第18話 ここから始まるあいうえお?
「いらっしゃーい。まってたよ」
ニコニコと人のよさそうな笑顔に出迎えられ、慎二はすこし拍子抜けした。いや、正確には思ってたんとだいぶ違くて内心の驚きがまったく隠せなかった。と言ってもいいだろう。なにしろ人数が多いのだ。
「まさか、歴代の勇者?」
慎二の後ろからやってきたジークフリートが、こたつに入っている黒髪黒目の少年たちを見て思わずつぶやいた。
「はいそーでーす」
「あ、こたつはいって」
「みかん食べる?甘いよ」
「金髪のおにーさんは紅茶かな?」
何やら楽しそうに声をかけられ、慎二はジークフリートをうながしてコタツの端に並んで入った。五人の歴代勇者?は何やら楽しそうにしながらお茶を入れたり、茶菓子を出したりしてきた。もちろん、出されたものは何もかもが日本人の慎二にとって懐かしいものばかりで、遠慮なんてする訳もなく、有難く頂戴したのは言うまでもなかった。
「…………」
湯のみで緑茶を飲んで、ほっと一息ついた慎二であったが、気がかりなことがひとつあった。部屋の奥に巨大なもふもふが鎮座している事だ。いわゆる人間をダメにするクッション系のなにかなのか、そこに誰かが埋もれているのが見えるのだ。いや、埋もれている人物には心当たりがあった。あるいがいない。ものすごく知っている。というか、なんというか、顔は見えないけれど、まず間違いがないだろう。ただ、確信はあるけれど、それを口にしてもいいのか慎二には決断が出来ないでいた。
「やっぱり気になるよね?」
歴代勇者の1人が声をかけてきた。それはそうだろう。慎二が、ひたすら見つめているのだから。
「僕は帰らないからね!」
確認するよりも先に自己申告してくれた。ありがたいのか、そうでないのか悩むところだ。
「ああ、うん。知ってる。俺も帰るつもりないし」
思わず条件反射的に慎二は答えたけれど、隣に座るジークフリートが意外そうな顔をしているのが、慎二にとっては意外だった。
「え?帰らないのか?」
「帰らないだろ。普通」
「いやいや、普通って」
「帰る理由がない」
「まぁ、そうかもしれんけど」
「そうだろう?」
「報告はどうするんだよ」
「あんたがやればいい」
「えー、おれ一人で帰るとか、鬼かよ」
「鬼じゃない。勇者だ」
「誰もそんな事は言ってないし、聞いてない」
一通りジークフリートとのやり取りを見ていた勇者の一人が慎二の湯呑にお茶を継ぎ足す。
「あ、どうも」
「一気にしゃべって喉が渇いたでしょ?」
人のよさそうな笑顔を向けられて、慎二もつい笑顔になる。どうにも、この空間には緊張感というものは存在しないらしい。
「ところで、だなぁ」
ジークフリートは、白磁のティーカップで優雅に紅茶を飲んでいるが、なにしろコタツに座っているのでなんともミスマッチの絵面である。ちなみに、着ていた鎧は適当に脱いで放置済みである。
「ええと、君たちは歴代勇者なわけだ。文献によると初代勇者は500年ぐらい前に現れたことになっているんだが?……その、なんだ、若い、よな?」
ジークフリートが言いたいことが何となく理解できた慎二は、自分の向かい側に座る人物の顔をよく見てみた。どこからどう見ても日本人で、同じクラスにいそうな顔立ちをしている。背格好や髪形、雰囲気から確実に年が近いと思われる。
「ああ、それね」
一人がそう口にすると、示し合わせたかのように歴代勇者の五人が顔を見合わせ頷いた。
「じゃあね、自己紹介も兼ねてざっくりと俺たちの身の上話をしてもいいかな?」
「それは願ったり叶ったりなんだけど」
そう答えて慎二はモフモフしたクッション?にしがみついている光輝を見た。
「ああ、彼ね。聖女のせいで闇落ちしたよね」
「今はしていないように見える」
「うん。もう治ってる」
「なんで?」
慎二が思ったままを口にすれば、勇者の一人が笑いながら答えてくれた。
「光輝君がしがみついてるアレ、何だと思う?」
言われて慎二は光輝がしがみついているモフモフしたものを凝視した。巨大なモフモフは、前世の記憶から想像するに、どうみても人間をダメにするクッションにしか見えない。
「あれね、フェンリル」
「フェンリル?」
驚きすぎて変な声が出た。
いやいや、どう見ても巨大なモフモフで、光輝は顔を埋めていて……フェンリルっていわゆるファンタジーではお約束の最強の魔物で、最近のモフモフブームで異世界ファンタジー物ではお供率ナンバーワンの最強モフモフである。
「光輝くんね、闇落ちしてこっちに飛んできたの。で、ここの手前の森でフェンリルに遭遇したわけ。フェンリルはさ、俺たちの守り神みたいな存在で、森をパトロールしてくれてるんだ」
