第14話 手掛かりは
結局、冒険者ギルドでは大した情報は得られなかった。光輝については。
「魔王の城なんかあったのかよ」
移動する気力が起きなかったので、そのまま宿屋を取った。そうして鎧を外してベッドに大の字に倒れ込むと、慎二はギルドで聞いた情報を口にした。それは、本来なら聖女から教えられているはずのものだった。
「そりゃあるだろう。召喚した勇者様に目的地がないなんて有り得ないからな」
ジークフリートは鎧を外し終えると、慎二の寝転ぶベッドの端に腰掛けた。そうして足元の方から慎二を見る。
「あんたは知っていたのか?」
「いんや知らねぇ」
ジークフリートは頭を振った。騎士としては随分と格上に位置するはずのジークフリートが知らないのは意外だった。
「魔王の城の場所も知らないで、騎士は何から城を守っているんだ?」
「それな」
ジークフリートは指を弾いて簡潔に答えた。全くもって軽い男だ。
「あのな……」
ジークフリートのあまりの軽さに慎二は呆れながら起き上がった。
「なんだい?勇者様」
鎧を脱いだジークフリートは結構筋肉質だった。城にいた騎士たちよりも確かに鍛えてはいるようだ。だが、手にしているものが頂けない。
「なんで、酒持ってんだよ」
「だめか?」
「危ないだろう?」
「大丈夫だよ。襲われることは無い」
「だが」
「考えても見ろよ。聖女はお前にあの坊やを殺して欲しいんだぜ?途中でお前が死んだらあの坊やから大量の魔力を奪えないだろう?」
そう言ってジークフリートは酒の瓶を煽った。上向きで伸びた喉では喉仏画上下する。
「お前も飲むか?勇者様」
そう言って差し出されたけれど、慎二はすげなく首を振る。勇者として覚醒して、色々思い出してしまったからだ。この身体は日本で高校生だった。つまり未成年者。酒を飲める年齢では無い。この異世界でだって本来は子どもの年齢だ。
「いや、酒はダメだ」
「そうか」
ジークフリートは何か納得したようで、残りの酒をそのまま飲み干した。それにしても、ツマミも何もなしに酒を一気に飲み干せるだなんて、さすがは異世界だと言うべきなのか、慎二には不思議でならない。日本初にいた頃は、確か売り物の鮭にはアルコール度数というものが表記されていたはずだが、この世界では見たことがない。
「その酒って、強いのか?」
「んあ?」
突拍子もない質問が来て、ジークフリートは首を傾げた。
「強い?んん、ああ。そんなでもないな。ただ酒ってだけだ。お貴族様が飲むような酒はのどごしが良かったり、味わいがあったりするけどな。下町で平民が口にするのはただ酒なだけだ。酔えりゃいいんだよ」
それを聞いて慎二は内心ホッとした。どうやら異世界転生させられた他の誰かが知識チートなどをしてはいないようだ。米はあったが扱いはヨーロッパの方と同じようで主食と言う扱いはされていなかった。砂糖で煮られていたり、ケーキの中に入っていたりして驚きはしたが、勇者の肩書きである程度手に入れられたのでありがたくまとめて持ち出しをしてある。鍋を使って炊くのは手間だが、それでも粒の丸い米が炊けた時は嬉しかった。それをおにぎりにして光輝に食べさせたのだ。だからもう一度食べさせたい。殺すなんて、そんな事できるはずがないのだ。
「俺の他に異世界人はいないってことか」
「なんでそうなる?」
「いや、そうだな、なんて説明すればいい……チート?」
「なんだよ。チートって」
聞きなれない丹後にジークフリートが聞いてくる。どうやらそんなにことばも普及しないほど、以前召喚された勇者は外の世界と遮断されていたようだ。
「平たく言えばズル、かな。」
適切な言葉が上手く思い浮かばなかった慎二は、何となく思い浮かんだ言葉を口にした。異世界もののラノベでよく見る知識チートだが、現代知識を利用して異世界で楽をしたり得をしたりするようなものだから、まぁ平たく言ってズルでいいだろう。
「ズル?なんか悪いことするのか?異世界人は」
「平たく言うと、かな。俺たち召喚された日本人はかなり文明が進んだ世界で生きていたんだ。それこそ光輝が言っていたように魔物なんかいないし、戦わないし、安全で書いてきな生活が保証されていた。特に俺たちのいた日本は身分制度なんかなくて、国民は法の下の平等が一応保証されていた。貧富の差はあったけど、一応国が最低限度の生活保障はしてくれていたから、まぁ何とかなるのかな?身近にはいなかったけど」
「へぇ、興味深いな」
「なんで日本人ばっかり召喚されるんだろうってかんがえるけど、こっちの世界から見たら俺たち日本人の黒髪黒目が特殊なんだろうな。目立つし」
「まぁ、目立つな」
ジークフリートはそう言って慎二の黒神を見た。色々な髪色の人がいるが、ここまで黒いのはほぼ居ない。陽の光に当たればそれなりに茶色いものだ。
「目立つから日本人を選ぶんだと俺は推測してる。あと日本人って事なかれ主義って言うか、ことわざに『長い物には巻かれろ』っていうのがあるくらい、成り行きに任せる文化があるんだよな」
「つまり、逆らわないって事か」
「まぁ、そう。子どもの頃から集団で学んでいるから、そこからはみ出ないように擦るのが当たり前みたいな感覚を持ってたりするんだよ。先生の言うことを聞きましょう。って刷り込まれてるから」
「こっちに来たら聖女の言うことをききまそょう。ってか?」
「まぁ、そんな感じかな?年子保の男子は聖女みたいなセクシー系に憧れるしな」
「大抵の男はそうだろ。女の色香に惑わされるんだ。あの聖女、傾国の美女だったらしいぜ」
「へぇ」
「なんでも複数の国の王様から求婚されたらしくてな、この国の王が一番いいものを聖女に差し出したからこの国に来たって話しだ」
「…………」
「まぁ、昔話だけどな。前に言ったとおり、聖女は俺が子供の頃から聖女だったんだよ。いつからこの国にいるのかほんと知らねーんだ」
ジークフリートはそれだけ言うと、話しは終わったのか自分のベッドに潜り込み、すぐさま寝息をたてた。慎二はなんだか拍子抜けした気分になったが、確かに誰も慎二のかけた結界に何もしては来なかった。本当に、ただ聖女が魔力を欲しがっているだけなのだとしたら、きっと難なく闇落ちした光輝のところにたどり着くことだろう。