夜宴のはじまり
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ひんやりと冷たい空気が、ドレスの隙間から忍び込んで、足元と背筋を撫でた。
風が運んでくる火薬と生臭い血が混じった悪臭に、思わず眉を寄せる。
ウェスタムの兵士たちを皆殺しにした後、私たちは玉座の間へと戻って来ていた。
「ケホ……ケホっ!」
広い袖口で鼻と口を覆い、なるべく立ち込めた『戦場の匂い』を吸わないよう、努めた。
__でなければまた、昂って血を浴びたくなる__
先程の余韻が蘇り、背中から頭まで這い上がった鳥肌に、心臓の鼓動が少し早まる。
「__ん、ん……っ」
ひっそりと頬が熱くなっている私と打って変わって、
「……女の子が少ない……」
本当に今にも吐きそうなほど青い顔で、アルマトラスは呟いた。
「イヤだ男クサイ……て言うかホントに血生臭いグサイ……イヤだ女の子の甘い匂いが良い……はあぁ〜〜〜〜〜〜〜ッ!」
私の腰に回した腕が、引き寄せる力を強める。
「ぁ……」
ドレスの下で腰が動き、剥き出しの肩が、ぞくり、と震えた。
「何が悲しゅーてむさいキモい臭いオス共のゴツゴツして毛むくじゃらの汚い身体を見にゃならんのだ……ヲイ、ジール! 余は玉座の間にコイツらを上げていいなんて一言も許可しとらんぞっ!」
本来の姿である私と同年代の美女の姿のまま、アルマトラスは吼える。
どうやら一度この姿に戻ると、いつもの幼女の姿になるのに少し時間がかかるようだ。
いつもとは違う彼女に戸惑いつつ、その膝の上に座りながら、血に再び酔い始めているのを必死で隠し通す。
玉座の間に戻ってきた途端『ここに座るが良い』と言って招き寄せられたのだ。
「あのなぁ……皆、命懸けで戦って生き残ったんだ! 褒美の言葉くらいくれてやれよ!」
戦後の殺気が抜けきっていないのだろう。玉座に座るアルマトラスに、ジールは眦を吊り上げる。
この空気も、良くない__
「じゃあせめて風呂に入れて手当てして着替えてから来させろ! 生臭いンだよっ!」
「それはお前もだろッ‼︎」
こめかみに青筋を浮かべながら、二人は睨み合う。
「ケホケホ……あ、あの、恐れながら殿下? 兵士もあたくしたちも、一度生命の洗濯をしに御湯殿に参りませんか……?」
本当に恐る恐る、私は言った。
何より、これ以上この場の空気を吸っていると、私は自分が抑えられなくなる__
「フッ……紅蘭ちゃんが一緒に入ってくれるならな」
言いつつ、後ろから私を抱きすくめたアルマトラスは、首筋に顔を埋める。
「あ……っ」
くすぐったさに思わず声が漏れて、顔が赤くなった。
「も、もちろんご一緒致しますわ、殿下。だから……ね?」
身を捩って彼女の方を向いて、私は語尾が上擦った声で言った。
「では湯殿に参る! 再び玉座に余が座すそれまでに身綺麗にしておくがよい、家畜共!」
言い放ち、アルマトラスは私を連れて玉座の間を後にした__
アルス大帝国は、再び凍てついた風雪によって、先程の戦闘の傷跡ごと氷に閉ざされた。
風が強まり、吹きつける雪は横殴りになっていて、ほんの5メートルばかり先までしか見えない。
外は、本格的な吹雪だった。
南方からの冷たい風がウィンフィンの斜面に沿って吹き上がり、そこで北からの風に押し戻される格好で冷気を高空に溜め込んで、分厚い雪雲を通して豪雪を降らせるのだ。
大窓の向こうには、白と黒があった。
雪の白が、暗雲の黒に沈んでいる。
真っ暗な中、降りしきる雪が窓から漏れる光に浮かび上がる。
それは無数の、斜めの白線だ。
しかも、窓の桟にまで張り付いて、窓ガラスの下半分ほどは白く染まって外が見えなくなっているのだ。
「__では、殿下。改めて、此度の戦を勝ち抜いた勇者たちに労いのお言葉を」
極寒や猛吹雪とは無縁の玉座の間で跪いて面を伏せたまま、ジールは呟く。
「うむ。お前達、大義である!」
八つの獅子の頭を持つ豪華で横に広いベンチ型の玉座に寝そべって、風呂上がりのアルマトラスは眩い宝石で飾られた杯に注がれたワインを掲げる。
「此度の戦働き、皆大義であった! 余はお前達を褒めて遣わす!」
お風呂での戯れが良かったのか、すっかり機嫌の良くなったアルマトラスは、芳醇な香りのワインがたっぷりと注がれた杯の中身を、がぶり、と一息に飲み干す。
『ははぁ_______ッ‼︎ 有り難き幸せに御座います! 我らが王! アルマトラス皇女殿下ッ‼︎』
椅子に座したまま平伏する将軍と騎士や戦士達の声が、様式を変えた玉座の間に響き渡る。
私とアルマトラスがお風呂に行き、着替えている間。玉座の間は大宴会場へと大規模な模様替えが行われていた。
ホールのど真ん中に用意された宴席に、全員が腰掛けている。
玉座を見上げる形で、横長の三十人は席に着けそうな大きなテーブルに、山ほどの料理と酒瓶が並んでいる。
鮮やかに輝く燭台の列、シャンデリアの煌めき、ステンドグラスから差し込む光が、磨き上げられ曇り一つない大理石の床に反射している。
等間隔で吊り下げられた純金のシャンデリア、分厚いベルベットのドレープカーテン。
長い長いテーブルには、脚まで隠すレース付きの白いクロスが掛かり、中央には蜜蝋の燭台や花籠が並ぶ。
それと同列するように、宝石のように輝く果実や、この国の高級料理が惜しげもなく、大きな銀色のバケツのような容器と共に置かれている。
大量のクラッシュ・アイスを満載したそれは、シャンパン・クーラーと呼ばれるシャンパンを冷やすものだ。
何本ものシャンパンやワインのボトルが、仄かに冷気の煙を上げる氷の中に突き立っている。
「__じゃ、タコ。あとは頼んだ。お前たちの好きにしろ」
「ああ__では諸君! 杯を持て!」
振り返ったジールが、自身も杯を片手に声を張った。
アルマトラスの頭を膝に乗せた私にも、杯が渡る。
「この国が今日を迎えられるのは、諸君らの見事な働きがあってこそだ!」
おう、と応える声が、どう、と轟く。
「戦は続く! だが、今宵は存分に喰らい、飲み明かせッ‼︎
__アルス大帝国に栄光あれッ!」
『応ッ‼︎』
ひときわ大きな声でどよめきが沸き起こり、
「乾杯ッ!」
『乾杯ッ‼︎』
そこかしこで、乾杯の音が連鎖する。
それに合わせるように、ささやかながら私とアルマトラス、それから朱里にモラクスにジールもそれぞれ打ち鳴らす。
__私がこの国に来て、初めての大宴会が幕を開けた。
ご拝読ありがとうございました!
次回もお楽しみに!




