夢の開帳、野望の暴露
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目を開けた時、周りが真っ暗だったので小さく悲鳴を上げた。
外は珍しく晴れているのか、窓から差し込んだ月明かりで、室内は青黒い闇に包まれている。
__今日は青い月の夜のようだ……。
「ひっ」
投げ出した義手に何かが触れ、弾かれたように引っ込める。
何かが、ベッドの縁で腰を下ろしていた。
「ふっ__余の顔を見忘れたか……?」
言いながら、ソレは小さな手の甲で私の頬に触れる。
「ぁ……でん、か……?」
青い暗闇の中から、目に染みるような煌々と降り注ぐ月光にゆっくりと照らし出されたのは、就寝用の長衣を着たアルマトラスだった。
「うむ、苦しゅうないぞ紅蘭ちゃん。ゆるりと過ごすが良い」
自身の膝の上に、私の尻尾の龍の頭を乗せて、アルマトラスは微笑む。
彼女の顔を見て、どこか安堵した自分がいた。
「発作のことは聞いたぞ」
「……申し、わけ……ぁ__」
手を握られて、最後まで喋れなかった。
「なぜ謝る? 心配されるのは嫌か?」
小首を傾げながら、皇女は言った。熾火のような瞳が、自ら光を放つかのように暗闇で爛々と私を映している。
「ご迷惑、では……」
「許す。余は寛大だからな」
言いながら隣に寝転んだアルマトラスは、私の頭を自身の胸へと引き寄せる。
「__ぁ、……で、殿下、お離れに……あたくしの病が伝染ってしまいます……!」
「ふっ……余は無敵だ。それに紅蘭ちゃんの体内にあった病なら、むしろ欲しいくらいだ! フハハハハハハハハハ!」
「で、殿下……」
気恥ずかしさで、顔が熱くなる。
同時に、私の全てを受け入れてくれていると思うと、嬉しくなり、愛おしくなり__
無意識のうちに、私はその小さい背中に腕を回していた。
「フハハハハ! 今宵は存分に余に甘えるが良い! 余が許す!」
「……はい、殿下……」
心音と、体温と、ときおり頭と耳を撫でられる感触が心地良い……。
まるで母様に抱きしめられているかのような、久しく感じなかった優しい温もりに、思わず細めた目尻が滲み、知らず知らずのうちに喉から嗚咽が漏れ出していた。
「__お前のことは、朱里から大体は聞いておる」
しばらく黙っていたアルマトラスは、そう口を開いた。
「まあ、能力については、聞いておらなんだが……兎も角、毒であるならば伝染る心配はないだろ?」
その問いに、私は首を横に振る。
「でしたら尚の事。死に体のあたくしよりも他の方を娶るべきです、殿下__あたくしは、明日をも知れぬ身です故に」
起伏の乏しい胸板に顔を埋めながら、私は言った。
ふん、と、アルマトラスは鼻を鳴らす。
「嫌だね。余はお前を死なせないし、お前以外の女を娶るつもりはない__まぁ、愛ではするが」
「……アルマトラス様。貴女様は、何故あたくしを妻として娶ったのですか? 子も成せず、明日をも知れず、夜伽すら満足に出来ない。そんなあたくしを、何故……?」
それは兼ねてからの疑問だった。
能力を欲したわけではなく、欲の捌け口にするでもなく。
そもそも籠の鳥だった私のことをどうやって知ったのか?
「__お前の野望が余の夢の道中にあったからだ」
「え……?」
思わず、顔を上げた。
「朱里はかつてレンオアムでお前の母上に仕えていた。だから知ってるんだ、お前のことも、お前とお前の母上に何があったのかも、お前がずっと抱いている野心も」
「……っ!」
__薄々。そうなんじゃないかと思っていた。
このカタフニア大陸の者にしては、彼女は名前がこちら寄りだったから……。
「お前の野望の果てが余の夢の果てだ。だから、妻に娶った。どうせ伴侶とするなら、同じ道を歩む者と一緒になりたいに決まってンだろっ?
だから紅蘭ちゃん、余とお前は同じ線の上にいる」
私は起き上がり、彼女を見つめる。
「__ではお聞きいたします、殿下。貴女様のその夢とは__その果てとは、なんなりや……?」
その問いかけに、起き上がったアルマトラスは真っ直ぐに、私を見つめながら言った。
それは、宣言だった。
「余はカタフニア大陸を統一し、戦だらけのこのエンブリオを我が物とする。
そして平定した世界で、このカタフニアの大地を花で一杯にし、貿易と観光の国とする。
そのために余は雲と雪に覆われたこのウィンフィンに碧羅と春をもたらす」
思わず目を見開き、その光景を脳裏に夢想した。
ソレは、きっと美しいことだろう。
さぞ、暖かく、賑やかなことだろう。
だが__
私が言いたいことがわかったのか、近づいて私の口を塞いだアルマトラスは、笑いながら言った。
「なにも余の世代で全てを成すつもりはない。だが、戦は今世で終わりだ。この部分は、お前の野望に通ずるものがあるだろ?」
__確かにそうだ。私は頷いた。
「そうです、殿下。
確かに、あたくしには野心がございます。
この身にあまる大望がございます」
これは、母様にしか言わなかったことだ。
他の者__特に大王には、決して言ってはならないと言われた。
剣と槍では右に出る者はいないと言われ、されど“病弱媛”と蔑まれた私が抱いた野心。
「うむ、余が許す。申してみよ、紅蘭ちゃん」
今度は、私が宣言する番だった。
「あたくしは後の世の民草の平安の為に、あたくしの代で戦を終結させます。流血は、今世で終いです」
そのために__
「あたくしは武を以て天下を平定致します。
例えその結果、多くの血が流れ、数多の生命が散ったとしても。
後の世の歴史家に、あたくし自身が悪と謗られたとしても」
__全ては今日より明日の為に……!
にやり、とアルマトラスは不敵に笑った。
侮蔑の意味ではなく、やはり、と言わんばかりに。
「余はその武を以て平定した世界で、来世の民草共の道を切り拓く」
__なるほど。
私は納得した。
確かに、私の野望は彼女の夢の途中にある。
私の野望のその先__果てが、アルマトラスの夢だ。
であるならば。
この出会いは必定か__
何より。
私も、その夢の果てを見てみたい。
出来ることなら、叶うのならば。
この人の隣で__
「だから__んんっ⁉︎」
今度は、私がアルマトラスの口を塞いだ。
「__わかりました、殿下。
ええ、こんなあたくしで良ければ、どこまでも共に参りましょう……あたくしの貴女様」
彼女の両手を握り、私は笑ってみせた。
それが、拙かったらしい。
「__……っ紅蘭ちゃぁぁぁぁんっ‼︎」
「え、えっ⁉︎ ちょ……まっ……ゲホッ、ゲホッ!」
ベッドのスプリングが、二人分の体重で軋んだ。
__これは歴史の転換点。
それは少女達の抱いた、儚く尊い野望へと至る通過点。
そしていつか、果たされる終着点。
後に多くの歴史家たちが綴る。
この一夜の出来事こそが、全ての始まり。
この二人の姫の挙兵こそが、全世界を巻き込んだ、混沌の時代の始まりであったと……。
ご拝読ありがとうございました!
ちなみに紅蘭ちゃんは精神的な繋がりを求めるタイプで、アルマトラス殿下は肉体的な繋がりを求めるタイプです。
次回もお楽しみに!