探索
今回より新章突入!
そして書けば書くほど悪役令嬢モノっぽくないな、という事で今回よりタイトルを変更いたしました!
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指輪付きの義手の接続を見届けたのち、アルマトラスは公務のために部屋を去った。
というより__
「まったく……ほら、行きますよ! 仕事がたんまりと残ってるんですからね!」
__正確には、彼女を迎えに来た大臣に連れ去られた。
「そもそも殿下。なんでわざわざあの姫をアンタ自らがルパン=ルパーンしに行ったんですか?」
「ヲイヲイ、妖魔大王が『くれてやる』ってオッケー出してたんだろ? だったらさっさと余自らが赴き、紅蘭ちゃんの身も心も文字通りルパン=ルパーンしに行くに決まってんだろッ!」
「決まってねーよッ‼︎」
アルマトラスのデタラメな理論に、こめかみに青筋を浮かべながら大臣は叫んだ。
「ルパン=ルパーンしに行くのは俺の部下に任せろよ! アンタは此処で大人しくしててくれよ!」
長く深い溜め息を吐いたのち、大臣は呟く。
「そもそもなあ……どこの世界に敵陣にわざわざ乗り込んでルパン=ルパーンしにいく大将首がいるんだ⁉︎
なんで時々とんでもない莫迦になるの、お前は……まあ、アルだしってのが理由だけども……」
「ヲイヲイヲイ! ちょ、待てよ!
お前、余を何だと思ってンの?
余、王族やぞ? お前の王やぞ?
はあぁ〜〜〜〜〜〜〜ッ! これだからアタマに海産物とかワカメしか詰まってないタコは……」
「誰がタコだァァァァァッ‼︎ この莫迦火吹きトカゲ! 追加で書類増やすぞ、莫迦皇女!」
「いや、莫迦かお前はッ⁉︎ そんなことしたら余は紅蘭ちゃんとイチャイチャできんではないか! やってられるか! 余は帰らせて貰うッ‼︎」
「何処にだよっ! お前ン家だろ、ココ!」
後ろ手に襟首を掴まれながらお互いに文句の応酬を繰り返し、廊下を引きずられていくその姿は、とても国を治めている王族とその臣下には見えず__不謹慎だが、両手足を振り回しながら暴れるその様が可愛いと思ってしまった。
「……ふぅ」
蜜香茶の甘い茶葉が香るカップを両手で包むように持つと、その温もりが、義手である左腕にも伝わる。
温度だけでなく、熱いという痛覚も、固いものを触れているという触覚も。
__ソレが、嬉しい__
「__ふふっ」
十年ぶりの左からの感覚に、思わず頬が緩む。
直後、ケホケホ、と小さな咳を繰り返した。
「お下げ致します」
そう言って朱里の部下の侍女が、食べ終わり空になった食器を部屋の隅に留めたワゴンに置く。
食事として用意されたお粥が入っていた器と蓮華だ。
タコやイカ、鮭に牡蠣と言った栄養価の高い食材を煮た湯で炊いた米を溶き卵で綴じたお粥は、魚介の旨味も染みていたし、具材もほろほろで柔らかくて食べやすかった。
「媛様、食後のお薬にございます__お食事は、いかがでございましたか?」
「ケホケホ__はい。美味しかったです」
朱里から水薬を受け取りながら、私は言った。
「それは良うございました。
昨夜は言いそびれてしまいましたが、紅蘭媛様。媛様のお身体を診ていらっしゃる主治医より言伝が__お薬は起床時、食前、食間、食後、就寝前に服用なさってください__とのことです」
「わかりました」
私に微笑んだ朱里は続ける。
「この後はいかがなさいますか? 少し横になられますか?」
「……いえ。今日は調子が良いので、可能ならこの城を見て周りたい、です」
昨夜は熱に浮かされて朦朧としていて__その後のことは兎も角__どうやって部屋に帰ったのか覚えていないし、それに__
