茜に染まる
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__許さない許さない許さない‼︎
絶対に許さない!
煮え繰り返った臓物が、怒りと憎しみでさらに燃え上がる。
着地の瞬間、ブーツの分厚い靴底の下で、地面が放射状に砕けた。
……にも関わらず。
その靴音は、とん、と軽い重さのないモノだった。
散歩の途中で水溜りを跳び越えたほどにも感じさせないほどの、素っ気なさだ。
それでも微かに、くらっ、とほんの一瞬だけ目眩を感じた。
「うん? 紅蘭ちゃん……?」
真後ろに着地した私に気づいたアルマトラスは、不思議そうに首を傾げる。
「殿下。あたくしもお傍に」
言いつつ、引き抜き剥がした羽根と鱗を持つ指を、握って開く。
掌の中に生成したブースト・ストーンと混ざり合ったそれを胸の前で構え、私は魔法少女の姿に変身した。
「フッ__初めての共同作業と言うやつだな! フハハハ! 悦いぞ、悦いぞ!」
言いつつ、片刃の大剣を構えたアルマトラスは背中をこちらに向ける。
「もぅ、殿下ったら……ふふっ__はい、貴女様……!」
赤面しながら私も彼女に背中を向けつつ、先端を偃月状に変じさせた長杖を槍術では基本中の基本とされる中段に構える。
この時、本来は左半身に構えるところを右半身で構えたのは、それが『対剣術用』に適した型だからだ。
「フハハハ! 死にたい奴からかかってくるが良い__」
「__などとは申しません」
「……えっ?」
間の抜けた声を発したアルマトラスが、肩越しに振り返った気配がした。
「ああ、我が身の未熟さをお許しください殿下。
あたくし貴女様を傷つけたこの者達に、加減が効きませぬ故に」
何より__
「久方ぶりに、あたくし血が見とうなりました__」
自分でも驚くくらい低い声で、私は笑う。
舌で舐めた唇の間から冷たい炎がチロチロと蠢くような声だった。
「……えっ?」
と言うアルマトラスの声を置き去りに、私は前方の敵陣の中へと突進する。
駆け出す瞬間、足が滑って危うく転びそうになった。
疾走の勢いで、雪解けた石畳みを踏み砕いてしまったのだ。
危ういところで体勢を立て直し、そのままの勢いで、上半身が水平になるほどの前傾姿勢で地面を蹴る。
「た、たかがオンナ一人に怯むな! 殺せッ! 殺せぇッ!」
「そうだ! あのバケモノじゃないんだ!」
バケモノ、という言葉に、目を細めた。
静かに、こめかみに血管が浮かぶのを感じる。
「__五月蝿い御方たち……ふふっ」
一気に接近し、群れのど真ん中を突破する。
「しっ!」
食いしばった歯の奥から、鋭い気合いが漏れた。
炎によって茜に燃ゆる闇夜に、縦横に舞う銀刃の光の残像が描かれる。
薙ぎ、打ち、断つ、その動きは曲線であり、螺旋である。
地べたを踏んだとき、敷き詰められた石畳みのタイルが小さな爆発みたいに飛び散った。
「__女だからとて甘く見ていると死ぬるぞ」
きゅ、と瞳孔が縦に狭まり、思わず、口元が綻んだ。
「これでも剣と槍では並ぶ者なしと言われた身__ふふっ。いかに?」
通り過ぎた兵士達の肉体は、身に纏う甲冑ごと分解した。
両腕は絶ち斬られ、
胴は腰まで断ち割られ、
首から切断された頭部は十文字に斬り裂かれた。
いくつもの肉片が投げ出される勢いで地に転がり、間断なく金属が折れ、ひん曲がり、切断される音が残響となって夜風に舞う。
「……あら」
痺れる両手と、筋肉痛か肉離れ一歩手前の突っ張るような前腕の感覚に、私は眉を寄せた。
「あなや……よもやここまで衰えましたか__ふふっ。さて、この身はどこまで保ちましょうや__」
自嘲気味に笑い、地を蹴った。
一人に斬撃を加えつつ次の一人の攻撃をかわし、さらに別の一人を牽制しながら違う一人に打ち込む。
遥かに高速で、遥かに高密度な戦闘だ。
飛び散った大量の血飛沫が、顔と言わず全身を濡らす。
「……く……っはぁ……!」
その温もりに、ぞくり、と背筋が反った。
「……ぁ__っ!」
吐息と一緒に、腰の辺りが緊張する。
腰骨に拡散し、内腿を伝い、膝の内側から爪先まで抜けていく。
一方で、ソレは背筋を這い上がって、皮膚の内側を首筋から頬まで散っていく。
もう何人、叩き潰しただろうか。
八十か、九十か。
叩き割っても叩き割っても、後から後から襲い掛かってくる。
それでも、一人にかけられる時間は三秒以内。
「ケホ……ケホッ!」
疲労感が、じわじわと高まって来ている。
正面から飛び掛かってくる兵士に、二手を費やした。
少しずつ、効率が落ちて来ている。
「ゲホッ、ゲホゲホッ!」
血を吐いた口元から、血の涎が垂れる。
ぼん、という低い破裂音は、突き出した掌から放った蒼炎だ。
放物線を描いて地面に着弾した火球が炎の帯となってうねり、三人を纏めて焼いた。
次の一人は接近され過ぎていたので、高威力だが拡散しやすいため超至近距離用の火球『烈火』を叩き込んで焼き尽くした。
その次は振り返りもせずに突きを放ったのがまずかったのか、一撃で動きを止められなかった。
敵の攻撃間隔は確実にひろがっていたが、私の動きも確実に鈍ってきていた。
「雷鳥斧刃脚っ!」
高々と上げた片足で地面を踏み込むと、私を中心に青白い稲光を放つ雷撃が、積雪の残った石畳みを砕きながら波紋状に拡がる。
私を包囲するように拡がっていた兵士達が、放たれた高圧電流を受けた途端、連続して爆発した。
「……ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……ふふっ」
ああ__愉しい……!
