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第3話 勇者の作り方1

勇者は、この世界に生まれ落ちた時は勇者はではなかった。至って普通の赤ん坊だった。

 首都から少し離れた農村の、牛飼の家に産まれた。

 牛飼の夫婦には、既に子どもが何人かいて、その子供たちは家の手伝いをよくする。農村によくある光景の普通の家だった。

 産まれた勇者も、普通に育てられ、兄弟仲良くよく遊び、喧嘩もし、村の学校に通い、普通に友だちも増えていった。

 そんな頃、御触れを持って兵士があちこちの村を訪問していた。適性検査を行うからと、村にいる男の子に試験を受けさせて回っているのだという。

 試験の内容は至って簡単だった。

 吊るされた丸太が飛んでくるのを避ける。

 ただ、それだけだった。

 学校に通っている男の子は、誰もがそれを受けさせられた。けれど、あまりにも簡単で、どの子も飛んでくる丸太を何事もなく綺麗に避けた。


「次」


 兵士の合図でアレクは指示された場所に立った。

 目の前にいる兵士が、手にした丸太を離すと、大きな木の枝に縛り付けられたロープに引かれて、丸太が真っ直ぐアレク目掛けて飛んでくる。それだけ見えるのだから、兵士が手を離した瞬間に、右か左に良ければいい。ただ、それだけの話しだ。


 なのに・・・


 丸太が迫り来るのを見た途端、アレクは胸が苦しくなった。一瞬で、色々な出来事が脳裏に浮かんでは消える。


「あっ!あぁぁ!!」


 飛んできた丸太を避けたものの、アレクは頭を抱えて叫び声を上げ続ける。

 その様子を見て、他の子ども達は驚いて騒ぎ出した。


 アレクが、試験に失敗した。


 それを見た村の学校の教師は青ざめた。まさか、自分の教え子が、失敗するなんて。

 もちろん、村長も大慌てだ。

 小さな村なのに、こんな簡単な試験を失敗するような子どもが、いただなんて。

 何たることかと、大人たちは騒いだ。だが、あの様子を見た兵士は声たかだかに御触れを読み上げだ。


「この者は合格である」


 予想外の声を聞き、村長を始めとした村の大人たちは驚いた。放牧のため村を離れていたアレクの父親は、呼びつけられて大慌てで駆けつけた。

 そうして、自分の息子が御触れの試験に合格したと告げられると、力なくその場に座り込んだ。

 頭を抱えて叫んでいたアレクは、いつの間にかに静かになっていた。

 兵士たちは、そんなアレクを布に包み、荷馬車に運び込む。

 それを見たアレクの両親は慌てて駆け寄った。


「む、息子をどこへ連れいかれるの行くというのです」


 兵士に縋るように問えば、兵士は満面の笑みで答えた。


「お触れの通り、合格したのだから首都に連れていく。これからこの子は城で暮らすのだ」


 そう言われても、アレクの両親はそう簡単に納得など出来やしない。なぜ直ぐに連れていくのか、わかれの挨拶もないのか。騒ぎ立てるアレクの両親に、兵士が何かを押し付けて言った。


「これで黙れ。それ以上騒ぎ立てれば容赦はしない」


 父親は、押し付けられた物がなんなのか手触りで察した。母親は、それを見て父親の腕に縋り付く。

 村長の傍に行った兵士が、何やらを囁くと、村長も満足そうに頷いておる。


「わかったな」


 兵士がもう一度言うと、村長は深く頷き、アレクの両親を見た。アレクの両親も深く頷く。

 兵士はそれを見て満足そうに笑うと、村長の肩を叩いて立ち去った。

 アレクを乗せた荷馬車は、砂埃を上げてあっいう間に村を出ていった。それに続く兵士も、騎馬に跨りついて行く。兵士の一団が見えなくなると、村長が村人たちに向かって声を上げた。


