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Chapter88. Port Town of Unkown_Universe

タイトル【異界の港で】


異世界から往くものがあれば、現実世界に来る者もいる。


だが、電子文明社会に来るためにはバイオテックの厳しい検疫をパスしなくてはならない。

旅券や航空券よりも、悪の絶対博士メンゲレのお墨を手に入れる方がはるかに難しいのだ。


絶対理屈主義の前では泣き落としやワイロは一切効かない。

尚の事、ショーユ・バイオテックでは。



——SOYUZ異世界本部拠点

——ショーユ・バイオテック



そんな折、研究所に一本の連絡が届く。



「私だ、海原だが……ちょっと博士に相談がある」



電話の主は学術旅団の長 海原からだった。

理系と文系という垣根があるため、互いはあまり交流を取ることは無い。


だが普段ない線が繋がるということは、大方よくない事柄を伝えに来るパターンだろう。

西欧連中との一件もあって、メンゲレは嫌な予感をぬぐい切れないまま応答した。



「なんだ海原先生か、ジハイドロジェンモノ()オキサイド臭い。で、なんだ用とは」



「いやー……その、渡航許可を少し。必要なものは取ってあるから———」



案の定、逆鱗をガトリング砲で撃ち抜くような言葉に、博士はガソリンを掛けた焚火の如く燃え上がる。



「初の渡航者を出したいだと!?———私が制定した規格にちゃんと沿っているんだろうな。でなければダメだ」



当たり前だ。

この前も得体のしれない異世界ラブコメディのせいで発狂したと言うのに、よりにもよってこんな話題を振るのはいくらナチスでも酷である。



「チーフには注射を浴びるように打ってもらった。問題ない。証明の方はPDFで送ってある。検査結果もクルーニー医師の診断書付きだから、エビデンスはあると思うが」



だが博士が3ターンの間攻撃し続けるのは目に見えていたため、海原はあらかじめ出すべき書類を全て送信していた。



「————あ、来てたわ。いやぁ、どこかの不出来な連中と違って用意が揃っていて助かる。

電子印を押すからしばし待つといい」



理屈人間であるメンゲレの溜飲を下げるには、理屈で殴りつけるのが最適解。

毒をもって毒を制する、というのとは別だが、正統なものを出せば取り合ってくれることが多い。


だが、何故海原先生は異世界人であるチーフを連れ出したがっているのか。

それを知るには少しばかり時を遡る必要があるだろう……





—————





——1週間前

——ジャルニエ県ハリソンの街


ファルケンシュタインの文化を探求する集団 学術旅団の一大拠点が此処、ハリソンの街にある。

今日も今日とて、ガリーシア軍曹 通称:チーフがフィールドワークから帰って来た。



「あー……気持ち悪い。無理、海本当に無理。あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛眩暈がする。すべてが総じてクソに思えてきた。船でフェロモラス島に二度と行かない」



ヨレヨレになって。

隣にいるムーランに支えられている様はより無残さを際立たせていた。



「ちょっと海原先生、OS-1あります?めちゃくちゃ吐いたのに、まだこんなんですから」


帝国にぽっかりと浮かぶ島 フェロモラス島へと船で行くことになるまでは良かった。

何せこういった孤島には独立した文化が自ずとあるのだから。


しかしヘリパイロットの空きがなかったため、仕方なくバイオテックの殺人高速船に乗った結果、彼女は盛大に船酔いしたらしい。


これでは紅一点が台無しだ。日常的に魔法で燃やしてくるが。



「あー全く、言わんこっちゃない。貴重なOS-1。これ1本意外に高くて———」


「マジ無理」


呼ばれて飛び出ての海原、騒ぎを聞きつけ秘蔵の一本を手渡すと、無慈悲に強奪するチーフ。

大塚製薬の効能は凄まじく、忽ち吐き気と眩暈が改善していく。



「ヴゥッ。あー……復活してきた。そうそう、ウナビー。報告書は———」


「報告書は落ち着いてからでお願いします。吐かれたら色々メンタルに来る」




—————





———作業ブース



暫くしてから、報告するためにチーフは海原の元に訪れていた。

胃の中はさぞかしきれいになったらしく、えづくことはないようだが。


SHHHKK!!!!


