているはずだ。


「俺がガキの頃から聖女は聖女だったぜ?」


 ジークフリートが慎二の顔を覗き込む。色々考え込んでいて、慎二は表情にゆとりがなかった。


「まぁ、お前が聖女に惚れていたと仮定して、だ。どうだい、アレでも惚れていられるのかい?」


 ジークフリートの言わんとすることがわかって、慎二は黙った。もとより惚れてなどいないから、なんと答えればいいのか。それを必死で考える。


「なぁ、隠し事はやめようぜ」


 ジークフリートの手が慎二の頬を撫でた。目があえは、ジークフリートは笑っていた。慎二は息を飲む。この世界のアレクよりは成長していて、17歳の高校二年生ではあるけれど、目の前にいるジークフリートは、さらに年上だ。加えて、この世界での色々を知っている。

 敵か味方か、それによってはこの後の言動を決め兼ねる。


「なぁ、お前が、聖女に惚れているなんて嘘だろう?」


 ジークフリートにそう言われて、慎二は体から力を抜いた。それを察したジークフリートは、今度は満面の笑みを浮かべたのだった。


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