第15話 灯台下暗し
「アレが魔王城?」
慎二は抜けるような青空に似つかわしくない真っ黒な山を指さした。なんと言ったらいいのか、王都を出たら目的の場所がずっと見えていたのだ。遠くの景色と同化して、山脈の一部ぐらいに思っていたのだが、場所を聞いて改めてそちらの方角を見てみれば、確かに真っ黒な山があった。
「みたいだなぁ」
馬に跨り地図を片手にジークフリートも拍子抜けした様子である。いわゆるあれだ、灯台下暗し的なものだ。遠くにあると思っていた魔王城だが、実は近くにあった。いや、大きいから近くにあるように見えるけれど、徒歩だと泣きそうになるぐらい遠いだろう。日本でいえば富士山のようなもので、この国のどこからでも見えてしまう魔王城なのであった。
「なんで王都にいた時は見えなかったんだ?」
「その辺が、まぁ、聖女のくだらない魔法なんだろうな」
ジークフリートも呆れてしまうのにはわけがあった。何しろこちらの冒険者ギルドで地図を買ったら、普通に魔王城が描かれていて、その回りの地域は危険地帯とあったのだ。つまり、王都で売られている地図とは違ったわけだ。
「くだらない真似しやがってああのババァ」
慎二は思いっきり悪口を口にしていた。もう今更周りを気にするつもりもないらしい。思った事をそのまま口にすることに決めたようだ。
「勇者様はなかなか、口が悪い」
「当たり前だろ。この世界では田舎の平民に生まれたんだぞ。日本にいた時は普通の高校生だ。普段使いで丁寧語や尊敬語なんか使うわけないだろう」
しれっと答えると慎二は馬を進めた。目的地は分かっているし、後戻りもするつもりは無い。とにかく目的の魔王城とやらにさっさと辿り着きたい。幸い馬は勝手に歩いてくれるから、話しながらでも特に問題はなかった。
「一日中歩かせるつもりか?」
後ろを着いてくるジークフリートが聞いてくる。
「ちゃんと休ませるよ。大切な馬だからな」
魔法で水は出せるし、旅の支度として収納カバンを貰っている。無制限では無いが結構な量が入るので、馬の餌と自分の食料を大量に詰め込んできた。もちろん米もあるし鍋もある。光輝にもう一度おにぎりを食べさせるのだ。
「じゃあ、ゆっくり進むとして、一、二回は野宿だな」
「別に構わない。結界が張れるから」
「そりゃ安心だ」
馬の上でジークフリートはおどけて見せたが、時折振り返っては誰も着いてきていないことを確認していた。そんなことを言っても、周りには何も無いから他に誰かがいたら丸見えではあるのだけれど。
「見た感じゴブリンぐらいしか見えねぇな」
ゆっくりと馬を進ませてやってきたのは魔王城のお膝元とも言える森だった。まぁこの手の設定ならお約束いたしとも言えるだろう。鬱蒼とした森は陽の光があまり届かず、どちらかと言うと樹海といった方が日本人には馴染みのある景色だった。
「足元も土が湿ってる」
馬の背に乗っているからあまり関係は無いが、馬が歩きにくそうにしているのは分かる。木々の向こうに時折見えるおかしな人影は、確かにゴブリンなのだろう。訓練で戦っていたのは大型の魔物が多く、小型の魔物は角の生えたウサギとかやたらと口の大きい狼だった。冒険物ラノベのお約束とも言えるゴブリンが今更ながらに登場してきて、慎二は少し興奮していた。
「こいつらって巣があるのかな?」
「あるだろ。こんなところ冒険者も来やしないだろうからそこそこデカくなってるだろうな」
「リーダーとかいるのか?ゴブリンキングみたいな」
思わずはしゃいだ声を出す慎二にジークフリートは呆れ顔だ。
「まさかお前、わざわざゴブリン駆除するつもりか?」
目的がわかっている以上寄り道なんてするつもりのないジークフリートは、うんざりした顔をして見せた。町や村の近くにゴブリンの巣ができた場合、冒険者が駆除の依頼を受ける。被害が出る前に手を打つのだが、人の姿をしていてもそこは魔物だ。どうにも汚くて臭いのだ。やはり魔物だから衛生観念というものがないのだろう。ジークフリートは金に困らなければもうやりたくは無いと心に誓ったほどだった。
「いや、ちょっと興味があっただけ」
「じゃあ、やめてくれ」
「わかったよ」
慎二はそう答えて馬を歩かせる。鬱蒼とした森、もはや樹海の中であっても行きたい方向はしっかりと分かるから不思議だ。この能力さえ聖女から与えられたのかと思うとイラッとするのだが、今はありがたく使わせてもらう慎二なのであった。
「上か?」
真っ黒な山の麓にたどり着き、上を見上げてみる。さすがに地図に魔王城が山のどこら辺にあるのかまでは書かれてはいなかった。当たり前だが誰も行ったことがないからだ。
「馬じゃ登れないぜ」
何となく道のようになっているのは、多分ゴブリンたちが歩いた跡だろう。小さな足跡が僅かに残っている。この山の中に巣への入口があることは確かだ。冒険物のお約束で下の方には経験値の少ない雑魚がいて、上の方に行くととんでもない強敵が居るものだ。果たして闇落ちした光輝は本当に魔王となっているのだろうか?そんな不安を胸に抱き、慎二は黙って山の中の道を歩いた。
