第6話 勇者の作り方4
宴の席に出てきた料理は、アレクの人生では見たことがなかった。慎二の記憶で言うなら、ホテルのバイキングみたいだった。
立食パーティーの装いで、慎二は国王と聖女の挟まれて自己紹介をさせられた。それでも慎二はあくまでもアレクと名乗った。絶対に前世の名前を聖女に知られてはいけないと思ったのだ。
勇者としての慎二のお披露目は、随分と盛大だった。恐らく貴族と言われる人達が集められて、綺麗なドレスを着た娘が大勢いた。
この世界ではまだ、10歳程度だったのと、前世では高校生だったこともあり、慎二は香水と化粧品の匂いに辟易した。けれど、それを露骨に出すわけにもいかず、慎二は恥ずかしいかのように下を向くようにした。
それでも臭いものは臭いので、できるだけ口から息をするようにしたら、口ごもっているように見えたらしく、勇者は恥ずかしがり屋だと解釈された。
おかげで、貴族の娘たちは慎二に張り付く時間を短くしてくれた。勇者に嫌われたくないという思いがあるのだろう。
そんなふうに扱われている慎二のそばに、当たり前のように聖女がやってきた。召喚したのは自分なのだと誇示するためだとすぐにわかった。けれど、聖女を無下に扱うわけにはいかない。貴方のことを、信頼しています。と言う顔をして、隣に立つ聖女を見つめる。勇者は聖女しか見ていません。そんなふうに思われるように、慎二は聖女をみて、聖女の顔色を伺うように振舞った。
それだけで聖女の自尊心は満たされたようで、自分に対して満足そうな笑みを浮かべる聖女は、おおよそ聖女と呼ぶには躊躇うようなような顔をしていた。
翌日、宰相に連れられて行った先は訓練所だった。
勇者として覚醒はしたものの、慎二は現代日本の高校生だった。剣なんて握ったことなんてない。いや、そもそも殺生をした事なんてない。
アレクとして生きてきた記憶を辿れば、牛飼であった親の手伝いで牛の出産あの手伝いをしたことがあるし、村の肉屋に牛を卸して捌いているのを見たことがある。そんな記憶だ。
命は廻る。
命を食べているという自覚はある。
魚が海を泳いでいて、漁師がとって、捌かれてスーパーに並んで、それを買って来て食べていた。それくらい、わかっている。
けれど、だからといって、自分の手で命を狩って食に繋げたことは無い。
渡された剣は重く、片手で振り回すには無理があった。
「その剣を片手で操れるようにならないと、魔王とは戦えません」
稽古をつけてくれるという騎士がそう告げた。
そんなことを言われても、慎二は魔王なんて倒すつもりはサラサラなかった。けれど、ここは素直に従うのが得策だと理解している。こんな最初で反発をして、洗脳されたり最悪殺されたりなんて冗談ではないからだ。
慎二は、昨夜一人になった時に、自分の体を隅々まで確認した。勇者として覚醒して、黒髪黒目となった自分。しかし、鏡でよく見れば、それは紛れもなく日本人としての新田慎二だった。子どもの頃に怪我をした傷跡がしっかりと右肘に残っていた。ジャングルジムから落ちて切った左足のふくらはぎの傷跡もあった。
それはつまり、この体は紛れもなく新田慎二なのだ。
覚醒したことにより、日本人の新田慎二の体がこの世界に召喚されたと考えていいのだろう。
そう考えると、この世界の人間はだいぶ非力だ。
剣を渡された時、慎二が片手で持ったのを見て、周りの騎士たちがだいぶ驚いていたのだ。慎二は何も考えずに、渡された剣を鞘から抜いたのだが、その一連の動作を驚愕の目で見られていたことは気づいていた。
この世界の成人年齢は16歳。日本で言うところの義務教育を卒業すると大人なのだ。
だから、その歳で結婚するものも少なくはない。食生活と住環境の観点から考えれば、現代日本よりはるかに短い寿命。もちろん、魔王の存在があるからこそ、魔物がいて、それに殺されるということもある。
そのせいか、農業も発展が良くないようで、作物の成長もあまり良くない。魔法で何とかなる部分では補えきれないそんな事情がある。根本的に品種が良くない。もっと実り良い品種や、病気に強い品種、そう言う事がされていない。
ラノベに出てくる主人公なら、現代日本の知識を用いて農作物に対して知識を提供したり、魔法を用いて家電製品を再現したりと、あれこれチートを行使して真の勇者となることだろう。
しかし、慎二にはそんな気持ちはサラサラなかった。
どうして、何も知らない世界のために頑張れるというのだろうか。
全くそんな気持ちは起こらなかった。
どちらかと言うと、あの、聖女を出し抜いて元の世界に還る方法を探し出そうと考えていた。だが、そんなことをすぐに実行していいとは思っはいない。
タイミングを計らなくては。
だから、慎二は素直に訓練を受けることにした。勇者と言われたところで、中身は現代日本の高校生だ。剣の扱いなんて知らない。もし仮に、ここを逃げ出すような事になった場合、剣の扱いを覚えておかなければすぐに捕まるだろう。あとは、この世界の移動手段でもある馬の乗り方だ。
アレク出会った頃は、馬なんて貴重で高価なものは村に2頭しかいなかった。村長の家にいて、重要なことが会った時にだけ、村長とその護衛をする村の男が乗るためにいるだけだった。
だから、見たことはあるけれど、触ったことはない。牛飼いである父親は世話を任されていたが、貴重なものなので子どもたちは決して手伝いをさせて貰えなかった。
恐らく、勇者に相応しい馬をそのうち貰えると見越しているので、乗馬の訓練もあるだろう。
今はとにかく、従順なフリをしておく。
「勇者様は体が大きくて丈夫でいらっしゃるから、訓練のしがいがありますね」
慎二に剣の稽古をつけてくれる騎士は、最初こそ優しく打ち込んでくれていたものの、数日経つと容赦のない稽古になっていた。
それはもちろん、聖女の差し金である。自分の召喚した勇者が使い物にならないようでは意味がないからだ。徹底的に鍛えぬき、勇者一人でも魔王を倒せるほどに育てなくてはならないのだ。なぜなら、聖女は魔王討伐になんて行きたくないのである。
同行させる戦士と魔道士を探しているほどだ。回復役となるべき立場なのに、自分の役割さえ誰かに押し付けようとしているのだ。
それがわかったのは、訓練の手合わせで明らかに冒険者と思しき戦士がやってきた時だった。魔物との戦いになれている動きをする冒険者との手合わせを、わざわざ宰相に確認されたのだ。
剣を合わせて、慎二との相性を確認する試験だったらしい。一日で、四、五人の相手をさせららて、さすがに疲れ休憩している時にそんな話が聞こえてきたのだ。
離れているから大丈夫だと、思っていたようだが、慎二は覚えたての風魔法で、宰相たちの会話を盗み聞きしていた。魔王討伐に同行させる冒険者を選抜していると、そんな内容だった。
同行しないのは聖女だけでなく、国の騎士たちも同行しないという話だった。つまり、万が一失敗した時に、損失は召喚された異世界人と平民の冒険者。国の威信に、傷はつかない。そう言う魂胆だった。
それを知って、慎二はますます自分を鍛えることに集中した。そうして、勇者は真面目に魔王討伐を目標に掲げていると印象付けるのだった。




