魔法少女
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筋力や瞬発力と言った、単純に自身の身体能力を向上させる、もっとも初歩の強化呪文【エレメンタリー・フィジカル・エンチャント】が時間経過とともに数%ずつ上昇する術式が組み込まれているコレは、元々は高速戦闘用の特殊装備として左腕がある6歳の時に考えたモノだ。
風圧抵抗を極力ゼロに近いものにするために服は身体にピッタリとしているし、腕や脚の可動域の幅を増やすため、スカートは短く、袖はない。
__つまり、露出が激しい。
まさか後の十年で自分がここまで成長するとは思わなかった。
踵の高いハイロングブーツに包まれた太腿はほぼ剥き出し、肩も同じく丸見えで、コルセットの下から押し上げる胸元も大きく開いている。
とん、と酷く浅く軽やかな靴音を立てて、
「ケホケホ……い、いかがでございましょう……?」
隠せないのはわかっているのだが、それでも右手の長杖を身体に引き寄せ目線をそれとなく外しながら、私は言った。
同性とは言え、見られるのは、やはり恥ずかしい……。
「……フッ__クククッ……フハハハ! アーッハッハッハッハッハッハッハァッ‼︎」
子供の笑い声にしては邪悪な笑い方が、室内に響く。
「実に愛い! 美しい! 余はお前のその姿に妖艶さを感じる! うむ、悦いぞ! 実に叡智だ!」
耳飾りとして耳たぶに付けたブースト・ストーンの翻訳機能がきちんと機能していないのだろう。
何やら言語に違和感を感じた。
ところで、と言いながら、アルマトラスは、つい、とその小さな指先を長杖に向ける。
「その杖はなんだ? お前の雄大なる翼と宵闇を固めたかのような龍はどこに消えた?」
駆け寄り背後に回って翼と尻尾を探すアルマトラスに、私は応える。
「ケホケホ……はい。これはあたくしの尻尾の龍と二対の翼をブースト・ストーンを使って分離させ、杖として再構築してひとつに纏めたモノにございます、殿下。この姿の時は、やはり邪魔になりますので……」
一定の間隔で竹の節状の突起物がつけられた鉄鞭のような杖の先端部分は、二対の翼で身体を隠した龍の形をしている。
__ちなみにこの翼は開くことで力場を発生させ、あらゆる空間に足場を創る。
「……あ、あの、殿下? も、もう、よろしいでしょうか……?」
視線は私に固定したまま、周りをぐるぐると回るアルマトラスに、私は言った。
翼があった名残りで、大きく開いた背中や、胸や、お尻や、太もも、と言った部分に刺さるねっとりと絡みつく視線がイタイ……。
「うむ、大義である。戻るが良い、余が許す!」
「は、はい……ケホケホ!」
言われて、私は元のドレス姿に戻った。
部屋の中央に置かれた、黒い大理石のローテーブルの前にあるベルベットのカウチソファまで(朱里に抱えられて)移動した私は、右隣に座るアルマトラスに手を握られる。
「ふっ……余と結婚しよう、紅蘭ちゃん! そのためにレンオアムの王宮から半ば無理矢理ラ・ルパン=ルパーンしてきたのだからな!」
「ラ……? ル……?」
小さな両手で包むように私の右手を握る彼女の言葉に、私は小首を傾げる。
やはり翻訳が上手くいっていないようだ。
この分だと、首飾りとして付けたブースト・ストーンを介しての私の言葉も、上手く向こうに伝わっていない可能性がある__
「__カタフニアの言葉で『盗む・盗み出す』という意味でございます、媛様。頭に『ラ』が付きますと、意味合いは『強引に』となります」
耳元に顔をさりげなく近づけた朱里が、こっそりと教えてくれた。
「あ、ああ、そういう事ですか__あ、あの、恐れながら殿下?
結婚しようも何も、あたくしは貴女様にこうして娶られております故に。
式を挙げていないだけで、もうすでにあたくしたちは結婚しておりますわ」
その言葉に彼女は二、三瞬きをしたのち、
「なっ……ナニィィィィィッ⁉︎ そうだったのかァァァァっ⁉︎」
アルマトラスは両手を頭の上まで振り上げて、大声を上げた。
それに__
「……昨夜、何万回も『はい』と言ったではないですか……その……ベッドの上で、気をやるほど……」
言いながら、視線を外した。顔はおろか耳まで真っ赤になっているのが、自分でもわかった。
「……アルマトラス殿下……」
そのまま、私は続ける。
「……貴女様は、あたくしの『能力』が欲しくて娶ったのではないのですか?」
「うん? 能力? 何の話?」
アルマトラスは首を傾げた。
「え……?」
思わず、勢いよく振り返る。
まさか__知らないのか……⁉︎
知らずに私を嫁にしたのか?