途中から道なのかなんなのかよく分からない箇所が何度もあった。それはいわゆるけもの道で、この山の中で暮らす魔物たちが歩いて作った自然の道だった。だからやたらと道幅があるところもあれば、細すぎて足元注意の箇所もあった。一つだけ分かることは、この道を光輝が歩いていないということだった。
「なぁ、本当に魔王城なんてあるのか?」
「俺が知るわけないだろう」
「だよな」
ただただ土だか岩だかでできた内部を上を目指して歩いているだけで、明確に魔王城が頂上にあるなんて分からないで歩いている。戦闘がないだけマシなのだが、休憩しようにもなかなか適当な場所があるないのが致命的だった。
遠くから見れば頂上が城のようなシルエットに見えたけれど、近づくと木が邪魔でよく見えなかった。だから頂上がほんとうに魔王城なのか分からないまひたすらうえを目指している状態なのだ。
「なんか、そこそこ開けてきたな」
それなりに平らな地面を久しぶりに見て、ジークフリートがほっとしたような声を出した。明らかに土と岩で出来た地面だが、それなりに平である程度まで見渡せた。強いていえば天井が低いことが不満ではある。
「ゴブリンの巣って、ことはないよな?」
慎二の頭に嫌な言葉が過ぎった。日本にいた時に遊んでいたダンジョン型のゲームでは、こういった開けたフロアに一歩踏み込んだ途端に音楽が変わり、モンスターハウスだったとか、トラップを踏んでボス部屋に飛ばされる。とかそんな事がよくあった。まぁ、見た感じ足元にトラップはなさそうだけれど、それ以前になんの気配もない。
「変なこと言うなよ。なんの気配もないけれど……っと」
グルり見渡していたジークフリートの目線がある一箇所で止まった。
「こりゃ、何もいないわけだ」
ジークフリートの目線の先を見て、慎二は首を傾げた。
「アレはなんだ?」
明るいから壁がなくて陽の光が入り込んでいる辺に何科が見えた。ほぼ、土と岩なのだが、その辺だけ何かかたちのある物が置いてある。
「巣だよ」
「え?ゴブリンの巣じゃないって、言ったじゃないか」
「ゴブリンの巣じゃねぇよ。もっとやべーもんの巣だよ」
ジークフリートはそう言って慎二を引きずるようにして暗がりの方へと移動した。
「気配はないけどな、アレはドラゴンの巣だよ」
「ドラゴン?」
そんなものがいるだなんて聞いたことがない。いない魔王をいると言い、存在するドラゴンの事を話さない。一体聖女は勇者に何をさせたいのだろう?ドラゴンと言ったら膨大な間力を持っていると言うのが通説だと思うのだが、何故聖女はドラゴンの存在を慎二に話さなかったのだろうか?いや、城にいた騎士たちからさえも聞いたことは無い。それとも、この世界の片隅にドラゴンは魔力を持たないのだろうか?でも、こんな高いところに巣を作っているのだから、空を飛べるのではないのだろうか?
「ドラゴン知ってるのか?」
「え?そりゃ、向こうの世界にいた時にはファンタジーと言えばドラゴンってぐらい定番中の定番のモンスターだったけど」
慎二がそう答えると、ジークフリートは納得したような顔をした。
「だからか聖女は勇者にドラゴンの存在を教えないのか」
「え?」
「異世界から来た勇者はドラゴンがどんの存在なのか知ってるんだろ?」
「まぁ、それなりには。ただ、作品によって扱いが違うからなぁ」
「作品?って、なんだ?居ないのか?ドラゴン」
「いやいや、いるわけないだろ。前にも言ったとおり俺たちのいた日本は平和そのものだった。戦争もなければ命の危険に晒されるようなことも無いし、人を襲う魔物とか猛獣なんてものも存在しなかったんだよ」
改めて慎二がそう言うと、ジークフリートはしばらく考えてから口を開いた。
「じゃあなんで知ってるんだよ。ドラゴンを」
「だから、俺たちのいた日本でドラゴンは架空の生き物なんだよ。おとぎ話に出てくるレベルの存在」
「おとぎ話……って」
「だから、作品ごとに扱いが違う。悪しき使者の時もあれば知恵をさずける全知全能の神の時もある。ゲームなんかだと最凶の敵モンスターとして出てくることが多いな。倒すとすげー経験値とレアアイテムが手に入る」
「経験値?レア?なんだそりゃ」
聞いた事のない言葉にジークフリートが驚きすぎて難度も瞬きを繰り返した。
「だから、架空の存在だったんだよ。共通してるのはひたすら強い。ってこと」
「そいつは間違いのない認識だ」
ジークフリートはふぅ、とため息をついて遠くに見えるドラゴンの巣を見た。
「静かだから今は卵が無さそうだ」
「分かるのか?」
「卵が会ったらメスのドラゴンが交代で見張りをしている。ほら、ゴブリンとかが卵を盗むからな」
「やっぱり盗んむんだ」
「そりゃ栄養豊富だからな」
「運ぶのか?ゴブリンが」
「いいや、転がして落とすんだよ。割れたらその場で食っちまうだけだからな」
「それで下にゴブリンがやたらといたのか」
「上にドラゴンがいたんんじゃな。ある程度体のでかいモンスターは餌にされちまうからな」
そんなことを言ってジークフリートは立ち上がった。
「だから、ここには用はない。さっさと上に行ってみようぜ」
「わかった」