第7話 勇者の作り方5
訓練が進むにつれて、慎二は時折城壁の外に連れ出された。
そんな時に同行するのは冒険者で、宰相が監視のように近くに馬車を停めて、魔物との戦いを見ていた。宰相の乗る馬車を護衛する騎士がいるものの、慎二たちの戦いには手を出しては来なかった。
慎二は同行する冒険者たちと、世間話をしながら移動していた。宰相は馬車に乗っているが、慎二たちは徒歩である。鎧をつけて歩くことも訓練の一環だと思えば、頑張って歩くというものだ。何かあったら、貰ったものは全て持ち出すつもりである。この鎧も、冒険者たちから見ればものすごく高価なものだろう。慎二には素材のことはまるで分からないが、魔物と戦っても、傷一つつかなければ、その性能の良さを知ることとなる。
「なぁ、あんたたちは俺と魔王討伐に行くのか?」
後ろにいる、騎士たちに聞こえないように慎二は尋ねる。
「え?あ…あの……」
突然聞かれて冒険者は戸惑っていた。
「普通に話をしてくれ。これはあんたたちの、試験かなんかなんだろ?」
「…あぁ、そうだ」
冒険者の喉がなる。恐らく、慎二には内密にことがすすめられているのだろう。
「よくあるパーティ編成だもんな。攻撃役の剣士に、魔道士と盾役の戦士か」
「冒険者としては、よくあるパーティだ」
盾役の戦士がそう言って、後ろにいる魔道士をみた。
魔道士は萎縮したように俯いてしまう。
「なんか、ある訳?」
慎二はその様子を不審に思って隣に立つ戦士に聞いてみる。
「そりゃ、あんたと一緒に魔王討伐に行ければ凄い名誉だけどな。下手すりゃ死ぬだろ?」
「普通に冒険者してても死ぬだろ?」
慎二が軽く言うと、戦士が笑った。
「確かにな、だが、この辺りの魔物と戦うのと、魔王と戦うのじゃリスクが桁違いだろ」
「名誉はいらない。って?」
「ああそうだ。俺たちは生きていけさえすればいい。そのために冒険者になったんだ」
「だよな、普通は」
そう言って、慎二は一人で魔物の首をきりおとす。盾役の戦士も、魔道士からの援護も使わなかった。命を狩ることに躊躇いがなくなっていた。魔法をある程度習得したため、怪我をしても自分で回復できるし、オートガードを発動できるようになったため、盾役の戦士も不要だった。
だから、それをあえて宰相に見せつけるように戦った。こいつらは不要だ。そう分からせるために動いた。
「っ、あんたな」
戦士が慌てて動くが、その前に慎二が全ての魔物を狩っていた。慎二の動きに着いて来れないパーティだと、宰相の目には映ったことだろう。
「これでいいだろう。あんたたちは不合格になるはずだ」
「どうして…」
魔道士が呆然と呟く。
「だって、あんたは女の子のでしょ?聖女が同行しないのに、なんであんたが同行するんだよ」
慎二は、そう言って踵を返す。もう、魔物を狩る必要は無い。ギルドで受けた依頼の魔物は規定数討伐できた。その証拠の魔石もポケットに入っている。
「これで依頼は完了だろ?」
戦士の掌に、拾った魔石を乗せると、ギルドからもらった依頼書に完了の文字が浮かび上がった。魔力のこもった依頼書で、内容が完了すると自動的に文字が浮かび上がってくる仕様になっていた。この仕組みは機密事項らしく、ギルドの一部職員にしか用紙の作成ができないらしい。
「依頼が完了したから帰る」
慎二は短く騎士に告げると、宰相に挨拶もせずに元来た道を一人で帰って行った。
そんなことを何度も繰り返しているうちに、魔王討伐に同行する戦士と魔道士が決められた。
結局は、パーティ丸ごとを慎二に同行させるのではなく、実力のある冒険者をスカウトする形になった。なので、当然だが自己顕示欲の強い者がやってきた。
剣士はジークフリート・ウィルクスと言い、冒険者でありながら貴族の子弟だった。相続の権利が無いらしく、城で働いて穀潰しとバカにされるぐらいなら、と、冒険者になったそうだ。