「こ、これから……住む、家……ですから……」
言っていて恥ずかしくなり、私は広い袖口で口元を隠しながら顔を伏せた。熱以外の理由で顔が赤くなっているのがわかる。
「ふふっ」
堪えきれなかったらしく、朱里は小さく吹き出した。
「__畏まりました。では探索中すぐに休めるよう、輿を用意させます」
「え……たん、さく……? こし……?」
そんな仰々しいことをしなくても……そう思っていた私は、廊下に出て『意味』を理解した。
「__ぁ……っ!」
手を叩き、
「あなや……!」
思わず母国語が出てしまった。
ちなみに意味は『ああ』とか『驚いた』と言う意味だ。
アルマトラスの片親である巨人族も利用するのを想定してか、天井も壁も縦横に突き抜けて広い廊下は、隙間なく石積みで覆われ、幾つもの直線と緩いカーブで構成された様は、迷路のよう。
燭台と絵画の掛かった壁は等間隔に巨木の幹のような支柱と、床から天井まで届く大きな窓と、観音開きの扉が並ぶ。
__全てが巨人サイズだった。まるで自分が小さくなってしまったのではないかと、錯覚するくらい。
「本当に……大きいのですね……ケホケホッ!」
「いえ、これでも小さい方にございます」
私の背中をさすりながら、朱里は言った。
「え……そ、そうなのですか?」
「はい、媛様。巨人族からすれば、我々は羽虫も同然ですので」
__蟲だけに。
そう続けた朱里は、口元に笑みを張り付けたまま『どうだ』と言わんばかりに触覚をピクピクと動かす。
「え……えぇ、と……ケホケホ」
言葉を探す私に、朱里は噴き出した。
「ふふっ……冗談ですよ。カタフニアの巨人族の背丈は、人間とそう変わりません__まあ、4、5メートルはザラにいますが」
「もぅ、朱里ったら__そうだわ、朱里? 殿下のご両親様は……」
今日は体調も良いので、また悪くなる前に今のうちに挨拶だけでもしておきたい。
そう思って訊ねたのだが、しかし朱里は首を横に振った。
「十年前にこの地にもたらされた『竜災害』の折り、神々の園へ旅立たれました」
神々の園__つまり……
「ぁ__ご、ごめんなさい、あたくしったら……聞いてはいけない事でしたね」
もうこちら側には居ない、ということだ。
__母様と同じで__……
「っ……!」
母様の顔を思い出すのと同時に。あまり思い出したく無い記憶まで蘇り、こめかみのあたりに、ちりり、と生じた痛みに顔をしかめた。
「ケホケホ」
足首まで埋まりそうな毛足の深いウグイス色の分厚い絨毯を踏むたびに、しゃりしゃりしゃり、と足音を立てる。
まるで、草原の海を歩いているかのようだ。
「__媛様、危のうございますので暖炉へはあまりお近づきになられませぬよう。湯が跳ねるやもしれませんので、お気をつけください」
見れば、確かに暖炉では加湿目的で水を煮ている大鍋が、もうもうと湯気を上げている。
廊下に等間隔で並んだ赤々と燃える暖炉は、私の部屋にあるのと同じく火蜥蜴の背中で輪になって踊る火の精がいるペチカタイプで、全て大人が二人横に並んで手を目一杯上に広げててもまだ余る程の大きさと高さだ。
「あなや……だから暖かいのですね」
ペチカは薪を燃やして発生する熱をレンガに蓄熱し、その熱で室内を暖める暖房器具だ。
熱効率が良く、薪の持つエネルギーをより多く熱に変えることができる。
また、レンガは一度熱を持つと冷めにくいため、長い時間、暖かさを保つことができる。
「輿が参りましたわ、媛様」
言われて振り向くと、そこには人力車を引いた牛頭が立っていた。
ご拝読ありがとうございました!
次回もお楽しみに!