開戦! アルス大包囲戦‼︎
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地面を震わせるほどの爆発音と鬨の声が、硝煙で霞む大気に響き渡る。
空が灰色になるくらいの、そこは戦場だった。
裂けた大地、崩壊した建物、死に絶えるヒトだったモノ……。
砲煙と爆発、灰色の戦場の空気が辺りを覆っていく。
そこは掛け値なしの戦場だった。
幾つも飛び交う砲弾が大地を抉り、投石や投げ槍、矢の雨に混じって、銃火器や魔法の眩い閃光がそこかしこで点灯している。
「……なんて、惨いことを……!」
玉座の間にあるルーフバルコニーからソレを見た時、思わず広い袖口で口元を覆った。
風に乗って、声がする。
ひいい、と引き絞る声。ぎゃあ、と魂切る声。ぐう、と潰れる声。
呻き、泣き、叫ぶ声。
悲鳴。
絶叫。
敵兵によって蹂躙される、城下に住まう町民と兵士達の断末魔。
殺戮だ。
これは、殺戮の光景に他ならない。
未明の夜。アルス大帝国は、ウェスタムの大軍勢に陥落され掛かっていた__
「急ぎ住人の避難を! 兵も出せ!」
ジールの檄が、玉座の間に響く。
「クソッ! あのカエル共……最初からコレが狙いか!」
__絶望的な状況とは、まさにこの事を指すのだろう。
曇天の真下を文字通り覆い尽くし、ひしめき合う大荒れの寒空に舞い上がる竜騎兵や魔導巨兵、航空魔導大隊。
暴風雪の中で隊列を組んで展開する魔導戦車連隊と搭乗用ゴーレムの群れ、五十四の都市と数多の同盟国から派遣された選りすぐりの歩兵旅団が、雪化粧の上をカラフルな色彩で塗りつぶさんばかりに蠢いている。
前後左右上下、あらゆる方向から、アルス大帝国は数千万の敵兵団に完全に囲まれていた。
状況は、不利だった。
圧倒的に不利だった。
にも関わらず__
「……フッ__クククッ……フハハハ! アーッハッハッハッハッハッハッハァッ‼︎」
突然、隣で惨状を見ていたアルマトラスは笑い出した。
「殿下……⁉︎」
気が触れたのかと思った。
だが、違った。
「悦いぞ悦いぞ家畜共ォ! そう来なくてはな! そうでなければ、面白くもない‼︎」
その可愛らしい顔に、似つかわしくないほど凶悪で邪悪な笑みを張り付けて__
「……だが、もっとだ! もっと余を娯しませてみせろ!」
いつの間にか手にしていた身の丈ほどもある、片刃で僅かに反った大剣を肩に担いで脚に力を入れて、力を溜めるように低く構える。
「__さすれば褒美を賜わすッ‼︎」
言い放って、アルマトラスは跳んだ。
敵陣の真っ只中へと。
「だあああああああああああああああああああああああっ‼︎」
吼えながら、二、三発で一国をも滅ぼす威力を内包したブレスを数十発、球状にして放つ。
それだけで、数千ほどの軍勢がまとめて焼失し、ブレスを免れた軍隊にも爆炎が飛び散り、甚大な被害をもたらした。
「うッ……撃て! 撃てぇっ‼︎」
という、上擦った叫び声がいくつも聞こえた。
大砲が一斉にアルマトラスを捉え、空中を自在に羽ばたく彼女を撃ち落とすべく、数千億をも砲身が同時に火を吹いた。
砲声はひとつに重なり、空間を震わせるほどの轟音となって響き渡る。
「殿下!」
アルマトラスは爆炎に包まれた。
タガが外れたかのような甲高い悲鳴が、何処からか聞こえる。
それが自分の口から発している絶叫だとは、後になって気がついた。
「あなや……殿下ぁっ__ゲホッ、ゲホゲホッ!」
「大丈夫だ」
「えっ……⁉︎」
見ろ、と言って、肩を掴んだジールに促される。
もうもうと立ち込める砲煙で姿が見えなくなるまで、大砲は集中砲火を浴びせる。
「やったか⁉︎」
誰かが、呻いた。
「いや……」
恐怖の声だ。
「ふん」
鼻を鳴らす声は、低くく、冷えた大気に嫌に響く。
