Chapter90. Rain of Light in Yokohama
タイトル【光の雨降る港 横浜】
——海原邸宅
——20時24分
絶妙に駅から離れている家にある海原邸では、移動するなら基本車。
時間帯はちょうど帰宅ラッシュ後半にぶつからないための配慮でもある。
ガレージのシャッターを開けると、当然ながら自家用車がある訳なのだが普通とは一味違う。
未来など欠片もない、直方体と板金で曲げた鎧のようなボディ。
前照灯は昨今のように切れ目ではなく、やや曲線を描いた四角形の眼が据わる。
笑うかのように大きく設けられたフロントグリルは、気品がありながら傲慢でなく。
TOYOTA Type-XF10
Celsior
そして、全身をオールドシルバーに纏った紳士が待っていた。
だがアルミの紳士が物言わぬことをいいことに、ガリーは露悪的になってしまう。
「こっちの乗りモノは余り好きじゃないんだけど」
この前乗って来た殺人高速船の事がトラウマになっているのだろうか。
「……そもそも私も乗り物酔いしやすくてね。そこのところは同じだと思う、任せろとは言えないが……眉間にしわを寄せないでほしい、その眼光で誰か殺せるから。頼むからやめてくれ」
相席するのに悪鬼か般若のような顔をされてはひとたまりもない。
一刻も早くとんでもない顔をしていると気が付いてもらうため、彼はコンパクトミラーを取り出し、鏡面を彼女に向ける。
そこには王子様のような顔ではなく、チンピラ程度であれば見つめるだけで焼却処分できる恐ろしい顔が浮かんでいた。
普段から彼女は顔芸をする方ではあるものの、ここまでの顔は早々見たことがない。
まるでゴルゴーンのようである。
「よく考えればそうだった。嫌なことが多くって、ずっとこんなんなんだ」
自分が余りに凄まじいオーラを放っていたこと。
そして自分の運転で吐くような真似をしないと知って安心すると、顔色を普段通りに戻しておいた。
「あるある、文部科学省の連中と話すと私もあんな顔するよ」
海原はスマートでも何でもない鍵を突き刺して開錠。
シートに体重を預けるついでに助手席のロックも解いておく。
KAM-KAM-KAM……DRAM!!
ドアが開いていることを示す電子音が鳴り出し、そして止まった。
キーを反転させてコンソールを叩き起こした後にさらに捻ってエンジン始動。
———KETTTT……GRooom。
「これならゲロ吐かずに済みそう」
静かにして、鋼鉄のケダモノが目を覚ました。
瞳を開いたかのようにディスプレイ上に表示された白い針が浮かび上がり、続いてはメーターの枠がピタリとハマる。
セルシオ。
かつて、そこには未来があった。
二人を乗せたいぶし銀の紳士は駐車場から出る。
「今更なんだけどさ、が、ガリー……呼び方戻したくて仕方ないと言うか。なんだかいい年してこう…こっぱずかしいというか…すごくなんか抵抗感があるというか」
「やだっつてんじゃん。———ウナビー、そのまま続行せよ」
「都合がいい時軍人なんだからもう……」
複雑なお二方が運転席で騒ごうとも、ただエンジンを奏でるだけ。
——————
□
——某信号
法律に則って一般道を走っていると、必ず信号には捕まるものである。
頭のネジが吹き飛んだ暴走野郎 コノヴァレンコ中尉といった例外はちらほらいるのだが、外れ値の事を話していても仕方がない。
兎も角。
普通なら誰かに邪魔された様でイライラするだろうが、この時の海原はどうにも「あるここと」を話したくて仕方がなかった。
「私の世界を見せたいとか言っておいてアレだが、私もあんまり此処が好きじゃない。故郷なのにな」
TAC…TAC……
大粒の雨がフロントガラスを打ち付ける。
「……まいったな、予報じゃ雨なんて……そんなこともあるか。私もガリーとおんなじで、やりたいことからハシゴを外されてしまって……。予算もない窓際教授をやらされてた」
