邂逅
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大きくて立派な建物から、止め処なく湯煙が立ち込めている。
白亜の大理石をふんだんに使った、神殿のような湯船である。
四方からお湯を勢いよく吹き出す彫像は、龍の頭を象っている。
「コホコホ……アレって……あたくし?」
湯船の中央には、背中合わせのまま水瓶を横に担いだ、私の顔をした四人の美女の像が建てられていた。
龍の彫像と向き合うように立つ彼女たちの水瓶からは、お湯が滝のように溢れている。
__ちなみにココは私専用らしい。
「さあ、では紅蘭媛様。お身体をお洗いいたしますので、まずはそちらの薬湯で満たした湯殿にお浸かりくださいませ」
と言って呟くのは、背後に控える朱里。そしてその一歩後ろには、彼女の部下らしき侍女たちが並ぶ。
「ケホケホッ! あ、あたくしになにもここまでのことをしてくださらなくても良くってよ……ゲホッ、ゲホッゲホォ!」
もう夜も遅いし、明日に備えて今日はもう休んだ方が__
『__なりません』
ホワイトプリムにタオル一枚の彼女たちに、キッパリと断られた。
「アルマトラス殿下から、くれぐれも失礼のないよう、丁重におもてなしせよと、我々は仰せ使っております」
「それに紅蘭媛様は慣れぬ長旅で、お身腕すらあげられぬほどお疲れのご様子」
「であれば、失礼ながら我々が手となり、その玉体の隅々までお綺麗にするのが道理かと」
口々に言う侍女たちの妙な熱意に、思わず唸る。
まあ、確かにどのみち片腕だけでは一人でではどうしても限界はある。
それに疲れているという意味合いでは、確かに合っている。
魔族領『レンオアム』からカタフニア大陸への魔導船の所要時間は、平均して十二時間十八分。そこから北方ウィンフィンまでの移動に数時間。
その全てが、私が気絶して失神しているうちに終わっていた__つまり今現在、私が気絶してから実は丸一日経っていたりするのだ。
父である妖魔大王からの命令でアレをしていたとはいえ、我がことながらコレだけの距離と時間をよく起きなかったものだ。
__結局。
文字通り頭の先から爪先までをきっちり丁寧に洗われた私は、身体をタオルで拭かれたのち、タツノオトシゴのような形の内部に風車が内蔵された温風を出す謎の物体で髪を乾かされ、用意された衣装に着替えさせられる。
いま身につけているのは、手元を隠せるくらい広い袖口に、布とフリルとレースが幾重にも重なった膝丈までのドレス。
背中の翼と尻尾の龍を考慮して、重なった布の一部は大きく開いている。
伸び放題の長い金と銀が入り混じった髪も、一房の太い三つ編みに束ねて、左の首筋から左胸へと垂らしている。
「申し訳ございません、媛様。アルマトラス殿下が、ぜひご尊顔を拝見したいと」
__いよいよ来たか。
「ケホケホ……わかりました。参りましょう。アルマトラス様の元へ案内をお願い出来ますか、朱里?」
「承りました」
失礼致します、と言って、朱里は私の腰と脚に手を添え抱える。
アルマトラスの元まで行くまでの間、私は城内の様子を見回してみることにした。
床から天井まで届く大きな窓の外には、凍てついた猛吹雪。
大地を堅く凍らせる極寒の夜。
永久凍土の地に建てられた巨城は、ごうごうと吹き荒れる白い闇の嵐に覆われていた。
常冬の地、北方ウィンフィン。
この世界__『エンブリオ』に存在する『カタフニア大陸』の極地の局地。
唯一存在し、ウィンフィン全土を統治する国__アルス大帝国。
体感温度は零下十度、外気温がマイナス五十度に下がることなどザラで、空気は昼間でも氷の粒が舞うほどに冷え切っている。
煮え立つマグマすらザラメ状に凍りつく寒気が吹き荒ぶ、厳冬・冬日というに相応しい気候が一年間続いている極地だ。
とはいえ、このノワークラ城の中は寒さとは無縁である。
みなきっちりとした防寒装備を着込み、城内の至る所に巨大な暖炉や徹底した耐寒用の呪文が何重にも掛けられ、天井や床、壁の内部に熱した油やガスが流れるパイプが設置されているからだ。
特に王が一日の大半を過ごす謁見の間は、念入りに呪文が掛けられている。
だから……いや、むしろ暑い。
「間もなく到着致します」
私を抱える朱里の言葉通り、目的地へはすぐに辿り着いた。
巨大な鉄扉の向こう側__その部屋は広さで言えば、ちょっとしたダンスホールとして使えるだろう。