海原はコーヒーを啜りながら、キャスター付きの椅子を滑らせて隣に行くと、うなだれている彼女に話しかけた。



「写真やらデータをあの体調で良く残してきたもんだと褒めたいが……まぁ仕方ない。よくやった方だと思う」


「もう少し気分がマシだったらなぁ。面白そうなのは一杯あったんだけど、ずっと気持ち悪いわでやってらんない」


実際、ガリーの集めて来てくれたフェロモラス島の食文化を含む多くの資料は民俗学の礎となることだろう。


そんな矢先、ふと思うことがあった。


出張で行ってもらったフェロモラス島は確かに帝国の中では特異な場所と言える。

だが、酷い言い方をすればファルケンシュタインの枠を出ないのも事実だ。


彼女はこのままファルケンシュタインに居続けていいのだろうか。

より広い世界を見るのも悪くないのではないかと、何気なく思う。


しかし、ガビジャバン王国の情勢は怒りのデスロードと化しており参考になりそうもない。

自分たちの世界は、どうにも乗り気ではないと当人が断言していた。


だがもう少し掘り進めてもいいかもしれない。


黙りこくってしまう海原に、ガリーは顔色を伺う。



「ウナビー?」


「ちょっと前言ってた事が引っ掛かっていたんだ。なに、私の世界に興味がないって言ってただろう、それで」



興味がない理由を聞きたくなってしまうのが学者という生き物である。

しかし旅団に属している人間の全てはこういう類いであり、理解のある彼女は素直に答えてくれた。



「ああ、ソレ。確かにどういう場所なのかは気になる、けど……」


「どこも一緒だと思って」



その言葉1つで、ガリーに嵌っていた色眼鏡の正体が垣間見えた気がする。

世の中にはユートピアは存在しない。

事実と世間に揉まれて、そんなカラーグラスをはめ込まれたのだろうか。



元はと言えば魔導技術者を志していたのを、無理やり魔導士になった。

終戦後、血がにじむ覚えをしてソーサラーになったものの、試験を5回も落ちている。


通常ではあり得ないことだと、阿部直属の上級魔導士 バドラフトが言っていたのが印象的だ。



その成り行きは、多くの学術旅団スタッフに共通する。

大学を出て、自分のやりたい方向に研究を進めたはいいが就職先がなく、やりたくもない仕事に就いた。

だが芽が出る筈もなく、人生を食いつぶす毎日に希望が見いだせるのか。



全ての帝国人がそういった悲観的思考ではないのもまた事実で、ファルケンシュタイン1の風俗通であるガンテルは「異次元のオンナを食い散らかす」と喚き垂らしていた。



チーフの上官である不愛想なマリオネス大尉は事務のマディソンを拉致してBBQに連れていくと息巻いていたこともある。



「チーフは次元を超えても、どこも同じに見える訳だな?それは違う。

実際に見てから、同じかどうか決めてもいいんじゃないか。ただ、私と出張する扱いになるけども」



黙り込んでいた側が逆転した。


学術旅団に属するものは何かしらのバイアスがあると考えがそこに向かう、と口を酸っぱくして言われている。


そう言った事情のため、フラットな視点が必要とされている訳なのだが。



「……ウナビーとならいいよ」


消え入るような声で、彼女は答えてくれた。




—————





そうして今に戻る。

メンゲレから出された証明書はSOYUZ上層部に届き、無事承認された。

現実世界の連中に気取られないよう、海原とガリーシア軍曹は装いを一転。


21世紀を見物することに至った。


——SOYUZ U.U本部拠点-横浜本部拠点

異世界側ポータル



「チーフは本当になんでも似合うな、お世辞を抜きにして羨ましい。私なんて教授服しか似合わんというのに」



海原は如何にも教授的オーラを纏った格好に対し、ガリーはなんとビジネススーツで固めている。

髪もやや短くすると、普段のどうしようもない気迫が消えてどこかの王子様を思わせる様に大変身。


もはや男装と言っても差し支えないのだが、少なくとも港区に居る「量産型」には見えないのは確かだろう。

英知を結集した学術旅団から出された答えがこれだった。



「もう若くないのにね。もう24だよ24」



彼女は口元を隠しながら答える。


ファルケンシュタインの世界では15・6で成人を迎える。

現代の感覚に置き換えると三十路に近いこともあって、嬉しい反面、恥ずかしいことも否めない。


まるで同窓会を思わせるような会話をしながら歩くアダムとイブ。


次元の境目を通ると、海原にとっては懐かしく、チーフにとっては全く持って未知の空間が広がっていた。


そう、此処は



                ———電子の港町———

                  ———横浜———






次回Chapter89は来年2026日1月3日10時からの公開となります。


登場物質

・ジハイドロジェンモノオキサイド

あらゆるものを溶かし、数多の死者を出す恐ろしい物質。

水のことである。

何もややこしい言い方をしなくても良いのだが……

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