「金ばっかり掛かる癖に、やる事と言えば記録を残すことだからね。賞とか取る訳でもないから後ろ指刺されてばかりだったよ」
「資本主義では金が全て。
なんだったら阿漕な方法でもいい。嘘の論文をでっちあげてもいい、金さえ稼げれば」
「———この世界に置いて、私の努力は無駄だった。存在価値すらなかったんだ。
けれど……」
「損得勘定で学問を決めつけるのはナンセンスだ、あるべき姿ではない」
不向きと知りつつ、政府の意向で軍人にならざるを得ず。
更にはそこでの物差しで測られて「努力は無駄」と烙印を押されたイブ。
どれだけ努力しても国に全てを否定されたアダム。
どの世界にも幸せばかりとは限らないのだ。
やっぱり、と思ったのかガリーは革靴を脱いで体育座りになる。
「私も、君も。似たり寄ったりの世界で生きているから、そう言うのもわかるつもりでもいる。ホントを言うと、別世界を見る云々はどうでもいいんだ。
ただ、私なりにガリーのしてきた努力が無駄じゃなかった、と思ってほしくて」
海原はワイパーを動かし、雨粒に支配されたフロントガラスを拭わせた。
水滴のせいでぼやけた大道路と夜景が一気にクリアになる。
まるで、涙をぬぐったように。
努力が無駄だと突き付けられても、自分の場合は誰も「そうではない」と言ってくれる人間は誰一人いなかった。
居なかったからこそ、自分がそうなろうと思ったのである。
だが海原は自嘲するように言う。
「ただの……エゴだよ」
しかしそれはエゴ、自己満足に過ぎない。
親が苦労したから子はそうならない様に、という名目でスパルタ教育をさせるのと同じだ。
更に故郷の文明が進んでいるから、喜ばれると思ったのか。
はたまた自分の世界が優れているという傲慢な考えが、そうさせたのか。
言った傍から海原も自己嫌悪が止まらず、顔が濁る。
けれど。
「露骨な下心が籠ってるよりずっといい。なんだかんだいってたけど、ウナビーが気持ちを込めて決めてやったこと。結局はそうなんだから」
「それで私は嬉しい。———いいじゃん、それで」
動機はどうあれ。
大事なのは相手にどう与えるか。
旅団メンバーは女性ソーサラーという属性でアイドルのように担いでいる。
それもまた、自尊心を満たしてくれて良い。
しかし隣にいるアダムは違う。
彼女の事を考えながら、真剣になって見ている。
メンバーがガリーを大切に「する」のと、大切に「思う」のとでは似ているようで違うのだ。
こと、複雑極まりないガリーシア軍曹に関しては。
「青になってるよ」
「あ、そうだった。……それとその体制、ほんと危ないから大人しく座っておいてほしい」
気が付くと通り雨は止んでいた。
——————
□
何分、この横浜と言う土地は起伏が多い。
坂を超えていくと、ナトリウムランプが発する街路灯から次第にLEDを主体にする白い夜景になり始めた。
走っていれば分かることだが、郊外から栄えている中央区になるにつれ冗談のように広い道路も鳴りを潜め、基盤のような入り組んだ街並みへと顔色が一転。
ついに、磯子から横浜中心部に海原の運転する車は横浜の中心に躍り出たのである。
明治時代に花開いたこの港町は、1945年に全て焼かれ。
退廃で波乱な20世紀を乗り越え、今も電子の光を放ち続けていると思うと、どこか考え深い。
「地元もこうなるのかな」
しかし歴史の経緯をする人間だけがそう思うだけで、全く持って無知なガリーは頬杖をつき、ただ眺めるだけ。
それとは別に、もっと重要なことがあった。
道路幅が狭くなり、これだけ人が行きかうとなれば、渋滞が頻発するのである。
なまじ信号の間隔も郊外と比較にならない数が設置されているのも大きい。
絶妙な空気を壊さないため、海原はラジオを付けた。
——87.4MHz
FM横浜
