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Chapter89. Non-existent font

タイトル【電子で表せないもの】

——横浜本部基地


異世界 ファルケンシュタイン帝国のジャルニエから、一気に現実世界の神奈川県と出てくると、待っていたと言わんばかりに重兵装の警備スタッフと唐津中佐が待っていた。



「ようこそ横浜へ。私は情報中佐をやっている唐津、と申します。ここ最近はU.Uに関する案件をやっています」



口上は物々しいが、現実世界の荒波に揉まれ、くたびれた顔が全てを物語っている。

分野は違うが海原と同類の苦労人だろう。


挨拶をされれば、答えねばならない。



「どうも。お話に預かっているかどうか存じ上げていませんが、学術旅団のラボ長をやってる海原といいます。こちらフィールドワーク担当主任のガリーシア……軍曹はつけた方が?」


「元、の方が良いかと」


「だそうです」



思い切り挨拶を海原に投げたチーフだが、中佐はどうでも良いようで説明を始める。



「二人のご来訪は喜ばしいことではありますが、一応……空と陸から監視はつけさせていただくのでご了承ください」



彼が言うには、やましいことは出来ないようだ。

元からするつもりなど微塵もないのだが、何せチーフは異世界の人間である。


又聞きだが、この地球の醜い列強諸国は皆、ファルケンシュタインを狙っていると聞く。


よりにもよって彼女は比較的強力な魔法が使えるタイプの人間であり、何処も彼処もよだれを垂らして欲しがっているに違いない。

そう考えるとこの監視は、行動そのものを見張るのではなく外野がしゃしゃり出てこないか目を光らせるためだろう。



「特別措置として……海原先生のスマートフォンから緊急通報が発信された場合、超音速ミサイルが地球上のどこであろうともデリバリーされますのでご安心ください」



更にSOYUZの念の入り様は凄まじく、警察から社会安全軍を経由してトンデモない代物が発射されるとの事。



「自宅までは護送いたしますのでご安心ください。———磯子の方にあるんでしたよね?」


「そうなりますな。意外に瀬谷まで来るのは面倒だった覚えがあります」



何から何まで親切なVIP待遇なのは良いことだし、決して悪い気はしない。


これでワインのサービスが付いてきたら言う事はまるでないのだが、葡萄酒の代わりに

一発 数十億円する誘導弾のサブスクは何か違う気がする。



「ミサイルなんかより、ピザのタダ券にしてくれた方が助かるんだけどなぁ……」


「ウナビーがそんなこと言うから微妙に小腹減って来たんだけど」



兎も角、海原は自宅まで護送されることになった……





——————






——神奈川県横浜市磯子区 過マンガン酸カリウム12-4

海原の自宅



送迎車を降りて実家まで来たところまで良いが、一つだけ想定していなかった事が起きていた。


家のあらゆるところにSOYUZのステッカーが張りつけられていること。



それぞれ「警備中」「常にミサイルで狙っている」「大人しく入れ」と言った内容で、異様に物々しい。


二度と家に帰れなくなることを覚悟で、徹底的に見張るように言っておいたが正解だったのようだ。

何を隠そうこの家、たんまりと死んだ父親の財産が残っているため留守にしておくと大概ろくでもないことが起きる。


遺産の応酬と言わんばかりに、かなりの税金を取られてしまうのもその一部だ。



「何これ、私の家が呪いの家になってないか?あるいは呪物か、壊しちゃいけない祠の類」


「文字は読めなくっても、近寄らない方がいいと言う位は分かる」



禍々しさを抜きにすると、彼の生家は二階建ての平屋で屋根付きの車庫まで取り付けられている。

磯子区という高級住宅街に相応しい門を構えているということもあり、海原家の財政事情は察することが出来るだろう。



恐ろしい額の税金は取られるのだが。


異世界まで来ておいて立ち話は難だと思い、海原は早速鍵を取ったのだが「ある」嫌なことを思い出した。



「ともかく私の家で一息ついてから、これからどうするかを考えてもいいんじゃないか———あ。」


「どしたのウナビー」


「いや。なんでもない」