「え、えぇと……あたくしは__」
私は自身の能力について説明し、実際にやってみせた。
「……フッ__クククッ……フハハハハハハハ‼︎」
一通り見終わり説明を聞き終えたアルマトラスは、突然笑い出す。
「__おのれ、妖魔大王! 爆発しろッ!」
だんっ! と音を立ててテーブルを拳の腹で叩き、皇女は続けた。
「なぁにが『余り物の小娘で良ければくれてやる』だ! おのれェ、あのおっさん、余の紅蘭ちゃんに何をした⁉︎
どうやったら、こんな人間を作り出せる⁉︎」
猛り狂うアルマトラスを中心に、燃え盛る火焔として可視化された高密度の王気が、ずどん、と大気を震わせ、物理的な衝撃波となって放たれる。
「……ひっ……⁉︎」
「殿下! おやめくださいッ‼︎」
私を庇いながら、朱里が叫ぶ。
放たれた衝撃波によって焼かれ、破壊された室内のあちこちから自ら形を成して『生まれた』のは、無数の火の精__ではなく、もっと上位の炎の精霊だ。
「何より気に食わん! うら若き乙女を兵器を開発するためだけに『道具』として生かし利用するなんぞ、同じ女としても赦せんッ!」
アルマトラスの瞳孔が縦に狭まった。
苛立ちを隠そうともしない彼女の口内が、仄かにオレンジ色に染まり、高熱を帯びていく。
「殿下! この朱里めも同じ気持ちでございます! ですが、今はお気持ちを__その矛をお納めください! 紅蘭様が燃えてしまいます!」
その言葉で、アルマトラスは幾らか王気の出力を抑えた。
「おのれ、妖魔大王ぉ……巫山戯るなよ? このような事、飲み干せるものかッ!
この世の女はみな全て! 毛先一本から爪先、細胞の一欠片、そして魂に至るまですべて余す事なく余の所有物であるッ‼︎ 美姫であるなら尚更だッ!」
つまり、とアルマトラスは続ける。
「紅蘭ちゃん! お前は美しい! そして愛い! 儚く尊い! 護ってやりたいッ‼︎ 愛でて愛でて愛でまくりたいッ!
故に許す! そして余は決めた! 決めたぞ!
余の所有物となるが良い、紅蘭ちゃん! その生涯を賭して余を娯しませてみせろよ__さすれば褒美を賜わすッ‼︎」
「しょ、所有ぶ__ゲホゲホッ! ほ、褒美……?」
何を言っているのだろう、この人は?
何を怒っているのだろう、この人たちは?
今まで、能力以外で私に近寄ってくる男はいなかった。
道具として以外、誰にも必要とされなかった。
女として、ちゃんと見てくれる人はいなかった。
血色の悪い蒼白で、猫背で、何処と無く病人の匂いが仄かに漂ってくるため、寄ってくる男はいない。
__いな、かった……。
でも、この人は__
「朱里! アレ、出来ておるな⁉︎」
「はい、殿下」
「うむ、大義である! 今すぐ持って参れ!」
「畏まりました__」
一礼した朱里は煙のように消え、再び戻って来た時、彼女はひとつの長い箱を抱えていた。
テーブルに置いた箱の中身を見た時__思わず息を呑み、アルマトラスと朱里を見つめた。
「片腕だけでは不便だろうと、殿下がサイクロプスとドワーフに造らせたものにございます」
「うむ、コレが褒美であり婚姻祝いだ!
__あ、ちゃんと指輪は嵌ってるから」
腕だった。
それは、左腕だった。
義手だ。
手の甲に義眼が埋め込まれた義手は、二の腕までのマットな黒く細かい鱗で覆われたグローブを嵌めているかのよう。
そしてその薬指には、輝く宝石が散りばめられた指輪が嵌められていた。
「ふっ……コレでこちら側でも手が繋げるな!」
屈託なく笑うその顔が、滲んで歪んだ。
自分が泣いている事に気づくのに、たっぷり三秒かかった。
__この人は、こんな私を『道具』としてでなく、ひとりの『女』として愛してくれる。
「は……はい……殿下……ありがとう、ございます__たくさん、繋ぎましょう。たくさん、触れ合いましょう。
あ、あたくしの、貴女様……!」
冗談のような展開だが__
私は彼女にオチた。
自分が案外チョロい性格をしているという事が判明した瞬間だった。
ご拝読ありがとうございました!
いかがでしたか?
次回もお楽しみに!