「20時32分を回りました、ニュースのお時間です」
「先日8月11日、東急線二子玉川駅周辺で有毒ガスの漏洩があり、SOYUZが対処に当たった模様です。
SOYUZによりますと……」
高級ベッドタウンで有毒ガスという代物が漏洩したのであれば、一大ニュースになっているハズなのだが、明らかに不自然である。
まるで動物園でおきた出来事のような扱われ方ではないか。
これもまたどうでも良く、問題なのは「時刻」だ。
出るのが遅かったのもあるが、渋滞や信号待ちに嵌ったせいで大変なことになっている。
おそらく到着は21時過ぎ。
そこからぶらぶらと30分程、宛てもなく夜景でも見ようと思った所までいい。
ではじっくり見物した結果がどうなるかというと一目瞭然で、海原の行こうとしていた店が閉まってしまう。
一応、弾丸計画なら可能だ。
観光とはじっくりと腰を据えて見物する主義にしているため、この選択肢はない。
一応、ガリーには違う毛色の世界をじっくりと見る事を目的としているため、これでは本末転倒である。
電話一本でミサイルが飛んでくると言うことで、ある種の軍事的恫喝をしようと一瞬思ったものの、あまりに業が深すぎるため却下した。
変な汗が全身から出て、恐ろしい悪寒がする。
まるで、進級に関るレポート課題を電車に乗って忘れたことに気が付いたかのような。
どうにかしてお茶を濁さねば。そんな時、つけっぱなしにしていたラジオからCMが流れ始めた。
『あーあ、腹減ったし無制限潜水艦作戦を実施したいなァ。そう思った貴方に。いつでも、どこでも、ポータブル軍事力。Web申し込みで2割引きキャンペーン、実施中!!お申し込みはお電話でも、インターネットからでも』
『あなたの隣に軍事力 独立軍事組織 SOYUZ』
この期に及んで国際暴力提供組織は何の役にも立たず、腹立たしい。
依然、変な汗がにじみ出てくるだけだ。
「ウナビー?」
流石に焦っているのを感づいたのか、ガリーが顔色をのぞき込む。
ここまで来て今更誤魔化せないものの、政治家並みのトークセンスはまるでない海原。
迫られた決断は一つ。
「……スタバい、いかない?」
「スタバってなんだ———いや、もしかしてアレ?」
————
□
——みなとみらい21地区
スターバックスコーヒー 横浜元町店
手近なスターバックスに行ったのが全ての間違いだった。
海原は今更になって思い知ることになる、ガリーはかなりの甘党だということに。
「お、恐ろしい……」
海原はシアトル文化に戦慄する。
ある程度小腹を満たせるようなものを買ってもそれなりにいいお値段というのに、この甘藷の悪魔は呪文を唱えフラペチーノにあらん限りのトッピングを追加。
元々彼女は本当に魔法を使えるタイプの人間だが、難しいモノ以外は無言で撃ち込んでくるが、この際どうでも良い。
生クリーム・キャラメル・ココアなどあらん限りの糖類という糖類を継ぎ足したそれは、
インスタグラマーも真っ青になるような物体へと仕上がっていた。
総カロリー1000キロカロリーオーバー。
まさに人間向けの高オクタン価ガソリンに他ならない。
それをガリーは最高にいい笑顔でサムズアップしている様子で、ここまでご満悦な姿はそうそうお目に掛かれないだろう。
「誰だ、ガリーにこんなの吹き込んだヤツは……!」
「阿部ちゃん」
お会計のついでに怒りのツボを押された海原は静かに怒りながらあることを察する。
確実に誰かが吹き込んだに違いない、と。
「やっぱりミサイル、ヤツの研究所に撃ち込めないかな。野郎、殺してやるぞ」
「ダメでしょ」
無駄にオシャレな場所で怒り散らしても仕方がない。
電話一本で巡航ミサイルをデリバリー出来るとマウントを取ることで、一人謎の愉悦に浸るのだった。
次回Chapter91は1月17日10時からの公開となります。