血糊が絡みつき、先端の刀身を少し重く感じるほど、多くの兵士たちを斬った。
私を取り囲むように散らばった死骸から放たれる血臭に酔い、少しくらりと気が遠のきそうになる。
まだ残っている。まだ愉しめる!
だが__残念ながら、ここまでのようだ。
これ以上は、身体が持たない。
「__名残惜しいですが、これにて宴は終いです」
言いながら、私は元の姿に戻った。
「なんだ……⁉︎」
「ははっ……わかったぞ! 時間切れだ!」
生き延びた兵士たちは、にわかに沸いた。
その通りだが、彼らの思っている意味合いでのモノではない。
残しに残しておいた好物を食べる時間が来た、と言う意味合いでの時間切れだ__
「この機を逃すな! 一気に叩き込めェェ!」
濁流のごとく押し寄せる敵の直中にあって、
「ケホケホ……我が身は龍__」
付け根を起点に、唱えた私を包むようにとぐろを巻いた尻尾の黒龍が燃え上がり、焔の龍と化す。
「__焔の龍なり」
途端、私が全身から迸らせた高熱の魔力の衝撃波によって、足下の大地が鳴動した。
息を吹きつけた粉が吹き飛ぶように。寸前まで近づいてきていた兵士たちは散り、床を転げ回る。
分厚く積もった積雪が真上に向かって噴き上げあれ、土が見えた地面はクレーター状に大きく抉られる。
その中心にぽつんと、私は佇んでいた。
「火焔龍__八岐大蛇ッ‼︎」
轟々と炎が燃え盛る尻尾の龍の身体から、無数の龍の頭を模した蒼い溶岩流が、四方八方に炸裂した。
増幅した魔力を臨界まで凝縮した蒼い溶岩流は分裂と増殖を繰り返し、対象を何処までも追い続ける。
まるで砂糖の山を水で溶かすかのように、八岐大蛇が通った跡は、生物も大気も鋼鉄も等しく溶け落とす。
この世に存在するあらゆる熱を凌駕する溶岩龍の群れは、その奔流に触れた地盤をことごとく融解し、人間の造り上げた建造物は、兵器は、常軌を逸したように走り回るマグマの渦によって一切の例外なく灰燼と化し、鏖殺される。
「ぃいいぃいいぃいぃっ‼︎」
奇声を発する誰かを中心に、全てのキコナ人達が、ぎくり、と身を震わせて、弾かれた様に動き出した。
それは、本能の動きだ。
考えるよりも早く、危険から少しでも遠ざかろうとする反射的な動きだ。
その場に転倒する者もいた。
一目散に一気に後ろまで走る者もいた。
他人を巻き込んでもろともにベシャベシャに溶けた雪原に転がる者もいた。
それら全てはことごとく、一人の例外なく蹂躙され、殲滅させられた。
先程とは打って変わって。
今度はウェスタムの兵士たちの幾つもの壮絶にして凄まじい断末魔が、アルス大帝国の城下町に大音声で木霊する。
「ふふっ__見知りおけ!
我はアルス大帝国“国主”炎刃竜王リオン=アルマトラス・プロイセン・グリセルダ皇女殿下が妻!
龘・紅蘭! 冥府へ逝こうと遺れるな!」
愉しくて、愉しくて、興奮した私は、つい故郷の方の名前を名乗った。
紅蘭=アンフィスバエナ=レンオアム・アンフィテールは、カタフニア大陸での呼び名だ。
「ケホケホ……如何でしょう、殿下? こ、コレが……初めての、共同作業にございます__あら……?」
気づけばブーツの下では、床が砕け散り、すり鉢状の大きなクレーターが出来ていた。
コレが後に私が『病弱媛』から『鏖殺の殺盡媛』や『アルスの血みどろ媛』と呼ばれるきっかけとなる出来事だった。
ご拝読ありがとうございました!
ようやく紅蘭ちゃんのレンオアムでの本名が出せた……!
次回もお楽しみに!