「この村に、アレクという名の子どもはいなかった。わかったな」


 誰も声を上げることが出来ず、黙ったまま頷いた。アレクの兄弟たちは、涙を流しながら両親に縋り付く。けれど、誰も何も話さないまま、無言で家へと帰って行った。

 3日後、村には立派な布や綿が届けられた。塩や砂糖も樽に入った物がある。それを村長の配分で分けられ、村人たちは二度とアレクの名前を口にしない事を約束させられた。幼い子ども達はしきりに理由を聞いていたが、学校でそううものだと教えられると、皆それを守った。


 この村から、アレクという名の男の子はいなくなった。





 荷馬車に揺られてアレクは首都に連れてこられた。

 ガタガタと揺られる荷馬車にいながら、アレクは全く目を覚まさなかった。

 布にくるまれて入るけれど、見張りの兵士はアレクの体を見つめている。僅かながら、アレクの腹の辺りがゆっくりと上下するのを見つめているのだ。

 その動きがある限り、この子どもは生きている。ただそれだけを見守り続けるだけで、兵士は布にくるまれたアレクの隣に座っていた。

 首都から近い村だったので、その日の夜には首都に入り、荷馬車はそのまま大通りを駆け抜けていく。

 先達が間に合ったのか、荷馬車が通る門は次々と開けられて、荷馬車が、通過すると直ぐに閉じられた。

 そうして荷馬車はどんどん奥に行き、城の門の前でようやく止まった。


「例の子どもは?」


 門の側には宰相が立っていた。

 深夜であるにもかかわらず、宰相の目は爛々と輝いている。側に焚かれた松明の炎を映しているからでは無いことは明白だった。


「こちらに」


 荷馬車から、布に包まれたアレクを兵士が差し出した。


「このまま連れてこい」


 宰相は顎で示すと、そのまま門の中へと消えていく。アレクを抱いた兵士は、そのまま宰相の後へと続いていく。

 城内はとても静かで、誰もいないかのようだった。

 宰相は後ろを振り返ることなく、城内を突き進む。

 そうしてたどり着いたのは、広間だった。


「ここに置け」


 宰相は広間の床を指し示した。

 言われた通りに兵士は布に包まれたままのアレクを置いた。


「ご苦労だったな」


 宰相が労いの言葉をかけると、兵士は膝を着いて挨拶をすると、直ぐに広間から立ち去った。


「それが、そうなのか」


 広間には、王がいた。

 静かに、玉座に座ってアレクを見る。

 暗い色をした髪は、夜の闇に溶けそうだった。閉じられた瞳の色は何色なのだろうか?聖女の神託が間違いなければ同じような暗い色をしているはずだ。

 そう、勇者であるならば、暗い髪色に暗い瞳の色をしているはず。目を覚ますまで確認は出来ないが、髪色は確かに暗い色をしている。

 いや、どんどんと色が深くなっていく。

 時間が経つほどに、どんどんと闇の色に変わっていく。


「なるほど、勇者として目覚めている最中か」


 王は感心したように呟いた。

 ここまで色が変化したとあっては、アレクを運んできた兵士たちも、次にアレクを見た時に気づくことは無いだろう。もちろんアレクの両親も、ここまで色が変わってしまっては、次にアレクを見た時に、これが自分の息子だとは気づくことも出来ないだろう。


 だが、それでいいのだ。

 勇者は聖女が召喚したのだ。


 別の世界で死んだものの魂を、聖女が召喚してこの世界の赤子の中に封じこんだ。肉体によく魂が溶け込んだ頃合を見計らって、勇者として覚醒させるべく、前世の記憶を取り戻させたのだ。

 だから、勇者は前世の姿を取り戻している。

 暗い色をした髪に、同じように暗い色をした瞳。

 それこそが、聖女が召喚した勇者の証である。

 王は結果に満足して、玉座から降りた。


「何かあったら呼べ」


「御意に」


 宰相は、王が立ち去るまで頭を下げてはいたが、扉が閉まる音がして、ゆっくりと頭を上げる。そうして、眠るように横たわる勇者を見た。


「さてさて、聖女の仕事は確かなようで」


 この世界の住人たちの思惑で、勇者は召喚され覚醒させられた。

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