「ああ」
「で、そんなときに闇落ちした光輝くんが飛んできたから、フェンリルが光輝くんを止めたわけだ」
「止めた?どうやって?」
ファンタジーあるあるで、真っ白なフェンリルは正義の証で、悪に染まると真っ黒な魔獣にかわるってあるある設定なのだけれど、どうもそうにはならなかったらしい。
「光輝くんがさ、フェンリルに突撃してきたんだよね」
「うん」
ありがちな展開に思わず慎二の喉が鳴った。
「そしたらさ、フェンリルがしがみついてきた光輝くんをベロンって舐めたんだ」
「は?」
「で、光輝くんが「もふもふだー」って」
「え?」
「で、それ以来離れないってわけ」
そして全員で光輝を見る。光輝はすっかりふにゃふにゃした顔をして、フェンリルだという白いモフモフにしがみついていた。そう言われれば、確かにフェンリルなのかもしれない。なんせ、慎二だってフェンリルなんか知らないのだ。アニメや漫画で見た限りではとにかくおおきな犬、もしくは狼だ。白くて長い毛がモフモフな巨大な犬にしか見えないけれど、それがフェンリルなのだと言われれば、それは確かにこの世界のフェロモンなのだろう。顔は見えないが、三角形の耳がこちらの様子を伺うようにぴくぴく動いているのが確認できた。
「光輝が無事なら俺はそれでいい」
慎二が城を出てきた理由はあくまでも光輝を探すためであって、魔王を倒すためではない。そもそも魔王なんてものは存在しないようなので、あの聖女のために魔力を送ってやることはないわけだ。
「それじゃあ、改めまして自己紹介するね。俺は田中正士初代勇者で日本の高校二年生」
「俺は二代目勇者田中朗、同じく日本の高校二年生」
「同じく二代目賢者の新田正義日本の高校二年生、正士とは同級生だよ」
「三代目勇者佐藤優也日本から来ました高校二年生」
「優也の幼馴染森本伸大、同じく高校二年生」
元気よく挨拶されて、慎二もそれにこたえることにした。
「俺は新田慎二、この世界に転生してきた。だが、勇者に目覚めた時になぜか日本人の姿に戻っていたんだ」
慎二の話を聞いて、他の五人が珍しそうに慎二を見た。
「転生かぁ、でも光輝くんは召喚されたんだよね?」
正義が光輝に問いかける。
「そうだよ。足元に魔方陣ができて、この聖女に拉致されたんだ。聖女はショタコンなんだよ。全員高校二年生なんて、性癖としか思えない」
光輝がそんなことを口にしたものだから、優也がぷっと噴出した。
「ショタコンって、俺たちじゃちょっとどころかだいぶショタじゃないよ。そんなにかわいい顔してないだろ?」
「まあ、高2をかわいいとは思わないよね」
「聞いたことあるぞ。大人と子どもの境目の危うさが好きっていうやつ。確かに性癖といえば性癖だな」
歴代勇者たちが勝手にしゃべり、慎二はそれを黙って聞いていたが、隣に座るジークフリートがだいぶうんざりした顔をしている。
「性癖と言えばさ、聖女のあの格好」
「そー、それそれ。なんか時代がさぁ」
「昭和感あふれてるよな」
「聖女は転生者だと思うんだよね。そう思わない?」
急にそんな話題を振られて慎二は驚いたが、確かに心の底で怪しんでいたのは確かだ。
「あのホルターネックの服だろ?」
「そ、おまけに金髪で口元のほくろ」
「完全にあの女優だよな」
「そーそー」
歴代勇者が盛り上がるのをジークフリートは黙って聞いていた。なにしろ、話の内容がまったくわからないからだ。
「ああ、あの永遠のセックスシンボルとか言われてる」
慎二はようやく誰のことを言っているのか理解した。映像でしか見たことがないが、あのスカートがめくれるワンシーンの女優のことだろう。
「そ、アメリカ好きの人の部屋にポスター貼られてるよね」
「あの映画女優のまんまの格好だろ?」
「確かに、聖女の服装はこの世界の感覚とかけ離れてはいるな」
ジークフリートはずっと思っていたことを口にした。なんとも言えない聖女への違和感は、ここにいる歴代勇者の会話から答えが出てきた。
「やっぱり、聖女はこの世界の人間ではなかったてことか」
ジークフリートがそうつぶやけば、歴代の勇者隊が一様に首を縦に振った。
「だっておかしいじゃん。聖女は何年あの姿なわけ?俺が知る限りもう500年以上たってんだぜ?」
「ああそれな。本当の姿はしわくちゃのババアだったぞ」
ジークフリートはあの日床に映し出された聖女の姿を思い出した。それは慎二も同じで、真っ白な大理石の床に映し出された聖女の姿はさながらおとぎ話に出てくる魔女のようだった。