表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/32

第1話 始まり

王宮の一室で、泣き声が響き渡っていた。

 赤子ではない。子どもの泣き声だ。


「ひぃっく、 うっ、うっ」


 大勢が見ているにもかかわらず、誰それ構わずただ泣き続けるその姿に、誰も手を差し伸べることが出来ないでいた。


「嫌だよ、嫌だぁ」


 駄々っ子のように泣き叫び、誰の手も拒否してひたすら泣き続ける。

 彼の周りを取り囲む大人たちは、どうすることも出来ずにただ黙って見ているしか無かった。



 召喚の儀式が行われたのはつい先程。

 勇者と共に魔王を倒すチカラを持った者を、異世界より召喚したのである。

 儀式は成功だった。

 魔王に匹敵するほどの魔力を持った少年が召喚されたのだ。儀式を行った術士たちは歓喜した。

 それを見守る国王も、兵士たちも儀式の成功を喜んでいた。

 それなのに、召喚された少年は勇者が声をかけると体を大きくビクつかせ、そして盛大に泣き出したのである。それは驚くほど大きな声であった。


「ごめん、その…話を聞いて欲しい」


 勇者がそっと少年の肩に手をかけた。

 途端、少年はキツい目で勇者を睨んだ。


「話なんて聞かないからね。こんなの単なる誘拐なんだから」


 少年は勇者の手を払うと、両手をギュッと握りしめた。唇をキツく閉じて、拒絶するように両目も閉じる。だが、閉じたはずの両目からは、再び涙の雫がこぼれ落ちた。



 少年があまりにも泣くので、仕方なく勇者が少年を抱き抱えて運んだ。

 召喚した魔道士を住まわせるための部屋は、既に用意されていた。そこに少年を運び込む。

 もう声は出さないけれど、少年はまだ涙を流していた。どうやっても、涙が止まる様子はなく、勇者はひたすらに少年の頭を撫でていた。

 本当は、一緒に旅をする聖女や剣士もいたのだけれど、彼らは泣き喚く少年が煩わしくて勇者に押し付けてしまったのだ。


「ごめんね、泣かないで」


「無理っ」


 少年は頭を撫でる勇者の手が煩わしいとは思うものの、払う気持ちはなくて、座らされたソファーの上で取り敢えず大人しくなった。


「泣いたから喉が渇いただろう?」


 勇者は少年を安心させるため、コップの水を一口飲んでから勧めた。


「ありがとう」


 少年はコップを受け取ると、水を美味しそうに飲んだ。本当に、泣き叫んだせいで喉が乾いていたのだ。

 水を飲んで少し落ち着いた。

 最初とは違う部屋に来ているのはわかっている。


「ここって、本当に異世界なんだね」


 落ち着いて最初に言った言葉がこれだ。

 最初の部屋からこの部屋に来るまで、とても長い廊下を通った。とても映画の撮影なんかで作られたセットとは思えなかった。窓から見える景色も、テレビやネットで見る外国の庭園とは違っていた。

 作り物にしか見えない巨大な花が咲いていて、兵士が警護のために歩いている。兵士は鎧姿で、動きに合わせてガチャガチャと金属の擦れる音が聞こえていた。

 抱き抱えられた体勢で、勇者にバレないように自分の掌をみれば、おかしな模様が刻まれていた。ゲームやラノベでみるような、所謂魔法陣にしか思えない。

 指先で擦ってみたけれど、落ちる気配はなかった。

 その掌を勇者に見せると、勇者は眉をひそめた。


「召喚されてもこの模様が付けられるのか」


 そう言って、勇者は手袋を外して自分の手を見せてきた。


「あっ」


 勇者の掌にも、同じ模様が刻まれていた。



 ───────



「全く、何なのかしら」


 儀式の間から控えの間に移動して、猫足の豪奢なソファーに腰かけて、不満を口にしたのは召喚の儀式を行った聖女だった。

 優雅な仕草でカップを手にして、お茶を口にする。片手でかきあげる豪奢な金髪は腰まであった。肌はきめ細かく象牙の様に滑らかだ。

 向かいあわせのソファーに座るのは、儀式に立ち会った剣士で大分難しい顔をしていた。


「使い物になるんですか?あの少年」


「魔力はめちゃくちゃあったわよ。私の何万倍もね」


 そう言って、聖女はカップを乱暴にソーサーにおいた。ガチャンという乱暴な音が聞こえたが、剣士は聞こえないふりをした。聖女が、そんな音をたてるわけがないのだ。


「魔力を使いこなせるように訓練をさせないと」


 聖女がそう言うと、控えていた魔道士が動いた。


「では、明日からでも?」


「そうしてちょうだい。使い物にならないなんて、私の恥だわ」


「かしこまりました」


 魔道士は恭しく頭を下げると、退出して行った。

 聖女は自分に従順な者には寛大だ。だからこそ、


「勇者のくせに、私の言うことをきかないのも問題だわ」


「たしか、あれの手にも紋章がありましたね」


「そうよ、あれも呼び出されたのだもの。転生と言う形ではあるけれどね」


 こともなげに聖女は言うけれど、異世界の者をこの世界に連れ込むのは至難の業である。高い魔力とそれに伴う神の力が必要で、それを行える聖女は大変な実力の持ち主であると言えるのだ。

 だがしかし、と剣士は思う。この聖女、少々調子に乗りすぎでは無いだろうか?魔族を討伐するのに、勇者を転生させただけでなく、魔道士を召喚するだなんて、やり過ぎとしか思えない。そこまでして魔族を討伐したいのか。


「そんなにまで、異世界の者は力があると?」


「そうよ、それに…」


 聖女が赤い唇を開いて言った。


「失敗しても死ぬのは私たちじゃないでしょう?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