まとわりつく羽虫を払い落とすかのような、無造作な腕の一振りで立ちこめた砲煙が払われると、宙に浮いたまま佇むアルマトラスの姿が露わになった。
無傷で。不機嫌そうな顔を、さらに不機嫌に歪めて。
「嘘だろ……⁉︎」
「バカな……あり得ない! 無傷だと⁉︎」
リオン=アルマトラス・プロイセン・グリセルダは、巨人族の膂力と竜種の剛力を受け継ぎ、祖先であるバトラズ同様生まれつき灼熱と鋼鉄の身体を持つ。
建国時に鍛治職人であるサイクロプスとドワーフ、そしてレプラコーンに、祖先と同じように鋼鉄の肉体を打ち鍛えられた事により、どのような武器も通さない無敵の身体を手に入れた。
砲撃ごときなど、余裕で耐え切れるほどの防御力を誇るのだ。
「……っ」
愕然とするウェスタムの兵士たちに混じって、私もあまりのコトに口を両手で覆いながら目を見開いた。
「アレが__」
私が驚き声を失ったのは、なにもその防御力にではない。
砲煙が振り払われたそこに、それまでのアルマトラスの姿が無かったからだ。
「__アイツ本来の姿だ」
角も翼も尻尾も、全体的なシルエットは、アルマトラスのままだ。
だが、圧倒的にそのサイズが違った。
風になびく黒々とした長い艶やかな髪、炎を思わせる紅いドレスに包まれた豊かな胸元にほっそりとした腰。
ウィンフィンの積雪よりも白い、伸びやかな腕に、艶やかな脚。
熾火色の大きな瞳は切れ長になり、怜悧さを放っている。
美女だった。
身長も年齢も、私やジールと同じくらいの、美女がそこには佇んでいた__
「あなや……!」
姿が変わったことに驚きつつも、彼女が無傷であることにひっそりと、私は胸を撫で下ろした。
だが__
効かないことは判っているとは言え……伴侶に暴力を振るわれるのは、やはり良い気がしない。
私は臓腑の奥底から迫り上がってきた怒りに、全身が熱くなるのを感じた。
「もっ、も……もう一度だ!」
「全軍! 再度砲撃準備ぃ!」
「竜撃砲も用意しろっ! 神通力も放つぞ!」
ふん、と鼻を鳴らしたアルマトラスは、爆風の中で砲弾をその拳で殴り返し、尻尾の一振りで神通力を弾き返した。
「ヲイヲイ、この程度か?」
ごきり、と首を鳴らす。
「ほら、どうした。余を殺すんだろ? この国を奪うんだろ? だったらもっと気合い入れて殺しに来い!」
並いる魔導巨兵やゴーレム、魔導戦車を拳で叩き割り、至近距離からブレスを放ち、荒々しい剣筋で次々と切り裂いていく。
「フハハハ__ハハハハハハッ‼︎ 悦いぞ悦いぞ家畜共ォ!」
そう笑うアルマトラスは戦場を駆け抜け、襲いかかる兵士を殴り、腰が抜けて立てなくなっている者を蹴り、背中を向けて逃げ出す者を切り裂いて行く。
「ぐぉ!」
お尻で這いずって逃げようとする兵士の、その腹を踏みつけながら、
「ほら、どうした。皆殺しにするんだろ? だったらもっと気合い入れて殺しに来い。余を娯しませてみせろよ__さすれば褒美を賜わすッ‼︎」
アルマトラスを中心に、燃え盛る火焔として可視化された高密度の王気が、ずどん、と大気を震わせ、物理的な衝撃波となって放たれる。
その衝撃波によって焼かれ、破壊された兵器の残骸や大気や大地のあちこちから、自ら形を成して無数の炎の精霊が『生まれた』。
『ひゃぁああぁあっ‼︎』
その圧力に押し戻されるように、武器を抱えた兵士達が数百人、一斉に後退った。
「心配するだけ無駄だ。元に戻ろうがいつもの姿になろうが、アイツは文字通り無敵だからな__って、え、を、をいッ⁉︎」
私はソレを聴いていなかった。
いや、聞く気が無かった。
全身が粟立つほどに迸った怒りに任せて、手摺りに足をかけた私はそのまま跳躍した。
他でもない、愛する人の元へ。
ご拝読ありがとうございました!
次回もお楽しみに!