魔道士はクレシス・セグゼルと言い、国の研究機関からやってきた。選りすぐりのエリートだった。こちらも貴族の子弟だった。
顔合わせの時、慎二はどちらもとも仲良くは出来ないな。と直感で悟った。どちらも貴族である。剣士の方は平民の装いをしてはいるけれど、随分と仕立てのいい服を着ていた。
魔道士は、最初から威圧的だった。貴族の子弟で、国の研究機関で働き、エリートの魔道士だ。慎二を見るなり高圧的な態度で、接してきた。
「勇者とは言っても、異世界人。この世界においては元は平民じゃないか」
選民意識丸出しの言い方に、慎二は内心腹がたったが、困ったように眉根を寄せて聖女を見るにとどまった。自分では何も言い返さず、全ては聖女のお気に召すまま。そんな態度を取れば、聖女が鼻息荒くも口を開く。
「わたくしの召喚した勇者になにかご不満でも?」
そう言う聖女を、慎二はひたすらに見つめる。自分の心の内を悟られないように、とにかく聖女に縋るように見つめるのだ。
そうすれば、聖女は勝手に解釈をして、自分のプライドのために慎二を擁護するのだ。聖女である自分が神託を受けて召喚した勇者である慎二をバカにすることは、聖女である自分をバカにしている。そう言って高圧的な態度をとってくれる。
そんなやり取りを慎二は内心呆れながらみている。心の内を読まれないように常にオートガードをかけておき、聖女を見る時は縋るような目付きになったり、はにかむように下を向いたりととにかく演技した。
自分の部屋に結界を張ったのも、聖女に探られないようにするためなのだが、令嬢からの色仕掛けが怖いと言うことにしてある。
「アレク様はどうしてこんな結界を?」
聖女が宰相と尋ねてきた時、厳重な結界をみて聖女が驚いていた。もちろん、聖女の目を塞ぐためのものであるのだが、慎二はここで演技した。
「あ、すみません。あの、その…聖女様は、おひとりで?」
結界を解いて、扉を開け、聖女の姿を確認しながらも、慎二は俯きながら扉から手を離さない。
「いえ、宰相殿もいらっしゃいますよ」
聖女が、そういったのを聞いてから、慎二は少しだけ顔を上げて、宰相をみる。
「あ、ああ、宰相殿もいらしたんですね、ああ、良かった」
そう言いながら扉を開けるものの、辺りをキョロキョロと慎二はみる。
「どうかされましたか?」
宰相が、不審に思って口にすると、慎二は困ったような顔をして口を開く。
「あの…たまにご令嬢が、ここに、来ることがあるもので」
慎二はそう言いながら、ちらりと聖女をみて、慌てて顔を下に向けた。これだけで、聖女の機嫌を、取れたはずだ。
「……そうでしたか、それは宜しくないですな」
宰相はそう言いながら、チラと聖女をみて、その後慎二をじっくりと見た。慎二ははにかんだような笑顔を浮かべて、聖女をチラチラと見ている。それを見て、合点がいったかのような顔をした。
慎二の演技を間に受けてくれた宰相は、慎二に余計なことを教えてくれた。
「勇者様、聖女は神にその身を捧げておりますから、結婚は出来ないのです。が、もし仮に勇者様が魔王を討伐した暁には……なくはないかと」
そんなことを言われて、慎二は顔を両手のひらで覆ってしゃがみ込んだ。そう簡単に顔を赤くは出来ないので、こういうリアクションをとることで、上手く誤魔化す。
勇者は聖女に惚れている。
そう勝手に思ってくれれば有難い。
そうでもしないと、部屋に毎晩夜伽の相手を送り込まれて迷惑なのだ。
現代日本では高校二年生であったから、それなりに興味はあるけれど、それを口実に何をさせられるかわかったものではない。
とにかく慎二は、勇者は聖女を一途に思っている。そう世間に見られるように演技した。