大きな入り口からは、奥に向かって幅の広い絨毯が、謁見の間と居並ぶ重臣たちを割るように一直線に伸びている。
その先の巨大な肖像画を背に、八つの獅子の頭を持つ豪華な椅子が一つ置かれている。
王の座る玉座だ。
黄金と宝石で飾られたベンチ型の玉座に、件の王はだらしなく寝そべっていた。
「……な……」
姿を見た瞬間、私は絶句した。
「殿下、紅蘭媛様をお連れ致しました」
言いながら、私を連れた朱里は玉座に近づいていく。
天井のアーチ構造を支える柱は、入り口から奥に行くにつれ、大理石から黄金に彩りを変えていく造りとなっている。
ステンドグラスに内蔵された月光並みの光量の魔法の光が斜めに差し込み、燭台の光と相まって、幻想的な美しさを演出している。
「うむ、良きに計らえ」
のっそりと身体を起こし、暴君と名高い“炎刃竜王”リオン=アルマトラス・プロイセン・グリセルダは応えた。
「ふん。お前が妖魔大王のところの病弱媛か」
投げ出すように開いた両脚の片方の上に肘を乗せて、前屈みになったままその手で軽く握った拳が頬を支える。
「紅蘭媛様、あの方が北方ウィンフィンが王。アルス大帝国“国主”、炎刃竜王リオン=アルマトラス・プロイセン・グリセルダ皇女殿下です」
私を床に降ろした朱里に紹介されたアルマトラスの頬には、どこか皮肉混じりの笑みが張り付いていた。
その熾火の様な双眸に、しかし氷点下よりも、ウィンフィンの凍てつく吹雪よりも、もっと冷ややかなモノを宿して。
「あのおっさんがお前を余にすんなり明け渡すのは以外だった……まぁ、だいたいの検討はつくけどね」
両手と背中の翼を拡げながら、アルマトラスは言った。
「兎も角、歓迎しようじゃないか、盛大に! __あ、ところでお前、ズイブンな長旅だったけど、時差で体調や気分は悪くなってない?」
「えっ? あっ、は、はい、大丈夫で__ゲホッ、ゲホッゲホォ!」
動揺して、盛大にむせた。
状況が追いつかなかったし、目の前のモノが信じられなかった。
ちょっと立っているのが辛くなって、思わず床にしゃがみ込む。
竜種と炎熱と鋼鉄の巨人族のハーフと聞いていたので、もっとバケモノを想像していた。
__だが違った。
赤みのある褐色肌に、燃えるように輝く蛍火色の髪、熾火を思わせる大きな双眸。
矮躯に纏うのは、炎を思わせる脛丈までのドレス。
耳の上辺りから真上に伸びた赤熱した錐を思わせる角は右側に王冠を被せ、背中からは大きな赤竜の翼と、太い尻尾を生やしている。
__幼女だった。
それも、135センチメートルくらいの身長の。
これは160センチメートルある私の鳩尾の辺りに頭がくる大きさだ。
無類の女好きの女タラシと名高い“炎刃竜王”リオン=アルマトラス・プロイセン・グリセルダは、小柄な美幼女だった。
__いや、なるほど。ある意味、納得した。
コレだ。数多の女性が泣く羽目になったのは、コレが原因だ。
なにせ今まで男性だと思っていた相手が同性__それも幼女なのだから……。
「ケホケホ……あっ」
いつの間にか目の前まで来ていたアルマトラスに、伸び放題の長い前髪を、小さな手でかき分けられる。
そのせいで、隠していた目元が露わになった。
彼女には、私の血色の瞳が見えている事だろう。獣のように、縦に瞳孔が狭まった__
「……着痩せするタイプか__」
ぽつり、とアルマトラスは言った。
「え……?」
「燃えるような鮮烈な金髪に、散りばめられた銀髪は夜空に焼きつくように煌めく星を思わせる__何より爪弾くように囁くその美声はまさに女神の調べそのものよ__」
言いながら、一房に纏めた三つ編みを、優しい手つきで触れる。
「フハハハ! 悦いぞ悦いぞ! その全身から滲み出る押し殺したしっとりとした色気も、実に余の好みだ!」
小さな女の子特有の可愛らしい笑い声が、玉座の間に響く。
ここまでべた褒めされたのは、初めてだった。
熱以外の理由で、顔と全身が朱くなる。
「そっ……そそそ……そんなことを言われたのは……そんなにあたくしの容姿を褒められたのは、生まれて初めて、です……」
アルマトラスは言葉を続けようと動かす私の口に人差し指を押し当て、塞いだ。
「__続きはベッドの上で聞かせて貰おうか、紅蘭ちゃん?」
「は__はい、殿下……!」
なんて優しい人なんだろう。そう思って、額面通りに受け取って頷いた。
__私はこの言葉の意味を履き違えていた。
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