その嫌な予感は近々的中することになる……






——————





——午後8時

——海原邸のリビング



かくして異文明の館主に招かれたチーフだったが、どうにも足を踏み入れるのは気が引けた。

文明や技術が違っていても、気品の高いことだけは嫌でも伝わって来る。


海原は客人をもてなすために台所に行っており、事実上一人きり。


自分のような不出来な人間が来て良い場所ではない、と行き場のない自己嫌悪が彼女を襲う。

こういう時に限って、嫌な記憶ばかりがフラッシュバックし、さらに嫌悪が加速していくものである。



5回も試験に落ちた事。

魔導学者になれずに魔導士止まりではないかと思った夜。


そもそも根本から魔導の使い手として向いていないかと自問自答した一日。

素質はあるが、努力しても早々頭打ちになると指導教官に言われたこと。


ロクでもない事ばかりが浮かんでは消えていく。

あまり考え込むのは良くないと思い、ふとソファーに腰かけることに。



「うわっぺ!」



埋まってしまった。


学術旅団にあるようなモノよりも上等なものであることを思い知る。

しかし、こういうトラブルは何も嫌なものばかりとは限らない。



「よくそうなるんだ。この私でもそうなることがある。———やっぱりない。どーするかなぁ……」



「クソッ、マジで……!」


紡がれる言葉は汚いものの、不思議と悪い気はしなかった。

ウナビーの優しい声が中和してくれているお陰なのだろうか。



しばらく埋もれたままになっていると家主がやって来た。

脱出を諦め、そのままくつろぐことにした彼女に恐ろしい通告を下すために


「まだ埋まってる所、悪いですがチーフ。大変残念なお知らせです。

冷蔵庫とか開けてみましたが、この家には菓子含めて食べ物は全くありません。飯でも作ろうと思った私が愚かだった」



「チョコも?」


「チョコもですね……」



「あまりに無慈悲だ!!!無慈悲すぎる!!!!」



というのも、海原は文化人類学者であり世界を股にかけるタイプである。


バックパッカーのような生活をしていると家を何か月、最悪何年も開けることもありブレーカーを落としていることもザラ。


そのため冷蔵庫に何かを入れていると腐るのだ。

捨てるのも面倒になっていたからか、冷蔵庫は空になり、この頃はコンセントすら刺さっていない有様である。



開けた時点でランプついておらず、そっと締め直したのは秘密だ。



「で、チーフ。外食にでも行こうと思ってるんだが……ソーサラーの昇格祝いも兼ねて。何気に一番付き合ってもらってるから、日ごろからの礼でもある」



埋もれたまま、ガリーリア元軍曹は動かない。くつろいでいるとも言う。



「———滅茶苦茶頑張ってたところ、知ってるんだぞ。私。コーヒーめっちゃなくなってたし」



だがこの一言を聞いた彼女はもぞもぞと動き出した。

人間、努力が報われた時が一番安心する生き物。

軍人とて、まして自分を卑屈に思っていようとも変わらない。


彼女は素直に、嬉しかったのである。

だがいい大人が騒ぐなど、はしたない事をするのは時と場合にそぐわない。



そこでちょっとした特別感を出すため、こんなことを言い出した。



「……いいけど。それにプライベートなら1つ頼みたいことがあるんだけど」



「酒だけはNGだぞ。ほんとそれだけは。

その場で作詞作曲されるJ-POPじみた曲を熱唱されるのは勘弁だ」



けれど海原が想像していた事とはまるで違うらしく。



「……酒なんか正直いれなくたっていい、だから……。今日だけはチーフって呼ばないで。階級も他人行儀もなし。———ガリーだけでお願い。」



今だけ心の距離をずっと近くにして欲しい。


学術旅団のアイドル、もとい偶像は多くの人に囲まれていながら、心の芯まで分かってくれる人は海原一人だけと言っても良いだろう。



「わかった。なら私の財布を蹴とばして最高なとこにいこうじゃないか。……ガリー」



彼女の手を取る様は、灰被り姫を迎えに来た王子様だった。

次回Chapter90は1月10日10時からの投稿になります。


2026年も何卒よろしくお願い申し上げます。

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